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ケニアで見たスタートアップによる社会課題解決の可能性と限界

先週、クロスフィールズが主催する企画で、スタートアップの経営者や大企業の方々など総勢20人とともにケニアを1週間訪れた。多くの学びがあったが、その一部を「社会課題解決をめぐる潮流」という観点で自分なりにまとめてみたい。

Fintechによる貧者のエンパワーメント

僕が前回ケニアを訪問したのは2007年頃だ。15年以上ぶりの訪問ということで、当然ながら多くの変化を目の当たりにした。

高層ビルも立ち並ぶ首都ナイロビの町並み

まず目についたのは物理的なインフラの大幅な改善だ。当時はなかったような高層ビルが多数立ち並び、品揃えの良いモールやスーパーも街のいたるところに見られるようになった。2022年には中国の支援で高速道路も整備されるなど、ものすごいスピードで都市としての利便性が高まっている。

ただ、こうした物理的なインフラの発展以上に人々の暮らしに変化をもたらしたのは、携帯の普及とFintechの発展による金融インフラの充実のようだ。

ケニアではM-PESAというモバイルマネーがあらゆるところで利用されている。電子決済だけでなく、携帯での送金や現金の引き出しも可能で、いまやケニアの成人人口の9割以上が利用するサービスになっている。

街の至るところにM-PESAの代理店が溢れる

これまで「たんす貯金」しかできなかった低所得者層も、電子マネーで安全に貯蓄できるようになった。出稼ぎ労働者がリスクに感じていた現金による実家への仕送りも、電子化により即座に安全にできるようになった。

さらに、最近ではM-PESAの利用履歴が与信として扱われるようにもなり、融資などのより高度な金融サービスに低所得者層もアクセスできるようになってきているという。

4年前にルワンダを訪れたときには「これからアフリカでは色々なことがFintechで可能になりそう」という兆しとして聞いていたが、これらがすでに庶民が当たり前のように享受できるサービスになっているという事実に驚愕してしまった。

M-PESAは東アフリカ諸国を中心に爆発的に広がっているが、こうしたFintechによる貧者のエンパワーメントは、アフリカを震源として世界中の発展途上国へと広がっていくことになるだろう。

「インパクトスタートアップ」の躍動

今回、スタートアップやVCの方々と数多く会話する機会があったが、改めて、アフリカ地域の社会課題の解決を担うプレイヤーとしてスタートアップの存在感が大きくなっていることを実感した。日本でもこうした潮流があることは以前の記事でも触れたが、ちょっとレベル感が違うように感じた。

そもそも途上国では政府の力が弱く、人々が必要とするベーシックなニーズを民間企業のサービスが満たすことが多い。そのため、起業家が何らかのサービスを立ち上げれば、それらはごく自然に人々の暮らしを劇的に変化させていき、日本で「インパクトスタートアップ」と呼ばれ始めているような社会性を帯びた事業活動となっていくのだ。

また、それぞれの産業が未成熟でプレイヤーも足りていないため、スタートアップが生み出す事業は、ニッチなソリューションの提供にとどまらず、事業の成長とともに業界全体のエコシステムづくりまでを手がけるように発展している。ゆえに、事業としての迫力やスケールがすさまじい。

実際に、いくつか事例を紹介したい。

サナジーが手がける簡易トイレ。右側にいるのが創業者のDavid氏

サナジーは、MITメディアラボで学んだ創業者たちが、簡易トイレの設置を通じて衛生問題を解決することを目指した2009年創業のスタートアップだ。

それがいまや、自社工場を建設して有機廃棄物を処理して飼料やバイオ燃料へと変換するサーキュラー・エコノミーの仕組み全体を構築するところまで発展している。今回サナジーの工場を訪問させてもらったが、そのスケールにはただただ圧倒されるばかりだった。

サナジーのオフィスに掲げられたヒストリー。どんどん事業スケールが大きくなっている

続いて紹介するHello Tractorは「トラクター版Uber」とも呼ばれ、耕作機械を購入できない小規模農家向けのトラクターのシェアリングサービスを手掛けている。

直近では事業が多角化し、トラクターのユーザーから得られる様々な農耕関連のデータや金融情報を活用し、農業の生産性を高めるためのあらゆるサービスを一元的に提供するプラットフォーマーへと進化を遂げている。

Hello Tractorの創業者でありCEOのJehiel氏


こうしたスタートアップによる社会課題領域でのインパクトを見て、国連や援助機関も連携を加速させている。サナジーにはJICAが一昨年250万USDの出資を行うなど、伝統的な国際援助のあり方も大きく変わりつつある

ちなみに、こうした事業をアフリカでしかけるのは外国人起業家だったり、外国で教育を受けた帰国子女であることが多かったが、潮目が変わりつつあるという。数多くの成功事例が身近で生まれているのを見て、ケニアで教育を受けた若い世代もそれに続く流れができつつあるとのこと。アフリカ社会での社会課題解決型のスタートアップの動きは、更に盛り上がりそうだ。

