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『ヒノモトバトルロワイアル~列島十二分戦記~ 』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――
 日本は十の道州と二つの特別区に別れたのち、混乱を極め、戦国の世以来となる内戦状態に陥ってしまった。
 荒廃する土地、疲弊する民衆……そしてそれぞれの思惑を秘めた強者たちが各地で立ち上がる。巫女、女帝、将軍、さらに……。
 日本列島を巻き込む激しい戦いが今まさに始まる。
 最後に笑うのは誰だ。

本編
すべてのはじまり
 二十一世紀、世界は激動に見舞われた。多発するテロや、終わらない紛争や戦争、人智の及ばぬ災害に、大規模なパンデミック、貧困などの経済問題、それぞれの考えの相違に起因する社会的軋轢、地球温暖化に代表される環境問題……様々な問題に世界は苦しめられた。         
 極東に浮かぶ島国、日本もまた例外ではなく、国力は衰退の一途を辿る一方だった。時の政府は現状打破の一手として、『道州制』の導入を試みた。だが、それがいけなかった。結果から言うと、日本はそのまま十の道州と二つの特別区に“分裂”することになった……。
 場所は関西州滋賀県の北部にある古寺の中の一室にて、一人の妙齢の尼僧と三人の若く美しき女性達が向かい合って座っている。しばしの沈黙が続いたあと、尼僧がその口を開く。
「……それはいけません」
「い、いけませんって、なんでですか⁉」
「少し落ち着いてください。紅(あか)さん……」
 尼僧はショートヘア―の強気な女性を落ち着かせるように話す。
「……これまで各々、それなりに力を蓄え、研鑽は積んできたつもりなのですが?」
「いえ、問題はそういうことではなくて……」
「……なるほど、事を起こす時期を適切に見極めろということですね」
「ええ、その通りです、碧(あお)さん……」
 尼僧はミディアムヘアーの冷静な女性の言葉に頷く。
「えっと、見極めるためには情報をより多く集め、より正確に分析する必要がありますね~」
「そう、おっしゃる通りです、翠(みどり)さん……」
 尼僧はロングヘアーのおっとりとした女性の言葉に満足そうに頷く。
「こういうのは勢いも大事だとワタシは思うんですけどね……」
 紅と呼ばれた女性が不満そうにその唇を尖らせる。尼僧はひと呼吸おいて応える。
「……軽挙こそもっとも慎むべきことです……貴女たちは誇り高き深海一族の血を受け継ぐ、『深海(ふかみ)三姉妹』……貴女たちのそのか細い双肩に重大な期待が乗っかっているということを努々忘れてはなりませんよ……」
「ええ、もちろん、それはこの子もよく分かっていますよ。ねえ、紅ちゃん?」
「ちょっと、大姉上、赤ちゃんみたいに言うのはやめてって言っているでしょ!」
「紅、うるさい……庵主、こうしてわざわざ三人を集めたということはなにか進展が?」
「碧さん、さすがのご明察……様々な情報源から有力かつ信頼出来る情報が多数寄せられました。今からそれについてご説明いたします。少し長くなりますよ……」
 尼僧はゆっくりと話を始める……。


「こっちたい……」
 九州熊本県、着物姿で腰に刀を二本差した男女が三人、静かな神社の参道を歩く。
「……ここで間違いないと?」
 小柄な男性が、三人の先頭を歩く、中肉中背の男性に尋ねる。
「ああ」
 尋ねられた男性は振り返って頷く。
「……本当か?」
「本当たい」
「にわかには信じがたいでごわすな……」
 長身でポニーテールの女性が呟く。中肉中背の男性が問う。
「何故にそう思うたい?」
「……普通過ぎる」
「は?」
 中肉中背の男性が首を傾げる。
「もっとこう……なんというか……」
「……神秘性」
「そう! そうでごわす!」
 小柄な男性の呟きに女性は頷く。中肉中背の男性が周囲を見渡しながら尋ねる。
「ここには神秘性が足りないと?」
「うむ」
「神社でそういうことを言うとは、罰当たりというかなんというか……」
「だってそうは思わんか?」
 女性が小柄な男性に問う。小柄な男性は頷く。
「思う。街からもそうは離れていない場所にあるごくごく普通の神社ばい」
「場所の問題か? では聞くが、神秘性のある場所とはどこになると?」
 中肉中背の男性が女性に問う。女性は少し考えてから答える。
「例えば……阿曾山の火口に鎮座するお社とか……」
「それは神秘性が高いばい」
 小柄な男性が女性に同調する。
「危険性の方がよっぽど高いたい……」
 中肉中背の男性が苦笑を浮かべる。
