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半分整形でも愛して

自分がもしも全身派手に怪我をして
高額だけど皮膚の移植をすれば元に戻ると言われたら
大抵の人が高額のお金を支払うだろう。

 
退院し、鏡に映る自分はどこからどう見ても自分だ。
だけどこの場合

本当の意味で、元に戻ったと言えるのだろうか。

 
 
見た目は同じであろうと、確かに何かをなくして、何かを得たのだ。

はたから見たら分からない違いであろうと
自分から見ても分からない違いであろうと

手術をしたという事実は確かに残るのだ。

 
 

今日これから書く内容は私の体の話ではない。

 
私の愛車に起きた不運の話である。

 
 

 

 
 
   
  
今から5年程前だろうか。

私は一年間、悩みに悩んで二代目の愛車を手に入れた。
車体は緑色である。
初代の車を買った時は、汚れが目立たなくて無難な、悪目立ちしない色(シルバー)を選んだが
私は心境の変化があった。

 
きれいな色の車がほしい。

 
私は二代目の愛車に、色を求めた。 

 

社会人になり、私は車に触れる時間が増えた。 
私の職場には50台くらいの車が停まっており
また保護者の方が様々な車に乗っているのを見た。
当時、片道40分かけて職場に通勤していたので
その間も様々な車を見掛けた。

本当は赤い車が好きだが、赤い車は乗っている人が非常に多い。
友達だけでなく、同僚や保護者も赤い車に乗っている人が多かった。

私は職場の誰かと同じ車は嫌だった。
私の車だと一発で分かる外観がいい。

 
 
一年間、様々な車屋で私は理想の一台を求めた。
まぁまぁいい車は何台か見つかった。

その中のどれかにしようかな……でもビビビ…とは来ないんだよな。

私の性分だ。
妥協ができない。
70~80点は悪くないが、車は一生物だ。
長く使う私の相棒なのだ。
ベストを求めたい。

  
 
現在、転職活動をしてもまだ働いていないのは、私のこの性分によるところがある。
部活やバイト、就職、恋人において
私は吟味に吟味を重ねる。

 
「とりあえずやってみなきゃ分からないじゃん!まずはやってみて、嫌だったらやめればいいじゃん!」

 
という考えは、趣味やボランティアにおいては強い。
好奇心旺盛で、気になったらまずは手を出す。
だが、自分の人生で大きな割合を占めるものについては
私はよーくよーく考える。
私は長く車を乗りたいのだ。まして高い買い物だ。
絶対に後悔したくない。

 
 
そんな中、車を探しはじめて1年が過ぎようとした時、私は運命の一台を見つけた。

こ、これだ…!
これだよ………!!

 
私を待っているかのごとく、その車は他の車に混じってあった。
なんて美しい緑色。ボディラインも素敵。
走行距離もほとんどない。
生まれてまだ3ヶ月の、新古車だった。
値段も予算内であり、私はその子を見つけたその日に、ディーラーさんに購入を伝えた。
思い立ったら吉日だ。
私は運命のビビビを感じたら、即行動する。

 
 
父親と車を買いに行った時、父とディーラーから、同じ車の新型新車をススメられた。
私の求める車は多少しか走っていない為、新古車のわりに高額だから
似たような値段を出すなら新型新車が良いと言うのだ。

バカを言っちゃいけない。
私はあの子に一目惚れしたんだよ。
新型新車は似て非なるものだ。

 
新型のデザインや色が私は気に入らなかった。 
それならば、私が候補に上げていた別の車種の方が良い。
私は車に対しては見た目のかわいさと燃費と軽自動車ということしか求めなかった。
私からしたら、性能は似たり寄ったりだし、ハイスペックは求めていない。

 
今までは愛車にカーナビをつけていなかったが、これを機に購入し
シートの色やロゴマーク、ナンバーなども次々に決めていった。
前回はたまたま縁起のいいナンバーだったのであえて変えなかったが
私は今回初めてナンバーを指定した。
私の大好きなナンバーだ。

 
 
