入院22日目:人手不足のしわ寄せ
お風呂掃除をしながらふと
もうお母さんは退院後我が家のお風呂には入れないんだろうな
と思った。
入院前の日が最後だったのかもしれない。
専用の補装具を作る話が病院側から出たということは
もうほぼ確実に今後の人生は補装具をつけて過ごすのだろう。
入浴は危ない。
滑るし、狭い。
普段は手すりや衣服や平地や装具でカバーできる歩行も
タイルや濡れている場所は滑るし、裸だから支える方もなかなかに危ない。
施設ならばリフト対応や車椅子対応の入浴設備もあるが
自宅では入浴用の椅子の設置くらいだ。
確か祖父母の足腰が弱った時に椅子があったが
あれはなかなかに大きくて置き場に困る。
かつての我が家は家が今より広かったし、浴室もかなり広かったので大丈夫だったが
今は置き場がない。
車椅子の利用者で歩ける方や立位ができる方は、入浴サービスを利用しないで自宅で保護者が入れていたり、ヘルパー利用で入浴している。
改めて、お風呂を見渡す。
手すりが多少はあるが、お母さんの今のレベルでは厳しい。
リハビリが上手くいけば、手すりを増やしたり、専用の椅子があれば入れるのだろうか。
それとも、デイかどこかで入浴サービスを週2~3回利用だろうか。
どちらにせよ、だ。
もうお母さんは一人で自宅のお風呂に毎日入ることはない。
自宅のお風呂掃除をすることもない。
それは確実だ。
母親のシャンプーやボディーソープ等を見ていたら、こみあげてきて泣けてきた。
お母さんはお風呂が好きだった。
きれい好きだった。
そんなお母さんが今は週に三回病院のタイミングでしか入浴できない。
話が止まらない時は入浴前や入浴後のお母さんにも話しかけた。
お風呂掃除をしているお母さんにも話しかけた。
私が髪を乾かしている時にお母さんも話しかけにきたりしていた。
あの日常はもう決して戻らないのだ。
今までたくさん温泉に行ったな。プールにも行ったな。
お母さんの前で裸になることや着替えに抵抗はなかった。
もう温泉やプールには行けない。
足に装具をつける。
それはつまりそういうことだ。
滑りやすい水がある場所のハードルはグッと上がる。
海辺の散歩も厳しくなる。
5年前に家族みんなで行った海。あれが最後か。
お母さん、貝殻集めるの好きだったな。
集めたものは庭の植物辺りに並べてある。
そこまで考えると…切なくなった。
今日は朝から土砂降り。
関東は警報級の雨らしい。
そんな今日は今年度初の販売日。
図書館でのイベントでそのイベントでは初出店。室内販売だが、搬入時は屋根下には車は停められない。
販売担当者は別の方だったが、販売責任者として準備やレイアウトは私が考えたり、やった。
以前はその日の販売担当者が準備などを行ったが、最近は「責任者だからやって。」と上から言われ、負担とストレスばかり増える。
その日販売に行く人が知人から持ちかけられたイベント出店なので、私よりその人の方が詳しいのに。
雨の日の販売は備品をビニール袋で覆い、ぞうきんも持参だ。
この日は同僚Aさんが朝一人で準備に行き、午前中新施設長が利用者何人かを連れていき、お昼で戻り、午後は私が別の利用者を何人か連れていき、途中で切り上げる予定だった。
だが、今日は同僚Bさんが有給、Cさんは体調不良で二日連続休み、更にリーダーの代わりの人もまだ見つかっていないため
現場はマイナス三人で回さなければいけない。
おまけに朝から土砂降り。
最悪だった。
送迎だけでびしゃびしゃに濡れる。
毎日のように不穏になる利用者が今日も朝から荒れていて、「もう施設やめたい。家に帰りたい。」とわめいて暴れる。
じゃあ辞めれば?
じゃあ帰れば?
