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第五章の48◎日本が日本人に負けた大東亜戦争

 第二次世界大戦の主役は、東条英機でも山本五十六でもルーズベルトやトルーマンでも無く、コミンテルンだったのです。旧ソ連の暗号文書ヴェノナ文書の解読と公開で全てが明らかとなってしまいました。
すなわち、日本は米国では無くコミンテルンに負けたのです。
 関東軍、海軍にはコミンテルンのスパイが暗躍しており、515事件、226事件のクーデターで日中戦争、日米開戦を煽り、ロシアとは反対の南下政策を強行し、致命的な結果を招いたのでした。
その事は、東京裁判で東条英機元首相もハッキリと証言しているのです。
そして、ロシア革命、共産主義、コミンテルンの誕生を後押ししたのは日本人スパイ明石元次郎だったのですから、回り回って結局は「日本は日本人自身に負けた」事になるのです。
 反対に、この戦争で勝ったのは、いったい誰なのでしゅうか?
それは、一番うまく立ち回った「客家」なのです。
東南アジアの国々は、この戦争を期に念願の独立で主権と自由を獲得する事が出来たのです。その陰に隠れて、「客家」は東南アジアの経済を掌握し、政治力、経済力、安全を全て獲得する事に成功したのでした。
闇の世界の黒幕は、「コミンテルン」の存在自体を隠ぺいしようとしているので、コミンテルンと言う言葉自体を知らない方も多いのではないかと思いますが、コミンテルン(第三インターナショナル)とは、全世界ソビエト社会主義共和国連邦をつくる組織のことなのです。
そして、日本共産党が、元コミンテルンの日本支部であった事も忘れてはならないのです。
つまり、世界中を共産主義体制にすることが、コミンテルンの目的とされたのです。
その為に、多くのスパイを世界中で泳がせていました。まさに歴史はスパイが動かして来たのです。
さらに言うと、コミンテルンを陰で操っていた本当の黒幕は、イルミナリティに操られたロスチャイルド財閥やロックフェラー財閥の勢力であったに違いないのです。
ですから、国家と言う枠組みだけで戦争の歴史を理解しようとすると全く本質が見えなくなってしまうのです。
第二次世界大戦の主な関係国は、英米独露日中なのですが、本質的な中身は、イルミナティが仕組み、ロスチャイルド財閥とロックフェラー財閥を戦わせ、どちらも儲かるでっち上げの戦争であり、その後の朝鮮戦争、ベトナム戦争、東西冷戦、中東戦争を通じて全世界の富を奪い去って行ったのです。
もともと日本と米国は、戦争をする意味も必要もなかった事は明白であり、日本と米国が戦った理由「日本が経済封鎖されて戦争するしかなかった」という教科書的な理由に納得している日本人は少ないのだと考えます。
   ですから、第二次世界大戦では米国も敗者でした。
必要のない戦争に引き込まれ、満州利権を取りに行った戦争で、満州を取る事すら出来なかったからなのです。
 ロスチャイルド財閥とロックフェラー財閥という視点で第二次世界大戦を分析すると、歴史で解明されていない、「なぜ?」が良く見えて来るのです。
 ドイツナチスのヒトラーは、スカルボーンの手下で有り、ロックフェラー財閥の目的は、欧州全体をボロボロにして石油や軍事物資を売り、ドイツの優秀な人材や技術をイスラエルや米国に取り込む事だったのです。
   結局満州は、ソ連から後に中華人民共和国に渡る事となったのですが、陰でコミンテルンを操っていたのが、ロックフェラー財閥のアメリカ人だったのですから、アメリカもアメリカ人自身に負けていたのです。
事実、日米大戦を決定的にしたハルノートの原稿を実質的に書いたホワイトは、コミンテルンから米国に送り込まれたスパイそのものだったからなのです。
それらの事実は、「ヴェノナ文書」で明らかになったのですが、ルーズベルト政権時代の米国中枢部には約300名のスパイが潜入していたということでした。
1935年の第7回コミンテルン大会におけるスターリン演説でも明らかなのは、「日中独英米を戦わせて疲弊させ、最後にロシアが全てを奪う計画」だったです。
ですから、何度も言いますが、米国人も米国人に騙されていたのです。
 コミンテルンは、もともと関係の無い日本と米国を戦わせて、日本本土がボロボロになったところで、日本を乗っ取り共産主義化する計画だったのです。
 そして第二次世界大戦の主役もスパイでした。
ゾルゲは、ドイツのスパイでは無く結局はソ連のスパイでした。そして日米開戦を成功させ日本軍を南下に導いた、戦勝の立役者だったのです。
