見出し画像

『三流声優の俺、特殊スキル【演技】で異世界の英雄になってみた』第1話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】

あらすじ
 声優専門学校でかつて、『七色の美声』と称賛された栄光優は、声優デビュー後伸び悩み、バイトに明け暮れる日々を送っていた……。
 ある日、彼のバイトするホテルでヒットアニメの打ち上げパーティーが盛大に行われていた。壇上で脚光を浴びる同期の女性声優、神桃田桜の姿を見て、優の心は激しい嫉妬に駆られる。
 そんな中、ホテルに落雷のようなものが発生する。優が目を開けると、周囲にはモンスターの姿があった。彼に与えられたスキル【演技】。優は大いに戸惑う。
 これは異世界で三流の声優が英雄を演じる、ちょっと変わった英雄譚である。

本編
アバンタイトル
「え~本日は『デーモンファミリーリベンジ』の打ち上げパーティーにご参加頂き……」
 高級ホテルの一番広いホールで、スーツを着たおっさんが挨拶をしている。華やかな雰囲気が漂う。ホテルのスタッフ制服を着た俺、栄光優(えいこうすぐる)は、顔こそにこにこ笑っているが、心中は決して穏やかではない。何故か? 本来ならもてなす側ではなく、俺もこの盛大なパーティーに参加しているはずだったからだ。主演声優の一人として!
 心の中で人生を振り返ってみる。ガキの頃は体調が悪く、病院か家のベッドで過ごす時間が多かった。そんな俺にとって何よりの楽しみが、テレビやタブレットでのアニメ鑑賞だった。アニメが夢の世界へと誘ってくれた。ある時ふと、『キャスト』の欄に目が留まった。人名が書いてある。母親に尋ねると、それは『声優さん』だと教えてくれた。俺は驚いた。キャラクター自身が喋っていると思っていたからである。キャラクターを演じているという発想が無かった。それから注意して色々なアニメのスタッフロールを見てみると、さらに驚いた。あるバトル作品の熱血主人公と、ファンタジー作品のクールなライバルキャラ、さらにギャグコメディー作品のキャラを同じ声優さんが演じているということに気付いたからだ。よく聞いてみると、確かに同じ声質だが、初見(初聴き?)ではまず気付かない。声優の演技力の幅広さにショックを受けると同時に大きな感動を覚えた。
 体調も良くなり、小学校へ通うようになった俺にとって印象的な出來事があった、国語の時間、先生が俺の朗読を褒めてくれたのだ。先生は俺の読み方を参考にするようにとクラスメイトたちに告げた。それから、そのクラスの朗読担当は俺になった。俺は幼少時のアニメを思い出すように、様々な登場人物を――当時の自分なりに――演じ分けてみせた。時にはコミカルに、時にはシリアスに。みんな俺の朗読を楽しみにしてくれるようになった。勉強も出来ない、運動神経も大して良くはない、ルックスも――まあ、贔屓目に見て、中の上くらいだと思うが――とにかく、自らを平凡に近い人間だと自覚していた俺にとっては一つのターニングポイントだった。
 中学では放送部に入り、活舌と発声を徹底的に鍛えた。高校では演劇サークルを立ち上げ――演劇部もあったが、それはまあいい――演技力、表現力、度胸をこれでもかと鍛え上げた。空いた時間でバイトをしては、映画や舞台なども積極的に鑑賞した。もちろん、話題のアニメは欠かさずチェックした。全ては……そう、一流の声優になるためである。
 高校卒業後、俺はアニメ系の専門学校に入学。当然声優コースを受講。学校では講師に積極的に質問し、課題にも精力的に取り組んだ。遊びの誘いは全て断った。「付き合い悪い」、「意識高い系?w」などと言われても、気にしなかった。俺はそんな奴ら――なんとなく暇つぶしに学校入った類の連中――とは一切絡まなかった。結果はすぐに出た。入学して、わずか三か月でアニメデビュー。業界との繋がりが深い学校で、オーディションなどのチャンスが多いとはいえ、異例の速さだった。俺は自信を深め、周囲も俺に一目置くようになった。それからもちょくちょく仕事が入った――頻繁にではなかったが――プロの現場を経験した俺は、自分で言うのもなんだが、飛躍的に成長を遂げた。演技力の幅は日に日に広がっていき、辛口で知られる講師から『七色の美声』の持ち主だと賞賛された。
 その後、俺は業界最大手の声優プロダクションの養成所に入った。プロダクションにもよると思うが、大体、養成所で2年ほど学び、そこでの成果によってそのプロダクションへの所属が認められる。俺の場合は2年もいらなかった。半年で事務所所属となり、本格的にプロ声優としての道を歩き始めた。
 傍から見れば、順調な人生を歩む俺に対し、周囲は羨んできた。「恵まれている」、「ラッキーなやつだ」などと……。しかし、それは間違いだ、俺は夢を実現させるために努力を怠らなかった。そういう者にこそ、夢への扉は開かれるし、スタートラインに立つ資格が与えられるものだと考えている……今でも自分の歩みは間違っていなかったと自信を持って言える。だが……。