「……我々の目当ての者がここにいるとはとても思えんばい」
「そもそも人が見当たらんでごわすからな」
「……人手は足りていますからね」
「なっ⁉」
「ど、どこだ⁉」
 いきなり声がした為、三人は驚いて周囲を見回す。しかし、人の影はまったくない。
「こ、これは……?」
「どういうことでごわすか?」
「ここにいますよ~」
「む!」
 三人の目の前に人の形にかたどられた紙、形代がひらひらと宙を舞う。
「か、形代が喋った……?」
「宙を舞っている……まやかしでごわすか?」
「まやかしって、術って言って欲しいですね……」
「術? 誰の?」
 中肉中背の男性が首を傾げる。
「それはご主人様のですよ」
「ご主人様?」
「あなたたちのお目当ての方ですよ」
「! あの方の……ほら見ろ、やっぱりここにいらっしゃるたい!」
 中肉中背の男性が他の二人に向かってドヤ顔を見せる。
「う~む?」
「まだ半信半疑でごわすな」
「疑り深いな⁉」
高島津(たかしまづ)家家臣、南郷九重(なんごうここのえ)さん……」
「!」
 形代の言葉に南郷と呼ばれた女性が驚く。
大友部(おおともべ)家家臣、浮草九道(うきぐさきゅうどう)さん……」
「‼」
 浮草と呼ばれた小柄な男性が目を丸くする。
「そして、竜勝寺(りゅうしょうじ)家家臣、鍋釜九直(なべかまかずなお)さん……」
「⁉」
 鍋釜と呼ばれた中肉中背の男性がびっくりする。
「この九州を三分する勢力の次代を担う皆さん、揃ってよくお越し下さいました」
 形代が頭をペコっと下げる。
「い、いえいえ、こちらこそ……」
 鍋釜が丁寧にお辞儀を返す。
「これは……」
「信じるしかないようでごわすな……」
 浮草と南郷が目を見合わせる。
「しかし、解せません……」
 形代が首を捻る。鍋釜が問う。
「なにか気になることでも?」
「お三方の仕える家は、それぞれ九州の覇権を賭けて長年争っておられます。この熊本辺りが緩衝地帯のようなものだとは言え、お三方が仲良くされているのはおかしいのでは?」
「ふっふっふ、良いことを聞いてくれましたな……」
「えっ、なんかちょっとウザ……」
「え?」
「い、いえ、どうぞ続けて下さい」
 形代が話の続きを促す。
「我々の名前には共通点があります。なにか分かりますか?」
「えっ、いきなりクイズ? 面倒くさ……」
「ええ?」
「い、いえ、えっと……皆さん“九”の字が入っていますね」
「そうです!」
「うわっ、びっくりした……唾飛ばさないで下さいよ、紙なんですから……」
「あ、これは失敬……」
「どうぞ続けて下さい」
「我ら三人は生まれ育った九州の未来を真剣に憂う、『九の会』の同志なのです!」
「えっ、ダサ……」
「ええっ⁉」
「い、いえ、何でもありません……」
「い、いや、今のははっきり聞こえたたい! ダサいとは何事たい!」
 鍋釜が怒る。
「鍋釜、落ち着くばい」
「みっともないでごわす」
 浮草と南郷が鍋釜を宥める。
「はあ……はあ……す、すまんたい……落ち着いた」
「要は志を同じくする者たちで、密かに協力関係を築き上げていたと……」
「そうです! ただ、我々だけでは限界があります。こちらのお社にいらっしゃるという伝説の方のお力をお借りすることが出来ればと思い、参上した次第です」
「なるほど……お社にどうぞ、ご主人様がお会いするそうです」
 形代が参道の突き当たりに立つ社殿を指し示す。
「ここにあのお方が……」
「はい」
「ううむ……」
「どうかしましたか?」
「な、なんというか、緊張してしまって……」
「ええ……」
 形代が困惑する。
「ああ、どうしようか……」
「どうしようかって……じゃあ、お会いになるのは辞めますか?」
「い、いや! 辞めません!」
「では、どうぞ」
「い、いや、心の準備がまだ……」
「本当に面倒くさ……」
 形代が小声で呟く。
「鍋釜、さっさと行くばい」
「こんなところで時間を潰している暇はないでごわす」
「う、うむ……」
 浮草と南郷に促され、鍋釜も前を向く。形代が頷く。
「よろしいですね? それではどうぞ……」
 形代の案内で、鍋釜たち三人は社殿に入る。鍋釜が自身の胸を抑えて呟く。
「ああ、心の臓が高鳴る……」
「大げさですね」
「は、吐きそう……」
「掃除はご自分でして下さいね」
 形代が冷たくあしらう。
「うっ……」
「お、おい、鍋釜!」
「しっかりするでごわす」
「あ、ああ、申し訳ない、落ち着いたたい……」
「……着きました」
 社殿の奥に着く。鍋釜が息を吞む。
「こ、ここに、あの方が……」
「ご主人様、ご案内しました……」
「はいよ、ご苦労さん……」
「ん?」
 鍋釜が辺りを見回す。
