ロジャーズから学ぶ「人間観」と「態度」


 
 クライアント中心療法の開発者であり、傾聴(アクティブリスニング)の生みの親であるカール・ロジャーズは、カウンセリングの父でもありますが、コーチングにとっても父のような存在です。

 彼もまた、アドラーの影響を受けながら、対人支援の心理学を発展させた1人です。今回はロジャーズの理論の中からコーチが持っておきたい「人間観」とクライアントと関わる上での「態度」について説明しましょう。

人間観としての実現傾向


 「人間はそもそも(自己)実現傾向を持っている。それはある種の人間関係でより良く発揮される」

 これがロジャーズ人間観のエッセンスです。
 
 まずは「(自己)実現傾向」から考えていきます。猫に生まれたら猫になるように、人に生まれたら人になります。それは当たり前のことです。でも単に人になるのではなく「本来の自分」になって行く。そこに向けて成長しようとしている。それが人が生まれながらに持っている傾向だとロジャーズ は言います。
 
 では「本来の自分」とは何でしょうか?人は異なる身体を持って生まれ、ユニークな興味関心があり、それぞれの強みや弱みなどを持っています。その持って生まれたものが開花して、その人らしくその人になっていること。

 その人らしい形でその人の可能性が全開している状態。それが「本来の自分」になっていくと言うことであり、自己実現すると言うことです。そもそも人にはその傾向がある。ロジャーズはそのことに気づき、そこから作られたのがクライアント中心療法で、カウンセリングの1つのスタンダードとなりました。
 
 ちなみにアドラー心理学は「使用の心理学」であると言われます。持って生まれたものをどう使うかを考えなさい。自分の強みや特徴を生かして自分自身になりなさい。足りない部分があったとしても、それは他人と協力して補い合えば良いのだから。と言うような考え方です。近しい考え方ですね。
 
 自己実現傾向があると言うことは、人は基本的には自己実現して行くはずです。でも実際にはそうでないように感じることも多いと思います。なぜでしょうか。それは本来の自分を生きずに、人に見せるための「仮面」をつけることを選択してしまうからなのです。
 
 例えば、あなたが今の職場にいるのが辛いとします。人間関係が辛い。ロジャーズ 派は、その辛さは「本来の自分で」でいられないことから生まれると考えます。職場にいると、例えば上司に合わせるために「仮面」をつけて自分を偽ってしまう。そのことが辛さを生んでいるのだと。
 
 では本来自己実現傾向があるはずの私たちは、いつ「仮面」をつけることを覚えたのでしょうか。ロジャーズ の説では、育ってくる途中で「条件つきの関心」が寄せられたことに関係があるとされています。

 子供にとって「重要な他者(親など)」が「条件つきの関心」を向けてくる。条件つきとは「男の子なのに泣いたりするならもう知らない」「一生懸命勉強するなら可愛がって上げる」など、関心を寄せてもらったり、コミュニケーションをとってもらうための条件が存在していることを指しています。

 子どもは自分の居場所が欲しいですし、自分に関心を向けて欲しいために、自分の本来の感情やその奥にある願いを無いことにして、他者の条件に応えるように自分を作っていきます。これが「仮面」の始まりです。
 
 一旦このようなことが始まると、自分の気持ちに気づくのも難しくなってきます。その結果、自分自身が求めていた「本来の自分」がどんなものかも良く分からなくなってくるのです。だからロジャーズは「体験に対してオープンになろう」「体験が最高権威なのだ」と言います。

 自分の心や身体が感じていることに意識を向けること。それに気づいて、それを変えようとせずに、そこから学ぼうとすることを勧めるのです。例えば先ほどの例で、職場にいるとイライラするとします。その時、それに気がついたら、コントロールするのではなく、イライラに意識を向けてみます。そしてイライラを感じながら、イライラが何を伝えたがっているのかに意識を向けます。どんな感情も自分自身のものであり、それは何らかの意味やメッセージを持っていると考え、それを知りたいと思ってほしいのです。
 
 『7つの習慣』のスティーブン・コヴィはその後『第8の習慣』において「自分のボイス(内面の声)を発見し、他の人たちにも自分のボイスを発見できるように奮起させる」ことを習慣としようと提案しています。これもロジャーズ の考えと呼応するものに感じますね。