そして、ゾルゲを通してドイツと日本の情報はソ連に筒抜けとなり、尾崎秀実、日本の首相の近衛文麿までが、共産主義者と化したのでした。
コミンテルンは、中国国民党にも多くのスパイを送り込み混乱を図りましたが、その代表格が張学良でした。
張学良がコミンテルン、つまりはロスチャイルド財閥のスパイとして、上司の蒋介石を拉致し、蒋介石の息子を人質として蒋介石を脅したことで、国共合作、日中戦争へと180°転換した事は歴史の七不思議なのです。
そして状況証拠から、蒋介石が脅迫されて已む無く寝返った事は明らかなのです。
蒋介石が亡くなるまで張学良が厳しく監禁されていた事からも、張学良のスパイ活動が歴史を決定的に変えてしまったと言って間違いないのです。
 もしも、西安事件での張学良の脅しが無ければ、また張学良が蒋介石をその場で殺していれば、中国国民党の猛反発により中国共産党は消滅しており、今の中華人民共和国は存在しなかった可能性が高いのです。
もう一方のロックフェラー財閥側で活躍したスパイは、アイゼンベルグと日本の里見甫だと言えるのです。ても
第二次世界大戦(太平洋戦争)で、日本と米国が戦う事は、1905年のポーツマス条約締結の際に決定的でした。
なぜなら、日清戦争で得た遼東半島を三国干渉でロシアに奪われ、満州の確保を実力行使する為に行い、やっとの思いで勝った筈の日露戦争の戦後処理では、米国に言いくるめられ、満州や遼東半島を支那に返還させられたからなのです。
それだけに留まらず、満州鉄道の利権をも桂ハリマン協定で横取りされそうになったのでした。
第二次世界大戦は、欧米が満州を取る為の椅子取りゲームのようなものでした。
1934年に満州国が独立し、日本が傀儡国家として支配するや否や、その椅子取りゲームはルール無用の力尽くで血みどろの奪い合いへと展開を見せたのでした。
1936年には既に、各国のスパイ諜報活動により226事件や西安事件が起こり、日米決戦の前哨戦である、日中戦争が開始されたのです。
日本が満州国を手放さない限り、第二次世界大戦が終結しない事もこの時点で確実となったのでした。
そして、コミンテルンが原因で日米対戦が仕組まれたのでした。
いったい515事件とは、226事件とは何だったのだろうと考えると、平和主義の天皇も226事件等でコミンテルン勢力に脅迫されて戦争を認めざるをえなかったとするならば、結局、関東軍もコミンテルンに動かされて暴走した事がわかるのです。
 それらの戦争を実際に経験した方々が、まだまだ生存しておられるのに、明らかに事実と異なる報道や政治問題が当たり前となっています。
ここまで来ると、生存者の「黙して語らず」も、もはや犯罪に思えてくるのです。
「大東亜戦争はまだ終わってはいない」「なぜ生き証人がこれを言わんのか?」
私はそれを強く非難したいのです。
コミンテルンによって仕掛けられた「大東亜戦争」、そしてその背後に居るロスチャイルド財閥とロックフェラー財閥。日本もアメリカも自国に潜んでいた、コミンテルンのスパイに騙されたのです。
しかも、それらの戦犯がまだ抜けぬけと日本と米国の中枢を未だに握っている事は、許し難い事実なのです。
ですから「もう一度目を覚ませ!」第三の目で視えないものが視える日本人には、何となく気がついていた筈なのです。
そして「気が付かない振り」はもう止めましょう。
明治維新の時代から、日本・中国・満州利権を狙い、最後まで手をこまねいていた米国がついに思い腰をあげたのです。
 第二次世界大戦の特徴の一つとして上げられるのが、日本を含めた各国のスパイ諜報戦、それは、日露戦争清算のポーツマス条約の頃から始まっているように考えらへます。
この頃から、英米が満州利権に対して、執拗に口出しをするようになって来たのでした。小村寿太郎が「桂ハリマン覚書」を破棄した事から、日本は米国からの反発を買い、それが米国との戦争への道を進むのですが、小村寿太郎は反米であったのかと言うと、私はむしろ反対の親米であったと考えています。
 まさに日本は、ここから罠にハマっていたのではないかと考えるのです。
もし日本と米国が戦争をしてくれれば、最高のビジネスチャンスだと国際金融資本のロスチャイルド財閥やロックフェラー財閥は考えていたに違い無いのです。
とにかく、多くの国を戦争に巻きこんでしまう事が彼らの利益だからなのです。
 英国の諜報機関MI6が、アイゼンベルグを中国・日本へと送り込み、満州マフィアを仕切る日本の里見甫とアイゼンベルが米国CIAの設立を助けたのでした。
またCIAは、中国共産党を支援し、最終的には中華人民共和国を作り上げ、満州国をソ連より返還させる事に成功し、第二次世界大戦の表向きの勝利者となったのでした。
