コーチングの源流 アドラー心理学②

コーチングの源流であるアドラー心理学の基本的な考え方を学び、コーチングで大切にしたいポイントを理解していくシリーズ。

①では「劣等感」と「補償」、そして「ライフスタイル(人生の課題)」と「課題の分離」の説明をしました。

今回はその続きです。「目的論」「主体論」について解説します。


ライフタスクという発明

①の後半で説明したライフタスクに関して、もう一つ重要な話をします。

実はライフタスクという考え方はカウンセリングに革命をもたらしたアイディアなのです。

扱いずらい問題は「この問題は何のライフタスクとどう関係しているだろう?」と考えてみることで、扱える問題になっていくのです。

例えば、クライアントが不眠について相談してきたとしましょう。不眠そのものをカウンセリング的な手法で解決しようとすると苦戦することも多いと思います。


その際に

「不眠について、仕事や交友関係、家庭のことで何に困っているのですか?」

という質問をするわけです。これは不眠によってライフタスクへの取り組みにどんな支障が出ているのかをきいて、不眠の解決ではなく、ライフタスクへの取り組みをサポートするというやり方です。


アドラー心理学の考え方では、クライアントが人生の課題(ライフタスク)に取り組めるように支援するのが基本ですから、このようなアプローチになるのです。

クライアントの答えが「不眠のせいでイライラして、妻にあたってしまう」なら奥さんとの関係を課題にします。「不眠のせいで集中できず、仕事でミスしてしまう」なら仕事への取り組み方や周囲とのコミュニケーションを課題にするのです。

こうすれば、コーチカウンセラーとの話す中で、何か打ち手が見つかるのです。

日本のアドラー心理学指導の第一人者の野田俊作先生(故人)は

「お話し(カウンセリングのこと)していても鬱は治りません」

とおっしゃっていました。「ただし対人関係は変わるのです」と。

鬱は脳で起こっていることですから、お話しただけでは変わらない。ただし人生の課題は対人関係の中で起きていますから、どのようなコミュニケーションをとっていけば良いかについて考えて、課題を乗り越えていくことを、お話し(コーチングやカウンセリング)で支援していくことはできるのです。

ライフタスクが進むことや、周りとのコミュニケーションが良くなることで、結果として鬱や不眠によい影響が生まれることもありますが、鬱や不眠そのものの治療や解決は約束できないし、しないというのが私たちの立場です。

「目的論」


 次は「目的論」です。私たちは全ての行動には原因があると考えがちです。例えば「相手が約束を守らなかったから(原因)、怒鳴った(行動)」などです。

 そうとも言えるかも知れませんが、アドラー心理学ではそれよりも「行動の目的」を考えてみることを推奨しています。それが「目的論」です。

 例えば「怒鳴った(行動)のは、仕事の結果を出したい(目的)から」というふうに考えるのです。他には「相手に敬意を持ってもらいたい(目的)から」や「相手をコントロールしたい(目的)」「ストレスを発散したい(目的)から」なども怒鳴ることの目的である可能性があります。
 
 なぜ目的を考えるのでしょうか?目的を意識することで、より「望む未来」へと積極的に働きかけることができるからです。目的に気がつくと行動を変えることが出来ます。「仕事の結果を出したい(目的)」なら「怒鳴る(行動)」よりも良い行動があるかも知れません。「現在の状況を聴く(行動)」「より具体的に依頼をする(行動)」「相手が行動を続けられるよう勇気づけをする(行動)」「仕事の分担を見直す(行動)」などです。
 
 また現在の行動の目的に気づくことで、目的を見直すこともできます。例えば「怒鳴った(行動)のは相手をコントロールしたい(目的)」からだとすると「本当にコントロールすることが目的なんだろか?」と考えてみるのです。

 私たちは無意識的に目的を設定していて、それに気がつかないと、本来の目的とずれたままになりかねません。目的を問い直すことによって「本来の目的はメンバーの自立と協力だった!」と気がつけたとしましょう。そうしたらその「本来の目的」にかなう行動を選択したら良いのです。
 
