ジカ熱流行のかげに見え隠れする母親たちの苦悩と哀しみが胸を打つ―『ジカ熱 ブラジル北東部の女性と医師の物語』(デボラ・ジニス/水声社)

ジカウイルスによって引き起こされるジカ熱は、かゆみをともなう発疹などの症状がでるものの一週間程度で治癒する。ウイルスは蚊によって媒介される。最初の流行は2007年のアジアであるが、症状などの関係で他の感染症との混同も見られるため、ブラジルでの流行の端緒については不明だが、2015年4月29日を、ウイルスを特定した日としている。

本書はブラジルで流行したジカ熱と妊娠中にジカ熱に罹患した場合に胎児が小頭症になったことについて書かれたものである。
ブラジルの経済状況に南部・南東部と北部・北東部で大きな格差があること、それがインフラの質に影響し蚊の発生状況と関わり北部・北東部で患者数が多かったこと、経済格差が政治的・社会的発言力にも影響し、ジカウイルスの確定や胎児の小頭症とジカ熱との関わりに関する北部・北東部の医師や研究者の声が南部・南東部の研究者などから軽視されたことが描かれている。
キリスト教が大きな影響を持つブラジルでは、一般的には妊娠中絶が認められないため(それもあって、リプロダクティブ・ヘルスという用語が主に使われている)、妊娠中にジカ熱に感染した女性を苦しめていること、一方でその信仰や母としての連帯の気持ちから、羊水摂取に応じ、子どもが死んだ場合は献体もしていることにも触れられている。
事実の認定に経済格差が影響することや厳しい状況におかれた女性たちの姿を読むと、極めてやるせない気持ちになる。

なお、著者は民族誌が専門でフェミニズムの立場で行動するアクティビティストだが、中絶に関する言動ゆえに脅迫を受け、ブラジルには住めなくなっている。

医学者間の妙なヒエラルキーなどは以前から日本でも感じてきたことだが、新型コロナウイルス騒動のさなかに顕著になった部分もあって、本書を読みながらそのことを改めて考えていた。また、「性」「生殖」に関して女性が置かれた現状についてもいろいろと思うところが多かった。

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