「どうかしたか?」
 巫女服を着た少女が鍋釜を見上げるように尋ねる。
「ああ、こちらの神社の巫女さんですか? これは失礼、上の方ばかり見ていて気がつきませんでした……」
「見下されているようで気に食わねえな……」
「え?」
「なんでもない。それで話は?」
「ええ、あのお方にお願いしたいことがあるのですが……」
「だから何だよ?」
「えっ?」
「えっ?じゃねえよ」
「あ、ああ、貴女が取り次いでくれるのですか?」
「誰に取り次ぐんだよ?」
 鍋釜は膝を折り曲げて少女に目線を合わせ、優しく語りかける。
「それはこの九州に知られた伝説の巫女さまにですよ……」
「伝説の巫女?」
「ええ、人智を超えた不可思議な力をお使いになられる方です」
「……だから、それアタシだろ?」
「そうそう、貴女……って、ええっ⁉」
 鍋釜が驚いて尻餅をつく。少女が右手の親指で自らを指し示す。
「伝説かどうかは知らねえが……お探しの巫女、御神楽伊那(みかぐらいな)とはアタシのことだ」
「そ、そんな……」
「驚くことか?」
「いや、昔から名前を聞く方がこんなに若いはずが……」
「人智を超えたとかなんとか、自分で言っていたじゃねえか。お前さんの物差しで測んなよ。永遠に年を取らないとか、代替わりしているとか、色んな可能性があるだろうが」
「は、はあ……」
「分かったか?」
「じ、実際のところはどうなのですか?」
「そりゃああれだ」
「?」
 伊那と名乗った少女は自分の口元に人差し指を当てる。
機密事項だ」
「えっ⁉」
「そんなもん、簡単に教えるわけねえだろうが」
「は、はあ、そうですか……」
「それで何の用だっけ?」
「わ、我々は『九の会』は、生まれ育ったこの九州の未来を真剣に憂い、この争い合う現状を一刻も早く平定しなければならないと日頃から考えており……」
「……長い」
 伊那が耳の穴をいじりながら呟く。
「はい?」
「真面目かよ、お前さんの話は退屈でしょうがねえ」
「そ、そんな……」
「さっさと本題に入れよ」
「え、えっと……」
「鍋釜、ここは任せるばい」
「浮草……」
「御神楽さま、どうぞ貴女さまのお力をお貸し下さい!」
 浮草が跪いて、頭を恭しく下げる
「……やだ」
「ええっ⁉」
「なんか違うんだよなあ……」
「な、なんか違うって……」
「浮草、代わるでごわす」
「南郷……」
 南郷が跪く。
「御神楽さま、どうぞお力をお貸し下さい……」
「……」
「これはつまらないものですが……」
 南郷がどこからか箱を取り出して、伊那に差し出す。
「……これは?」
「鹿児島名物、サツマイモスイーツの盛り合わせでございます……」
「よし、力を貸してやろう」
「えええっ⁉」
「そ、そんな……」
 鍋釜が驚き、浮草が絶句する。南郷はうんうんと頷く。
「念のため持参しておいて良かったでごわす……」
「なかなか気が利くやつだな、お前さん……ん?」
「ご主人様!」
 形代が慌てて戻ってくる。
「どうした?」
「境内周辺に南蛮鎧を着た兵士が沢山詰めかけております!」
「!」
 鍋釜たちが立ち上がる。鍋釜が形代に尋ねる。
「どこの兵です⁉」
「見たところ、大友部、竜勝寺、高島津の三氏がそれぞれ兵を出しているようです」
「‼」
「ははっ、お前さんたちの動き、見張られていたな」
 伊那が笑う。
「くっ……」
「ちょうどいいや、追い払ってこいよ」
「え⁉」
「いや、え⁉じゃねえって」
「そ、それは……」
 鍋釜が困惑する。伊那が首を傾げる。
「出来ねえのか?」
「しゅ、主家に弓を引くということになります……」
「九州に平穏をもたらすつもりなら、遅かれ早かれこうなっていただろうが」
「む……」
「まさか話し合いでどうにかなるだろうと思っていたのか?」
「……」
「違うよな、そんな悠長なことをしていたら、九州を統一する頃には、他の勢力の支配下になっているってオチだ」
「……!」
「そういう最悪な事態を避ける為にお前らは仕える家の、勢力の垣根を越えて協力してきたんだろう?」
「……そこまでお見通しでしたか……」
「伝説の巫女さんをなめんなよ?」
 伊那がニヤッと笑う。鍋釜が決意を固めて、浮草と南郷に呼びかける。
「お二方! 想定していたものとは大分異なった事態だが……ここで決起しよう!」
「ああ!」
「心得た!」
「御神楽さま! お力を……」
「まずお前らの力を見せてもらってからだ、アタシはスイーツを食べるのに忙しい」
「……我らだけで向かうぞ!」
 鍋釜たちが社殿を飛び出す。
「……出てきたぞ! 裏切り者たちだ!」
「おおっ、結構な数ばい……」
「まずは突破口を開くでごわす……!」
 南郷が前に走り出す!