前の愛車のことは大好きで、寿命さえ来なければ乗り続けたかったが
なまじ仕事で運転をするようになり
無理して乗り続けた先の車の怖さを十分知っている。

初代の車と別れる日はそれはそれは泣いたが
二代目の車が我が家にやってきた時
それはそれはニヤニヤし
やたらと写真を撮った。

 
現金なものだな、と我ながら思った。
別れたら次の人…じゃないけど
アッサリ乗り替えたようで自分に軽い嫌気がさした。

 
いや、だが、私が初代を愛してやまなかったのは確かだし
二代目を買うと決めてから一年間探し続けた運命の車なのだ。
まぁときめくのも仕方ない。
次にいく自分は悪くない。

 
そう、自分で自分に言い聞かせた。

 
  

二代目の愛車は最高だった。

初代の車の方が加速は速かったが、二代目はなんといってもカーナビがあり、私の行動範囲は広がった。
車内もお洒落で機能的だし
エンジンをかける時にボタンを押すのも近未来的だ。
鍵も、ボタンを押すと「ピピッ」と鳴る。

 
軽自動車のわりに車内はとても広く 
その空間は自由で気持ち良かった。

 
私は二代目の愛車に合わせてぬいぐるみや座布団等も新たに購入し
着々と二代目と心の距離を縮めていった。

 
ほぼ同時期に保護者が同じ車を買ったり
職場付近に私と同じ車でナンバーの人がいることは誤算だったが
職場内駐車場は私と同じ車は一台もない。

「ともかさんの車、いい色だね。」
「ともかさんらしい色だね。」

 
私の車は周りにも評判はよかった。 
私の自慢の愛車だ。
褒められて、素直に嬉しくなった。

 
 
職場付近に同じ車の方がいるのもまぁ、カモフラージュになってよいだろう。
私は身近な人間が同じ車に乗っていない、かつ、ある程度出回っている車に乗りたいというポリシーがあった。
悪目立ちしないため、だ。
防犯の意味で、覚えやすいカラーだがありがちな車というのは
逃げ場があってよい気がした。

唯一無二の車は、個人情報が筒抜けだ。

 
 
 
 
まるで新婚生活のようにゆるやかに愛を育んでいた。
ずっとそんな日が続けばいいのにと願っていた。 

事件があったのは、購入から約半年が過ぎた、ある日のことである。 

その日は強い風が吹いていて
私は利用者と共に活動室で過ごしていた。
そんな時、私は上司から外に呼び出された。
何を怒られるんだろう。やだなぁ。

上司「泣かないでね。」

 
な、なに!?

 
上司「落ち着いて聞いてね。」

 
だからなに!?!?

 
 
 
 
 
上司「ともかさんの車……突風に煽られた物がぶつかって、傷ついたわ。」

 
 
え!?
えぇぇぇぇぇぇぇ( ̄□ ̄;)!!

 
 
 
 
 
私は車の鍵を手に、慌てて駐車場に走った。
その時私の目に入ったものは、想像以上に悲惨な光景だった。

 
私の車はフェンスの近くに停めていたのだが
フェンスと私の車に挟まるような形で
作業用の巨大な、簡易屋根型のもの(木製の小さいカーポートみたいなもの)が
私の車に覆い被さっていた。 

周りには、男性職員が複数集まっていて
それをよかそうとしているが
車とフェンスにガッツリ挟まって固定し
男性陣が奮闘しても動かなかった。

 
私は言葉を失った。
車に傷と聞いた時に、こすったレベルだと思っていた。
こすったなんてレベルではない。
見るも無惨な状態だった。

 
敷地内や駐車場には職員や利用者の自家用車、更に公用車がたくさん並んでいたのに
やられたのは私の車だけだった。
私の車だけが滅茶苦茶だ。
他の車は無傷だ。
なんで私の車だけ…。

しかもその日はたまたま、私はいつもと駐車位置が違かった。
その頃行事で忙しく、たまたま早く出勤して仕事をしていた。

 
 
当時、駐車場は出勤した順に端から停めていくというルールがあった。
たまたまその日、真面目に早朝出勤したことが仇になった。
張り切ってサービス残業した結果がこれだ。
普段そこに停めている人は年季の入った車に乗っていて、買い換えを検討していた。

 
「いつも通り俺がそこに停めてれば、ちょうど新車になったのにな。」

 
という悪気ない一言が、私の心をえぐった。

 
 
 
資材をどかした後、私は車の状態をよく見るべく、広い別の場所に車を運んだ。
職員が5人以上囲んだ。
掃除をしておけばよかった。
愛車は明日掃除をする予定で、ひどく汚かった。
思いがけず、たくさんの人にジロジロ見られて恥ずかしいったらない。