 その後アイゼンベルグは、イスラエルのモサドを立上げ、イスラエルの発展に貢献し、世界で巨万の富を築いていくのでした。
 第二次世界大戦は、コミンテルンのスパイに世界中の人々が騙され、犠牲になったのでしたが、戦後になっても共産党勢力が世界を不幸にし続けているのです。
そして、共産党が戦後も今も足を引っ張っているのです。
 カール・マルクスの唱えた「マルクス主義」科学的社会主義論の決定的な読み違えは、人間には煩悩が有る事への過小評価なのです。全ての人が、平等な社会は確かに理想ではあります。
しかしながら、現実の共産主義国家はソ連のペレストロイカから始まり、次々と倒れて行って、中国も経済面では共産主義を捨てつつあり、今では北朝鮮とキューバくらいで、殆ど消滅しかけているのです。
今の中国を見ても明らかなように、共産主義国家幹部の不正や収賄は無くなりません。
共産主義国家とは、「幹部が富の横取りをする仕組み」となってしまったのです。
ですから共産主義は、消えてなくなるべきはずなのに、日本でも未だに存在しているのです。
もはや利権の上に胡坐をかいて、自省する事が出来なくなってしまっているからなのです。
貧乏で困っているB層を、狙い撃ちにして組織員に加え、助けるようなふりをして実際には苛めているも同然なのです。ロシアスパイの同族が、代表をしている政党が存在出来るのにも、全く理解が出来ません。
 GHQの中にも、紛れ込んでいたコミンテルンのスパイ達が、GHQの政策を左寄りに向かわせた結果、戦後の日本にも大きなダメージを与えてしまったのです。
第二次世界大戦の黒幕は、コミンテルンだとハッキリ述べて来ました。
もしスターリンが、中国共産党の蒋介石処刑を認めていたなら、国民党による共産党潰しは完行されておりその結果、中国共産党は滅びていたに違いないのです。
また、西安事件が無ければ国共合作へと作戦は変更されずに、日中戦争は起こらなかった筈なのです。
スターリンの戦略は、敵ながらあっぱれで、世界中に優れたスパイをばら撒いて、世界の要人を巧みにコントロールしていたのです。
リヒャルト・ゾルゲを始め、ドイツ人のスパイ達も結局はコミンテルンの手先であり、ゾルゲは日本人では近衛文麿首相や尾崎秀実、鬼頭銀一、川合貞吉、水野成、山上正義、船越寿雄を操り、ジャーナリストのスメドレー氏やホワイトのように米国の中枢部にもコミンテルンが入っていたのです。
今や、ゾルゲを英雄として讃える立派な銅像がロシアに建てられていること、ロシアの要人が極秘に多磨霊園のゾルゲの墓参りをしている事、近衛文麿が天皇への上奏文で真実を述べている事、アメリカで開された公文書でもハルノートが書かれた経緯やそれらの事実は明白となっているのです。
中国国民党の内部にも、多くのスパイが入り込んでおり、張学良もコミンテルンのスパイでした。
張作霖の息子の張学良は、蒋介石を裏切り、反日工作を行った中心人物でした。
第二次世界大戦の直接の参戦者でない中国共産党が、第二次世界大戦後、世界最大級の勢力に膨れ上がったという事は、やはり第二次世界大戦の勝者はコミンテルンによって支えられた中国共産党、及びその指導者の毛沢東だと言えるのではないでしょうか。
中国共産党は、ある事件の直前までは、崩壊寸前でささたが、なんとも不思議な事にそこから一気に形勢逆転をしたのでした。
それが西安事件なのです。西安事件で部下であるはずの張学良に捕まり、蒋介石は脅されてしまいました。
息子を守る為に、止む無くスターリンの指示に従い、
毛沢東と国共合作し、日本と戦ったのです。
太平洋戦争で、中国国民党と戦う羽目になった日本軍は、そんな裏切りの中華民国を最後には助け、騙された事を悟った蒋介石も、最後には日本を守ろうとしたのでしだが、万事休すでした。
全ては、中国共産党の思う壺となってしまったのです。
スターリンによる国際共産党は、事件以前から中国共産党に対して、「蒋介石と日本軍を戦わせて両者を共倒れさせること」により、中国の共産革命を成功に導くよう、実際に指令を与えていたのです。
その時スターリンは「蒋介石を釈放しなければコミンテルンを除名する」と恫喝していたのです。
これは、陳立夫のスターリンへの働きかけもありましたし、蒋介石と和睦することで、共産党勢力を温存し、国民党と手を組んで抗日戦を継続することが、日本を中国に釘付けにして、対ソ戦を回避させるスターリンの思惑が働いたという紛れも無い証拠なのです。


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