スタートアップによる課題解決の限界

一方、Fintechの浸透やスタートアップの躍動がケニア社会全体を良い方向に確実に押し上げているのかというと、残念ながらそうとは言い切れない。

今回訪問した、東アフリカ最大のスラムと言われるキベラスラム

正直なところ、ここの状況は15年前とほとんど変わっていないように感じた。たしかに携帯を持つ人は増えているし、M-PESAの看板も見かける。

ただ、どう見ても貧富の格差は依然として根深い。著しい発展を遂げる大都市のなかに、経済原理では解決できない「外部不経済」を象徴するかのようなスラムが途方もなく広がっていて、「資本主義が生み出す格差の縮図」のような光景に気が遠くなってしまった。

では、こうした格差の構造を目の当たりにしながら事業を行っている社会課題解決型スタートアップの経営者たちは、何を思うのか?今回、何人かの経営者に「最貧困層の課題をどうするのか?」と直球で疑問をぶつけてみた。

彼らから返ってきた答えは共通していて、「僕たちにすべての問題を解決することはできない」というものだった。なかには実際にキベラスラムでの事業に挑戦した経営者もいたが、「ここでのマネタイズは不可能だった。最貧困の人々を救うには、やはり政府やNGOの力が必要だ」と語っていた。

「外部不経済」に立ち向かうスタートアップと援助機関

この発言は決して「諦め」ではなく、スタートアップの限界を分かった上での役割分担だと僕は捉えた。実際、最貧困層の課題解決に向け、スタートアップが援助機関とパートナーシップを組む動きが実際に起きている。

たとえばHello Tractorは国連WFPとパートナーシップを築き、農業分野でのデータ連携を行っている。WFPが支援する最貧困層のなかで農耕機械を必要とする層の情報提供を受け、逆にHello Tractorは、地域ごとの農業生産の状況を収集したデータを分析し、それをもとにWFPとともに政府に対する合同での政策提言を行っているとのことだ。

援助機関とスタートアップとが健全に連携し、互いの強みを活かして社会課題の解決を行う取り組みは、資本主義の力が及び切らない「外部不経済」の社会課題の解決を実現する突破口となっていくのではないだろうか。

共助の素晴らしい活動とテクノロジー活用

最後に、キベラスラムで行われる素晴らしい活動を紹介したい。今回キベラを案内してくださった早川千晶さんが主宰するマゴソスクールの活動だ。

マゴソスクールは、キベラに暮らす人たちのなかでもとりわけ厳しい状況に置かれる子どもたち向けの学校と寄宿舎を運営し、教育と給食を提供している。1999年に開校し、すでに3000人近い子どもたちが卒業して社会へと巣立っている。

これまで紹介してきたスタートアップによるビジネスのアプローチとはまったく異なる、寄付を財源とした市民同士の「共助」の活動だ。

マゴソスクールを案内してくださった早川さん

本当に地道な活動だが、マゴソスクールにかかわる方々の熱量と、なによりも子どもたちのキラキラした眼は、今回のケニア滞在のなかで最も印象に残るものだった。

どれだけスタートアップによる社会課題の解決が加速しても、「外部不経済」の課題に正面から挑む共助の活動の意義は不変である。そこには尊さと希望があり、人々の人生を変える力があるということを、改めてマゴソスクールの方々に教えて頂いた。

そして、さらなる素晴らしい展開も起きている。

いま、マゴソスクールの卒業生たちが起業家精神を発揮し、新たにキベラの課題を解決する事業を立ち上げたり、在校生にプログラミングを教える学校を開設するなどの動きが起きているのだ。

僕も少しテクノロジーの授業を見せてもらったが、テーマとしてAIやブロックチェーンを扱うなど、日本のICT教育に比べても先進性の高い内容になっていて驚いた。

それもそのはず、実はここでもスタートアップとの連携がある。Power Learn Projectというプロジェクトを通じ、マゴソスクールでエンジニアを育成し、卒業生がスタートアップに参画するというサイクルが目指されているのだ。

マゴソスクールのような共助の活動がテクノロジーの力を味方につけてよりインパクトを最大化することには、これから大きな光になるのではと思う。


ケニアで見た未来と、自分たちのこれから

今回のケニア訪問を通じ、途上国においては社会課題解決の新しいエコシステムが形作られていることを改めて認識した。それを牽引するのはテクノロジーとスタートアップだが、伝統的なプレイヤーである援助機関や国連との連携は不可欠で、また、NGOによる共助の活動の意義も引き続き大きい。

自分たちとしても、こうした動きを世界的なうねりにしていくために自分たちにできることを日本から仕掛けていきたいと考えている。

今回のケニア訪問には、日本のスタートアップの経営者の方々にも数多く参加して頂いた。クロスフィールズとしては、今後は大企業だけでなくスタートアップとの協働を強化し、NPOやNGOによる共助の活動とビジネスとの橋渡しを次なる次元へと進化させていきたいと思っている。

道のりは遠いし険しい。それでも地道に、前を向いて進んでいきたい。


(2023/04/28追記)
今回のケニア滞在の様子をまとめた動画を公開しました。

※ 日本語字幕版

※ 英語字幕版


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