「ひどい……」

「こりゃひどい………」
 
 
職員が私の車を取り囲みながら、ひどいひどいと言いながらじっくり見ていく。
ひどいのは汚れではない。
傷の量だ。
ひどい汚れが気にならないくらい
無数の傷がひどすぎたのだ。
傷の数は広範囲に及び、軽く100箇所以上に及んだ。
確かに私の車はエンジンはやられていなかったが
前、後ろを中心にボディには傷が激しくつき
左側面も無数の傷がついていた。
右側面もやられた。ホイールも傷がついた。

車のボディ60~70パーセントは部品取り替えは免れない。
そういった状態だった。

 
 
外作業職員によると、急に風が吹いてきたので作業を中断し、慌てて片づけに入ったが
私の車にぶつかった物は滑車がついていた為
あっという間に風に流され、勢いよくフェンスにぶつかり
そのはずみで、私の車に倒れ込んだ。 
フェンスと私の車に挟まれ、それでようやく暴走が止まったということだった。

 
 
 
私の職場は、風の通り道だった。

以前、竜巻に近い突風がいきなり施設付近を襲った。
たまたま私の施設は外廊下に上手く風が抜けたが
外廊下にある物を勢いよく飛ばし
震える利用者を私は懸命に抱きしめていた。

施設以外の建物はいくつも瓦が飛ばされ、テレビ局が三箇所、施設に取材に来たほどだった。

 
その別日に、敷地内に小さな竜巻を見つけたこともあったし
さらに別の日に、やはり急激な突風で木材が飛ばされ
職員の顔面に当たって流血騒ぎもあった。

 
 
そんな騒ぎもあり、災害保険に施設が入りたてであった。
愛車修理の件で金銭面では、心配することはない。
だが、新古車だ。
私の愛車は傷一つない、ほぼ新車に近い新古車だった。
 
 
 
愛車はまるでレイプをされたようだった。

エンジンはかかる。
動きはする。
だけど、魂が抜けたように悲しげだった。
あまりにも無数の傷だらけで
いっそ廃車にした方がいいほど
交換箇所がおびただしかった。

 
「いや~まぁ、私の車だけで済んでよかったですよ。利用者や職員もみんな怪我がないのが一番。車は直りますしね。お金もほら、出ますしね。怪我がないのが一番ですよ。」

 
嘘ではない。
嘘ではないが、私は職場で笑いながら、自分に言い聞かせるように笑い続けた。
笑うしかなかった。

 
 
「70パーセントのパーツを取り替えたら、もう別車だよな(笑)」

「もういっそまた買い替えちゃえば(笑)修理、めちゃくちゃ時間かかるよ(笑)」

「新古車が新車になるようなもんだな。逆に得じゃん(笑)」

 
悪気はないのだろうが、車に関する何かを言われれば言われるほど
私は笑い続け、胸がズキズキ痛み続けた。
涙が込み上げれば込み上げるほど、私は笑うしかなかった。
職場だから、本音も本心も晒せない。

所詮みんな、他人事だ。

 
 
 
 
仕事が終わり、運転をしながら暗い気持ちになった。

私は代車が嫌いだ。
一日代車で走るだけでもストレスになる。
修理はかなり時間がかかる。

  
愛車をしばらく運転できない。
そもそも、次に愛車に乗る時は半分以上がパーツを取り替えだ。
それもまた複雑だった。 

 
 
 
私が家に帰った瞬間、父親が懐中電灯を持って玄関から出てきた。
私は両親に電話で一部始終事情は話していた。

父親の顔を見た瞬間、気が緩んで涙が込み上げた。

 
私「お父さん……車が……………私の車が……………」

 
父「大丈夫。絶対に直る。大丈夫だ。」

 
父「電話で聞いて焦ったよ。ともかを守ってくれたんだ。ともかが怪我がなくてよかった。車は絶対に直る。大丈夫だよ。
でも、怪我や命はな、お金をいくら出したってどうにもならないんだよ。
頑張ったな、この車。身を呈して、ともかと、ともかの職場の人全員を救ったんだよ。立派じゃないか。名誉の傷だ。
直る。絶対に直る。直るから、安心しなさい。

