最も風変わりな1on1セッション【CBC㉝】
会社員時代、社内でもさまざまなテーマでコーチング(ときにはカウンセリング)をしてきました。その頃のエピソードの一部は拙著でも紹介しましたが、この記事では最も風変わりなセッションの話を紹介します。コーチになって3年目。僕はまだ31歳でした。
2008年6月9日(月)。隣の席に座っているTくんは朝から調子が悪そうでした。ランチに誘って一緒に出かけ、話をしましたが「ちょっと疲れが出ているのかな」みたいな話で、それ以上は気にも留めずにオフィスに戻ってきました。
それからしばらくたって、Tくんの様子が明らかにおかしくなりました。まさに顔面蒼白という感じで、黙り込んでいます。そしてなぜだか手がブルブルと震えていました。「大丈夫?」と声をかけるとビクッとしたような反応をしました
「具合悪いなら、少し横になったらどう?」
と尋ねると、弱々しく首を横にふりました。そのとき、僕は彼に何かあったことを直感しました。
彼の肩に軽く触れて「ゆっくりとした呼吸を続けるように」指示をします。そして、彼が少し落ち着いた様子を見て
「ちょっと話をしよう」と言って会議室をとって、彼と一緒に移動しました。
秋葉原無差別殺傷事件です。トラックで交差点に信号無視で侵入、その後通行人や警察官をナイフで襲い7人が死亡、10人が重軽症という事件でした。
Tくんはその現場を目撃してしまったというのです。ただ現場を目撃したとはいっても、犯人が取り押さえられた後で、犯行現場を直接みたわけではないようでした。
ただ、彼の実家は事件現場からすぐ近くにあり、現場付近は彼が生まれ育って、住み続けてきた街です。そこで大事件が起こり、自宅付近が緊急車両で埋め尽くされるのは、大変なショックだったと思います。
その夜彼は夢を見たそうです。警察から逃げ出した犯人が彼の家に侵入してきて、彼の家族が殺されてしまう夢です。
そして、翌朝。事件現場付近を通らないように、通勤したそうです。とは言え現場とは違う交差点を見ても、昨晩の様子がフラッシュバックして気分が悪くなったと言います
なんとか会社につき、午前中の仕事をこなし、僕とランチに行って、会社近くの交差点でまた気分が悪くなったそうです。
気を取り直して、デスクについて、届いていた荷物を開けようとしてカッターナイフを取った瞬間に、事件現場の様子が強烈にフラッシュバックして、動けなくなってしまったという話でした。
僕はここまでの話を彼になるべく落ち着いて話してもらうように努めました。深呼吸してもらいながら、身体もなるべく力を入れずに、そして話し方も客観的に淡々と話してもらうように関わりました。
感情が高まって、またパニックになったりしないようにするためです。実は淡々と話すことができたら、それだけでも恐怖は薄まってくるのです。。落ち着いて話せる自分がいるわけですから。ですから淡々と話してもらうことができたら、それ自体にもセラピー的な効果があるのです。そして
僕自身は当時も今もトラウマケアの専門家ではありません。ただコーチは色々な状態の人と出会う仕事なので、当時から基本的な知識は得ようとしてきました。
ここでは、それらの情報を使ってノーマライズをしています。事件後も強い恐怖心を感じたり、現場の映像がフラッシュバックするのは「普通のことだから心配しなくていいよ」と伝えているのです。
そして今後の予測も伝えています。数字にばらつきはありますが、3ヶ月以内に少なくとも半数以上の人は自然回復すると言われています。さらに必要ならトラウマケアの専門家に助けてもらうことができるということも伝えています。
今後の予測を伝えたり、社会的リソースにつなげていくのも、被災者支援の基本です。詳しくはサイコロジカルファーストエイド(PFA)を学んでみると良いのではないかと思います。僕も災害支援の現場に出るときは、PFAを指針にしています。素晴らしいマニュアルが日本語化されています。
ということで、あとはTくんとリラクゼーション法の練習などを一緒にやれば、メンバーへの1on1(当時はそんな言葉はありませんでしたが)としては上出来なのではないでしょうか。
でも僕には、一つ不思議なことがありました。。。Tくんは犯行現場そのものを見たわけではないというのに、ちょっと反応が強すぎないかな、と。
もちろん、犯行直後の事件現場を見るだけでもショックですし、その後のテレビなどでの現場中継を見ているだけでも気分が悪くなることも理解できます。
「それにしても。。。。」と直感がささやくのです
だから僕はだいぶ落ち着いてきたTくんに問いかけました
僕の見立てはこうです。そもそも何かの恐怖が存在していた。それが事件後の現場を見たときに、結びつけられた。だからその本体を特定して、その恐怖を解消したい、と。
Tくんにはとにかくリラックスしてもらっています。トランス(変性意識状態)に近づいてもらい、その中で無意識からヒントをもらいたいのです。
Tくんは「すっかり忘れていた」という記憶を語ってくれました。小学校に上がった頃くらいに、乗りたての自転車で近所を走っていたところ、事件と同じ交差点で、止まっていたバイクにぶつかって、転び、足を怪我したことがあったとのことでした。
こんな感じで過去の傷を癒して行き、そして対処法を学んでいくのです。こうしたらもう大丈夫だよ!と。
あとはおまけです。大人の自分も、視野広くいたら、世界中で自由に楽しく生きていけるイメージに繋げます
最後に、交差点での事件への対処法を付け加えました。
手を合わせて冥福を祈ろう。悲しいことだけど僕たちにできることは、まずはそれだから。そうして自分の身体と心を大切にしながら、今日を生きよう。と
この後、Tくんに感想をきいたら「不思議と気持ちが落ち着いてる。自分でもなんでこんなに恐怖を感じるのか謎だったけど、いまはもう大丈夫な気がしている。ちょっと怖いけど、帰りに交差点でちゃんと手を合わせてから帰りたい」とのことでした
このセッションの後、Tくんが固まったり手が震えたりすることはなくなりました。毎日交差点では手を合わせてから通勤しているとのことでした。
おわり
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