「来たぞ! 迎えうて!」
「チェスト!」
「!」
 南郷が振り下ろした刀が鎧の兵を一撃で打ち砕く。
「チェストー!」
「ぐあっ!」
「チェスト‼」
「どあっ!」
 南郷が次々と敵兵たちを倒していく。
「愛刀『岩砕(がんさい)』を用いての一撃必殺の豪剣……敵には回したくないたい……」
 鍋釜が舌を巻く。
「くっ、あ、あの女、強すぎます!」
「一対一で挑むな、取り囲め!」
「む!」
 南郷が囲まれる。
「ふはははっ、この包囲網は破れまい!」
「吹き飛ばすだけのこと……!」
「ん⁉」
「はあっ!」
「‼」
 鍋釜が振るった刀が南郷を包囲していた敵兵たちを一斉に吹き飛ばす。
「それっ!」
「うあっ!」
「そらっ!」
「ぬあっ!」
 鍋釜がどんどんと敵兵たちを吹っ飛ばしていく。
「愛刀『風越(ふうえつ)』を用いての広範囲にわたる豪剣……あれを防ぐのは難しいばい……」
 浮草が頭をかく。
「くっ、あの男、手が付けられません!」
「ぐっ……」
「どうしますか⁉ このままでは全滅です!」
「て、撤退だ!」
「りょ、了解!」
「なに?」
 敵兵たちが散り散りになって逃げ始める。南郷が舌打ちする。
「ちっ……反旗を翻したこと、まだ知られたくはないでごわすが……」
「こうもバラバラに逃げられると厄介たい……」
「問題ないばい!」
「むむっ⁉」
「おらあっ!」
「⁉」
 浮草が素早く動き回り、さらに鋭く剣を振り、撤退する敵兵たちを斬り倒していく。
「そらあっ!」
「のあっ!」
「うらあっ!」
「ぎあっ!」
 浮草がばったばったと敵兵たちを斬り倒していく。
「愛刀『雷切(らいきり)』を用いての恐るべき速さによる豪剣……お手合わせは遠慮したいでごわすね」
 南郷が肩をすくめる。
「これで片付いたたいね……」
「そのようでごわすな」
 鍋釜の言葉に南郷が頷く。
「豪剣使いども! 調子に乗るなよ!」
「なにっ⁉」
 境内に砲弾が着弾した、南郷が浮草の顔を見る。
「浮草、これは、大友部家の……」
「ああ、大砲『国崩し』ばい。まさかここまで量産化・軽量化が進んでいたとは……」
「間髪入れず飛んでくる砲弾にはさすがのお前らでも勝ち目はあるまい!」
 敵兵の兵長の勝ち誇ったような声が聞こえてくる。
「く、くそ……」
 鍋釜が悔しそうな顔をする。
「どうした豪剣使いども、ここで終わりか?」
「! 御神楽さま!」
「ここらでアタシの出番ってわけだな?」
 伊那が満面の笑みを浮かべる。
「な、なんだ⁉」
「どうした⁉」
「い、いや、戦場に巫女さんが!」
「巫女だあ~? そりゃ神社の境内にはいるだろう!」
「どうしますか?」
「どうするもこうするもない! まとめて殲滅する!」
「ええっ⁉」
「何を驚く必要がある。反乱分子をかくまう動きも見せた! 証拠は十二分だ!」
「りょ、了解しました!」
「……」
 敵兵たちが国崩しを連続で発射する。そこには伊那の姿もあった。
「御神楽さま! 避けないと!」
「いや、甘い、何らかの術で防ぐんだ!」
「駄目だ、間に合わんでごわす!」
「御神楽さまー! ……⁉」
「おらあああ!」
 鍋釜たちは自分の目を疑った。ついでに常識も。伊那は素手で砲弾を殴り次々と相手に向かって打ち返していく。鍋釜らは驚く。
「し、信じられんたい……」
「な、なんということばい……」
「まず思うことと言えば……」
「「「術は⁉」」」
「え?」
「いや、え?じゃなくて……不可思議な術を期待していたのですが……」
「あれは面倒だからな……」
「面倒?」
「そう、色々と読み上げないといけないからな」
「時間がかかってしょうがないと」
「そういうこと!」
 鍋釜の言葉に伊那が反応しビシっと指を差す。