態度と中核3条件


 それでは自己実現傾向を助ける「ある種の人間関係」とはどんなものでしょうか。私たちコーチはまさにその「人間関係」をクライアントとの間で作っていきたいはずです。

 その「人間関係」の特徴は1957年に『人格変化の必要にして十分な条件』という論文で発表されました。そこで提唱された条件の中でも中核となるものが3つ選ばれ、効果について実証研究が行われました。結果、カウンセリングの効果と関係していることが証明されたため、この3つの条件は、クライアントの自己実現を支援する際の私たちの態度の指針となりました。次の3つがその条件になります。
 
①一致
②受容
③共感
 
 まず最初の条件の「一致」から考えてみます。実はコーチングの結果としてクライアントに手に入れて欲しい状態が「一致」なのです。自分の心や身体が発するメッセージ受け取って、それに「一致」している状態が「一致」。別の言い方だと、仮面をつけず、今ここの出来事を体験しながら「本来の自分」として生きている状態が「一致」。

 そうしているとクライアントは、どんどんと「本来の自分」として成長していき、それが自己実現へとつながるのです。だとしたらまず私たちコーチが「一致」していたいですね。それが「一致」という条件なのです。私たちコーチが、今ここの世界、そして今ここにいる自分の心や身体を体験していて、ありのままの自分としてそこにいること。それがコーチング(もちろんカウンセリングも)の関係をつくるベースになります。
 
 けれども最初から完全に「一致」しないとダメだと思うと大変です。まずは可能な限り「リラックス」しながら相手といることを心がけてください。リラックスしていると自分らしくいられます。それだけでなく自分のことも相手のこともよく感じられるようになります。近年ブームとなっているマインドフルネスもこの状態ですので、マインドフルネス瞑想の練習をするのも役に立ちます。
 
 クライアントといるときは、リラックスしながら「今ここ」にいることを大切にしてください。そして相手をよく見て、相手の声もよく聴いて、相手が発しているものをよく感じようとします。これはコーチングに役に立ちます。クライアントに集中できていないようではコーチングにならないからです。
 
 次の条件は「受容」です。相手が何を言っていても、何も言っていなくても、肯定的に受け止めるのです。これは「無条件の(肯定的)関心」と呼ばれることもあります。相手の存在自体、そして表情や姿勢や行動、話している内容、そこに含まれる考え方全てに対して、コーチは無条件の関心を寄せるのです。それが「受容」です。

 これは仮面を作るきっかけになった「条件つきの関心」と真逆の姿勢ですね。私たちがクライアントを無条件に受け入れ関心を持つことによって、クライアントは自分の気持ちや心の声を探索し、それを自由に表現できるようになるのです。ですから私たちコーチが相手に「条件つき」で関わっていたり、相手を評価したりジャッジしている雰囲気を感じたら、クライアントは心を閉ざしたり、何らかの「仮面」をつけて私たちと接するようになるのです。
 
 クライアントはそのままで良いのです。クライアントは何を考えていても良いのです。「課題の分離」ですね。そしてロジャーズは言います。

興味深い逆説だが、自分自身をそのまま受け入れた時、私は変化することが出来るのだ

カール・ロジャーズ

私たちがノージャッジでクライアントを受容した時、クライアントも自分自身を受容しはじめます。私たちが肯定的な関心を向けた時、クライアントは自分自身を素直に感じて、表現することを始めるのです。そしてそこからロジャーズが言うように変化が起こって行くのです。
 
 最後の条件は「共感」です。正確には「共感的理解」と言います。「共感」には「不確かな共感」と「正確な共感」があります。ちょっと相手の話を聞いただけで「分かる分かる」とか「私も同じこと体験した」とか「同じ気持ちだよ」とか言ってしまうのは、「不正確な共感」です。もし仮に自分も似たような体験をしたことがあったとしても、自分と相手の体験は全く別物なはずです。私たちはクライアントとは別の人間ですし、体験も別の体験なのですから。