…………今日は辛かったな。

仕事一日、お疲れ様。」

 
 
 
私はワンワン声をあげて泣いた。
その時私が一番言ってほしかった言葉だった。
父親の優しく力強い言葉に
私は泣き続けた。
職場で笑い話にして笑い続けたのに
涙が止まらない。

 
家の中に入ると、母親が待っていた。

「お疲れ様。お父さんとお母さんね、仕事から帰ってすぐに、ご先祖様に手を合わせたわ。
ともかを守ってくれてありがとうって。
ご先祖様がともかを守ってくれたのよ。怪我がなくて本当によかったわ。

今日、ともかちゃんの好きなおかずいっぱい作ったから。手を洗って着替えたら、ご飯食べましょう。ね?」

 
私はまたもワーと声を上げて泣いて
泣きながらご飯を食べた。

あったかい。美味しい。優しい。嬉しい。

泣きながら、私の心は確かに満たされていった。
大丈夫。
終わりじゃない。

 
 
 
 
私は車を140万で購入したが
この時の修理費は70万を越えた。

あまりにも傷が細かすぎ、車の写真撮影や傷の有無の確認は
慎重に時間をかけて行われた。 

 
思い切り両親の前で泣いて本音を晒した私はスッキリし
次の日からは職場で車の話をしても
ネタにしたし、笑いに変えてきた。

「皆が無事でよかった。」

という言葉を
当日よりも心を込めて本心から言えるようになっていった。

 
 
修理は時間がかかった。
一ヶ月以上かかった。
私は修理完了の日を待ちながら、愛車を待った。

代車も悪くはなかった。
だけど早く、愛車に会いたかった。

 
 
 
 
愛車引き渡しの日は、忘れもしない、祖母の一周忌の日だった。 

喪服を着て、祖母を思った。
親戚にお酌をしたり、祖母の話をした。

優しかったおばあちゃん。 
おばあちゃんの一周忌に車が戻ってくるなんて
なんという縁だろう。

 
 
 
喪服を脱いで私服に着替え、私はディーラーに向かった。

私の車担当の方はイケメンで優しく、私や家族が信頼している人だ。
初代の車から継続で担当になってもらった。
修理を依頼した時も、優しく誠実な対応だった。

「長らくお待たせしました。ともかさん、直りましたよ。」


愛車は…買った時と同じように美しかった。
元のままだ。
だけど、傷だらけの状態を私は知っている。
見た目は元のままだ。
だけど、この子はほとんどもう、別車といってもいい。

 
 
私は困惑した。
この子は、あの日私が一目惚れした車なのだろうか。

直したから同じ車?
直したからこそ別の車?

 
あれだけ直る日を心待ちにしていたのに、心には確かに引っ掛かりがあった。

だけど、私の愛車だ。 
私が望んで買った愛車だ。

私は迷いを絶ちきるように、エンジンボタンを押した。
懐かしい感触。

 
待っていたよ、おかえり。

 
 
これからも、ずっとよろしくね。  

 
  

 
 
 
こうして購入してからわずか半年で急死に一生スペシャルのようなことがあった。

まさかその後も
鳥の死骸や羽根が私の車の近くにのみ、ピンポイントであったり
タヌキを轢いたり
田舎道でタイヤがパンクしたりと
早出残業のたびにハプニングが続くとは思わなかった。

全く真面目にサービス残業するたびに、ろくなことがない。

 

そんな風に私は嘆くが、両親は言う。

「でもともかは、自分や人が怪我する事故はないだろ。お金で済む話は容易いよ。ご先祖様が守ってくれているんだよ。」

 
確かに私は、免許をとってからまだ、そういった事故やトラブルはなかった。
巻き込まれ事故もなく、怪我もなく
違反で警察にお世話になることもなく
免許はゴールド免許のままだった。

 
車の事故で、もう二度と治らない障がいを抱えた人を私は知っていた。
私の担当利用者だ。
そして、車の事故で、施設の利用者も亡くなった。
 

  
「……そうだね!これくらいで済んでいるのは、ありがたいことなんだよね。怪我がなくて、命が守られたのだから。」

車の運転は快適だ。
だけど車は走る凶器だ。
ひやりハットは何回もある。

 
車を運転し、無事に帰ってこられる。
それだけで間違いなく、今日は恵まれた素晴らしい一日だ。

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