心の中で悪態を吐く。
毎日のように不穏になるのを見ると、本気で退所を考えてほしいと心の中で思う。合っていないんじゃないかと。
施設は山ほどある。
他に行けばいいのに。
人手が足りない時に暴れられて人がまたとられる。
その利用者を見て周りが荒れてまた人がとられる。
次の動きをしたくても職員が足りなくて動けない。トイレにも行けないで、人様のトイレ支援をする。
ため息を吐く。
仕事を辞めたい。
早く販売のヘルプに行くように言われ、ちゃちゃっとご飯を食べて準備する。
雨は小降りになったが、風が強いし、足場が悪い。
多動の利用者や車椅子の利用者を含め、複数人利用者を連れて行くよう言われた。
明らかに支援オーバーだ。
だが、職員がいないからやるしかない。
無言でストレスがたまる。
今日のイベントは内輪のイベントで、あまり来場者はいなかったが、売上は想像以上によかったし、販売自体は楽しかった。
やはり私は販売業務が好きだ。
夕方、母親からLINEが届く。
リハビリで麻痺側の右足が前後に動いたらしい。
最近は毎日のようにプラスな情報で嬉しくなる。
体を吊って歩行訓練は今日ではなく、明日の予定らしい。
どんな感じなのだろうか。
下着類や靴下が足りないともLINEに書かれていたため
明日面会に行く従姉妹に託すことにした。
正直姉や私よりも近隣の従姉妹の方が面会に行っていた。
従姉妹は実母と上手くいっておらず、母になついている。
従姉妹は高齢者福祉で働いているし、平日が休みなため、非常に助かっている。
母も差し入れを色々する従姉妹を「気が利く。」と言っていた。
検査入院時は近隣に住む叔母(看護師)、従姉妹(福祉職)が平日に、父はほぼ毎日、私は土日に面会に行っていた。姉と甥は一回だけ面会に行った。
だが今の転院先では、一患者週二回面会&予約は面会二日前&午後14:00~16:40までが面会のルール上、私や父は週一回しか行けない。
転院してからは
平日は時間が作れる叔母か従姉妹が面会に行き
土日どちらかは私や父が面会に行くスタイルになっている。
洗濯物も一週間に一回午後決められた時間しか引き取りは不可なため(面会時はOK)
私も父も行けず
代わりに叔母や従姉妹が洗濯物を引き取り、我が家に届けてくれた。
非常に心強い。
以前は父が小まめに洗濯物を取りに行っていたが
今は行けないため、下着類や靴下が足りないのだろう。
夕飯後、下着類や靴下に名前を書き、袋にまとめた。
父はようやく仕事激務な時期が終わり、今は午前中時間があるため、明日親戚の家に届けることにした。
父は今日仕事休みだったので、介護保険の手続きをしてきたらしい。
銀行に行ったり、役所に行ったりと休みの日でもハードだ。
以前はほぼ毎日行っていたウォーキングに今は行けていない。
夜、父親にしもつかれの期限が迫っているので食べてほしいと伝えた。
私はしもつかれは食べない。
しもつかれは日持ちするが、封を切ると長持ちしない。
「じゃあ白米炊いた日に食べるよ(しもつかれは白米に合う。)。その日はおかず用意しないで。」
「たまにはネギトロや刺身が食べたい。」
「お餅が大量にあるから時間ある時に焼いてくれない?」
その何気ない言葉に私はイラッとした。
白米を炊いても一週間で二人で二合炊いて余るのだ。父はほとんど白米を食べず、私は炊いたらお米を保存していた。
でも保存しても父はほとんど食べない。
…保存もお米を冷まさなきゃいけないから手間がかかるのに。炊く手間もあるのに。
炊いてもろくに食べないくせに。
ネギトロや刺身は生ものだからその日のうちに食べきりたいけど、父は量を食べない。
母がいないとなると、私が食べるしかないのだが、私はネギトロや刺身があまり好きではない。
簡単に言ってくれる。
…お餅くらい、自分で焼いてくれないかなぁ。
母がためた食材を賞味期限が近いものから使って料理しているが、買い足さないと料理がしにくいケースもある。
「たくさん食材あるし、追加で買わなくていいよ。」
父はそう言うけど、それ単体だと料理ができないのだ。
料理をしない偏食家の人は簡単に言ってくれる。
言葉では優しげなのに、結局父はあれやこれやリクエストするし、好き嫌いは多いし、自分好みの夕飯ではないとすねるのだ。そしてその自覚がないのだ。
なんて面倒なのだ。
慣れないながらも毎日メニューを変えて頑張っているのに。
仕事と家庭の人手不足のしわよせがずしんとのしかかる。
人手不足の時にあれやこれや理想を求められると疲れる。
できないもんはできないし、無理してるのに。
職場では言えないが、父親には言える範囲で言った。
私にも限界がある。
とりあえず餅は賞味期限がまだあるし、ネギトロは後で買ってくるから勘弁してほしい。
明日は会議だし、金曜日は残業確定の日なのだから。
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