「相手は混乱状態です……」
「だろうな。だが、神聖な境内を滅茶苦茶に荒らした罰はこんなもんじゃないぜ、徹底的にやってやるからな、覚悟しとけよ」
 伊那はゆっくりと、敵兵たちの下へ歩み寄る。
「御神楽さま! いや、大丈夫か……」
 鍋釜は伊那の戦いぶりを見守る。
「ふふっ……」
「巫女さんが向かってきます!」
「あ、あんな巫女がいてたまるか!」
「で、では巫女らしきもの?」
「ああ、そうだ!」
「ど、どうしますか?」
「砲弾を撃って、撃って、撃ちまくれ!」
「はっ!」
「おらあ!」
「! まだだ!」
「ははっ!」
「うらあ!」
「‼ まだまだ!」
「は、ははっ!」
「そらあ!」
「⁉ ま、まだ……!」
「ほ、砲弾がもう尽きました……」
「な、なんだと⁉」
「ど、どうしましょうか?」
「て、撤退だ!」
 砲撃部隊が撤退を始める。伊那が笑う。
「そうは……いかねえよ!」
「なっ⁉」
 相手は驚く、伊那がすぐそばまで迫ってきたからである。
「み、巫女らしきもの、接近してきます!」
「な、なんだ、この距離を一瞬で詰めた……! ば、化物か⁉」
「随分な言われようだな……」
「ひいっ⁉」
「ひ、怯むな、数では多い! 囲んで捕らえろ!」
 部隊長が刀を抜く。部下たちもそれに従い、伊那を包囲する。
「まだ戦意を完全に失っていないのは大したもんだ……」
「か、かかれ!」
「一気に片付ける!」
「⁉」
 伊那が火を纏った拳を振り回す。その不可思議さと強烈な威力に砲撃部隊は大混乱に陥り、ばったばったと倒されていく。伊那が振り返って鍋釜に問う。
「おーい! こいつら倒したらどうするつもりだ?」
「え?」
「見事に三勢力まとめて敵に回すことになっちまいそうだが……」
「ああ、まずこの近くにある『火京(かきょう)』へ向かいます。ご存知の通りこの九州の州都です。三勢力ともそこを狙っています」
「迫ってくる敵を迎撃か?」
「いえ、火京を抑えたとなれば、味方も増え、敵の離反者も増えます。一石二鳥の策です」
「ほう……」
「もちろん、体勢が整い次第、こちらから打って出ます!」
「おっ!」
「守るより、攻める方が御神楽さまの性に合うようなので」
「分かってんじゃねえか、お前ら気に入ったぜ!」
「!」
 伊那はそこからほとんど一瞬で残存の敵部隊を沈黙させた。伊那は鍋釜に声をかける。
「よっしゃ、行こうか、火京へ」 
――これはあり得るかもしれない未来の日本の話――
 日本は十の道州と二つの特別区に別れた。
 十の道州の内の一つ、九州は戦国時代にタイムスリップしたかのような状態になり、高島津、大友部、竜勝寺の三氏が鼎立する『九州三国志』の様相を呈していた。
 終わりの見えない争いに疲弊した民衆の声を聴いた有力家臣たちの子は争いを集結に導ける可能性を秘めた巫女を探し求め、ついに見つけた。
 あるいは、古代の大国が女の王を立てたことにより、平和を取り戻したという言い伝えを信じたのか、それを踏襲しようとしたのか。いずれにせよ彼らは女王の代わりに不思議な存在感を持つ巫女を求めた。
 そんな彼らの思惑はまんまと外れてしまった。いや、外れた方が良かったのかもしれない。
 齢不詳な少女は不可思議な術を使う。
 形代に息を吹き込んで意思を持った人形のように扱える。
 ただ、戦いにおいてはそのような術はまず使わない。
 神秘性と暴力性の天秤は後者に傾いた。彼女にとってはそれこそ望むところだった。
武闘派巫女(ぶとうはみこ)
 御神楽伊那(みかぐらいな)
 かつて火の国と呼ばれた土地から立ち上がる。
 最後に笑うのは誰だ。


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