 役に立たない考え方ややり方をアドラー心理学では「非建設的」と呼びますが、知らず知らずに「非建設的」な目的に向けて行動していることがあるのです。だから行動とその目的を意識化して、再選択することが大切なのです。

 このことによって、私たちの行動は、本来の目的にかなうものになり、未来は望ましい方向に変わっていきます。コーチングではクライアントに「望む未来(ゴール・目標)」をきいて、そこに向けて新しい「行動」を促していきますが、それはこのような目的論の考えから生まれているのです。
 
 また「クライアントにとって価値がある目的」であることが重要なのも忘れてはいけません。アドラー心理学は「価値相対主義」の立場をとっています。どんな価値観を持っていても良い、何を大切にしても良いのです。

 何を大切にするかは個人の課題であって他人に踏み込まれることでありません。ですからコーチングでは、クライアント自身が価値を感じるような目的を明確にしていきます。クライアントがより価値を感じる目的を一緒に探して、クライアントがそれを大切に生きることを応援するのがコーチングなのです。

 それぞれの人が、独自の価値観に従って生きることは、世界にとっても良いことだと私たちは考えています。多様な価値観が尊重される社会だからこそ、そこから様々なものが生まれてくるというわけです。
 
 
 目的について考えることは大切ですが、時には原因を究明することが役に立つこともあると思います。私たちは原因を明らかにすることを否定しているわけではありません。

ただし原因探求に関しては気をつけて欲しことが3つあります。
 
①原因を扱うと気分が悪くなりやすい
②原因を発見しただけでは、理想の未来には近づかない
③原因がよく分からず混乱が増すこともある

 
 原因について考えていくと「自分が悪い」「相手が悪い」「社会が悪い」などの考えになり、ネガティブな気分になりがちです。

 アドラー心理学では良い気分でいることが大切だと考えています。なぜかと言うと、気分はあなた自身のパフォーマンスにも人間関係にも影響するからです。ネガティブな気持ちでいることは、あなたの思考や行動のパフォーマンスを落とします。そしてあなたがネガティブな気持ちでいることは、周りの人々とのコミュニケーションにも悪影響を及ぼします。だから結果良いことが起きにくいのです。
 
 特に自分や人を「責める」ことはお勧めしません。アドラーの時代には分からなかったことですが、近年脳科学の研究が進む中で分かったことがあります。人の脳は「責める」言葉を聞かされると「理解と記憶」「未来予測」「強化学習」「エラー検出」の4つの機能が低下するのです。簡単に言うと、言われてることが分からなくなり、この先どうなるかも予測できず、やり方を身につけるのも難しくなり、今やってることが間違ってるかどうかも気づきにくくなる。大変なことです。ですから何か意図があって、原因を扱う場合は、心理的に安全な環境で、誰かを責めることなく行うことを基本としてください。
 
 次に、原因を発見することは、理想の未来にたどり着くことに直接結びつきません。理想の未来にたどり着くには、理想の未来を明確にし、そのための行動を考える必要があるのです。原因の発見と対処は、現在の問題を修正して過去の良かった状態に戻していくようなアプローチなのです。

 さらに私たち人間の生きている状況はとても複雑で、色々な要素が絡み合っているため、原因が簡単に特定できません。原因を探しているうちに混乱してきたり、原因だと思うものに対処しても、問題状況が変わらないことなども起こり得ます。
 
 機械相手なら原因論的なアプローチも良いのかも知れません。機械は気分を害さないし、故障した機械を動かすことが目的なら原因を見つけて対処すれば良いし、原因は見つかりやすいと思います。ところが私たちは人間なのです。ですから目的論で考えてみたいわけです。
 
 このような考え方に基づいて、私たちはコーチングをしています。ですから「どうして〜できなかった?」「何が悪かった?」のような質問の代わりに「どうしたら〜できたんだろう?」「他にはどんなやり方があったんだろう?」や「できていたのは、どんな事だろう?」「何を目指して進めば良かったろう?」などの質問をするのです。