 実はこう考えみると私たちは「本当の意味での共感」をすることは出来ないのです。どこまで行っても、所詮は「わかったつもり」になっているに過ぎないとも言えるからです。それでも可能な限り「正確な共感」をしたい。可能な限り同じ体験をして、クライアントと同じ体験をしてみたい。というのがコーチングやカウンセリングで言うところの「共感」という姿勢なのです。
 
 ロジャーズは言います。「あたかもクライアント本人であるかのように、同じ体験をしようしてみよう」と。アドラーも言います。「共感とは、相手の関心に関心を向けることであり」「相手と同じ目で見て、耳で聴き、身体で感じようとすることだ」と。

 クライアントが現在の状態を話しているなら、それをクライアントの身体が感じているのと同じように感じたいと思って、話を聴くこと。過去の話をしているのなら、クライアントと同じ身体で同じ体験がしたいと思いながら、話を聴くこと(追体験)

 クライアントが未来の話をしているなら、それが実現した時にその未来をクライアントの身体が感じているのと同じように感じたいと思って話を聴くこと。そして自分が感じ取った体験を「〜な感じなのかな?」とクライアントに返していくこと。それが「共感的理解」すなわち、正確な共感をしようとしながら相手の世界への理解を深めていくということです。
 
 私たちコーチが「不正確な共感」でなく「正確な共感」をしようとすることで、クライアントには何が起こるのでしょうか。コーチに少し話したら、すぐに分かってくれる。そのような状態だったらクライアントはそれ以上自分の世界を探求しません。コーチがすぐに分かった気持ちにならずに「より正確に理解したいから、もう少し具体的に教えて欲しい」という態度を取り続けることで、クライアント自身もより正確に自分の体験を理解し、それを言葉にすることが求められます。私たちがより具体的に理解したいと思うからこそ、そのことによってクライアントもより具体的に理解するために、自分の体験の世界に入っていくわけです。

 自分自身が何を体験しているのかに意識が向いた時に「本来の自分」として生きるヒントが見つかるというのがロジャーズの考えですから、「共感的理解」はそこに向かっているということになるのです。
 
 ロジャーズと共に研究をしていたユージン・ジェンドリン(フォーカシング療法の発案者)は「クライアントの話し方」がクライアントの変化に関係していることを発見しました。

 立板に水で報告するような話し方でなく、自分の内側をゆっくりと探りながら、言葉を紡いでいるような話し方をしているクライアントは「本来の自分」として生きるためのヒントに気がつき「実現傾向」にスイッチが入るのです。私たちがより正確な理解がしたいと思って、慎重に丁寧に話を聴こうとすると、クライアントは自然と内面を探るような探索的な話し方になっていくはずです。
 
 対人支援の世界の金言に「変えようとするな。理解しようとせよ」という言葉があります。これもロジャーズの言葉です。相手は相手で良いのです。そのままをノージャッジで受け入れて関心を向け(受容)、相手の世界を同じように理解したいと願うこと(共感)。そのことがクライアントの中での大切な気づきにつながり、自然な変化が起こっていくことにつながるのです。

 そして一番最初の条件に戻って「一致」について再び考えます。「一致」というのは、コーチが自分自身に対しても「受容的」「共感的」にいることで生まれるものなのです。自分をそのまま「受容」し「共感的理解」することで生まれる状態が「一致」なのです。
 
 これらの関わりを通じてクライアントは「実現傾向」を発揮するようになっていきます。その状態は「十分に機能する人間」と呼ばれます。

 「十分に機能する人間」は①今ここでの体験にオープンでいて②自分の身体の感覚や声を信じていて③これまでの自分像に固執せず柔軟に生きています。その時々の状況の中で自分の感覚を大切にしながら、どうあるかを柔軟に選択しながら生きているイメージです。
 
 これらが「人間はそもそも(自己)実現傾向を持っている。それはある種の人間関係でより良く発揮される」という話です。そしてこの3つの態度に基づく関わりは、コーチングやカウンセリングを超えて、普遍的に相手に変化を起こすものだと考えられています。チームミーティングの中でも、親子の雑談においても、私たちがこの態度を持っていたら、相手は少しずつかもしれませんが「実現傾向」につながっていくのです。
 
  ぜひ普段から、この中核3条件を大切に人と関わってみて、その関係性が何をもたらすか観察してみてください。


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