 まずは「原因を追及して問題を解決しようとする関わり」と「目的に向かって進んで行くのを助ける関わり」を区別するようにしてみてください。
 

「主体論」


 次に「主体論」です。「主体論」の反対は「決定論」です。結果は過去の出来事や現在の環境によって既に決まっていて、今さら変えようがないという考え方が「決定論」です。

 アドラー心理学は過去の出来事や現在の環境の影響を否定していません。しかしそれらの影響があるとしても、それだけで未来は決定しません(影響因であるが決定因ではない)

 私たちが主体性を持って選択し行動を続けることで未来を変えていくことができると考えるのです。これを「主体論」といいます。
 
 私たちはそもそも常に自分で決めて行動しているのです。「私たちは自分自身の行動の主人である」とアドラー は言っています。ただし「目的論」のところで触れたように、よく意識せずに無意識的に目的を持って行動してしまっていることがありますが、その場合はそれに気がついて、目的と行動を再選択すればよいのです。

 私たちはそれをすることができるし、私たちが行動を選択すれば、そのことによって私たち自身も、周囲の人たちも何らかの影響を受けるのです。
 
 このことと関連して「自己効力感」という概念があります。

私は自ら決めた行動をすることが出来るし、そのことによって何らかの影響を生むことが出来る。そしてその結果から私は学び、それを活かして次の行動をとることもできる。そうして私は成長していくことが出来る。そんな感覚のことを「自己効力感」といいます。

 アドラー心理学をベースにしたコーチであれば大切にしたいものです。この感覚があるからこそ、人は「望む未来」を思い描き、そのための行動を取っていくのです。そしてクライアントがそうなるように関わることを勇気づけと呼んでいます
 
 また「現実的な楽観主義者」であることも大切です。「悲観的」だと未来を自由に思い描き行動すのは難しくなります。かといって「非現実的な楽観主義者」だと何とかなるだろうと思いすぎて、行動をしっかりと取らないことがあります。

 「現実的な楽観主義者」は可能性を信じて、楽観的に未来を思い描くものの、途中のプロセスは思い通りになることばかりでないことを前提に、手を替え品を替え行動し続けるのです。
 
 アドラー心理学の指導者ジョセフ・ペルグリーノ博士の「あなた自身と他者の間で育てる信念と態度」をご紹介します。この言葉を何度も唱えて自分のものにすることでより主体的に生きることが出来るようになると思います。
 

 私は能力のある人間だ、決断します。私の行動は、自分と他者に影響を与えます。私には資質・技能・能力が有り、それらを自分自身と他者の成長に使う事が出来ます。私は資質・強み・持ち味を探し認め、それらに焦点を当てます。私は失敗・過失を、学習と成長の糧とみなします。私は人生上の困難を、克服すべき挑戦とみなします。私は自分や他者を勇気づけることを選択し、勇気くじきすることを選択しません。成長や完璧よりも、努力や進歩に焦点を当てます。成長途上にある人間として、自分自身の価値を見出します。
私は、なりたい人間になるように行動します。

「あなた自身と他者の間で育てる信念と態度」


今回は「目的論」と「主体論」を紹介しました。

そもそも私たちは自分で決めて行動をしているとアドラー心理学では考えます。

「やろうと思っているのに動けないんです」

というクライアントがいたときに、私たちは

「動けないのではなく、動かないと決めているではないですか?」と問いかけます。

さらに

「何か目的があって、あなたは動かないのではないでしょうか?」
「もし何か目的があって、動かないのだとしたら、何を避けるためにあなたは動かないのでしょう?もしくは何を守るためにあなたは動かないのでしょうか?」

と問いかけるのです。これが主体論と目的論です。

このような問いかけに答えて、クライアントは内省し、自らが目的としていたことに気づいたとします。そのときにクライアントは、目的を見直したり、より効果的な行動を見出すチャンスを得るのです。

私たちが無意識的に動いていたとしても、私たちは無意識の奴隷ではありません。アドラー心理学では無意識は意識の光が当たっていないだけだと考えます。意識の光があたれば、見直すことで行動パターンを変えていくことができると考えているのです。

続きます

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