「……それでは出演声優の皆さんに壇上へ上がってもらいましょう」
 着飾った男女数人がスポットライトを浴びながら、壇上へ上がる。俺はそれを見つめている、『部外者』として。どうしてこうなった? あの壇上には俺も上がっているはずではなかったのか? 俺の心がかきむしられる。嫉妬という醜い感情によって。
「今回、この作品に携われることが出来たのは本当に幸運で……」
 主演を務めた男性声優がそのように話す。そう、運という要素もあっただろう。ただでさえ競争率が激しい業界だ。抜け出すには運も必要だとは思う。しかし、あの男と俺を分けた要因を運の一言で片づけたくはない。あの男、俺より多少年上だが、ほぼ同世代だ。若手が結果を出していることに焦る。さらに俺を焦らせるのが……。
「えっと、こ、こんばんは、神桃田桜(みももたさくら)です……」
 丸顔で愛嬌のある小柄な女性声優が挨拶をする。そう、彼女だ。俺とは幼なじみ――とはいっても、そこまで積極的な交流があったわけではないが――幼稚園から声優養成所まで、そこまで被るかという具合に同じ経歴を歩んできた。そんな彼女が今、華やかなスポットライトを浴びている。スタートラインに立つのは俺より遅れたが、あっという間にブレイクし、人気声優の仲間入りを果たした。性別が違うとはいえ、俺の嫉妬心を刺激するには十分な存在だ。俺は何をしているんだと思った。
「お~い、えいこう~」
 間の抜けた声が聞こえてくる。栄光のアクセントを訂正してやろうと思ったが止めた。
「なんですか? 迫田さん」
「なんかよ~男子トイレの電気の接触がおかしいんだってよ~お前、見てきて」
「え? 俺はホールスタッフなんですが……」
「あ? お前バイトだろう? 俺は社員様。言うこと聞けよ」
「……分かりました」
 “雑魚た”先輩と付け足そうと思ったが、思いとどまった。ここで揉めてもしょうがない。
「……電球が切れていたので取り替えました」
 俺はマイクで上司に報告する。ホールに戻るのも億劫になったので、少し休憩を取ることにして、俺は壁に寄りかかり目を閉じる。
「あれ? 優くん?」
「⁉」
 俺は目を開けて驚いた、そこには神桃田桜の姿があったからだ。桜はにっこりと笑う。
「やっぱり優くんだ」
「お、おう……」
「何をしているの?」
「バイト中だ」
「ああ……」
 桜に何か言われるのが怖くなった俺は、早口でまくしたてる。
「さすがは大ヒットアニメ。豪華なパーティーだ。俺もオーディションを受けていれば、今頃は壇上に上がっていたんだけどな。体調不良でオーディションを受けられなかった」
 見え見えの嘘だ。しかし、桜は……
「へ~そうなんだ」
 信じた。ちょっとチョロ過ぎないか? 生き馬の目を抜くようなこの業界でやっていけるのか心配になる。だが、今の彼女は綺麗なドレスを着こなしている。立場が人を作るというが、今や立派な人気声優だ。俺は呟く。
「しかし、桜……お前、専門学校でも養成所でも下から数えた方が早かったのに……相当努力したんだな」
「努力? う~ん、名前が『みももた』だからね。それで鍛えられたかな?」
 自己紹介で活舌の練習⁉ 天才か?
「ヒロインがいなかったらマズいだろ、早く戻れよ」
「あ、うん。えっとさ、優くん……」
「ん? ⁉」
「きゃっ⁉」
 その時、轟音とともに会場が大きく揺れ、建物の中が真っ暗になる。
「う、うん……なに⁉」
 俺が目を見開くと、そこはホテルの中ではなく、だだっ広い原っぱが広がっていた。
「こ、ここは……⁉ な、なんだ⁉」
 そこに大きいトカゲのようなものが数体現れる。
モンスターだっぺ!」
「モ、モンスター⁉」
 どこからか聞こえてきた声に俺は驚く。


「こ、これは……夢?」
 俺は自分の頬を思い切りつねる。我ながらベタなことをやっている。うん、痛い……ということは、これは夢ではない?
「何をやっとるっぺ⁉」
 よく分からない声が聞こえてくる。
「どこだ?」
 俺は周囲をキョロキョロと見回す。
「よそ見している場合じゃないっぺ!」
「シャー!」
「う、うわっ!」
 トカゲのようなものが威嚇してきた。俺は間抜けにも尻餅をついてしまう。
「何をやっているっぺ! お前さん、転移者だっぺ⁉」
「て、転移者?」
「転移者なら戦うっぺ!」
「だ、誰と……?」
「そのモンスターとだっぺ!」
「?」
 まだ事態が飲み込めていない。
「シャー! シャー!」
「うおっ!」
 トカゲのようなものがさらに威嚇してくる。俺は尻餅をついたまま後ずさりする。
「あ~もう! なんて情けない姿だっぺ!」
「う、うるさいな!」
 俺はやかましい声に反発する。情けないのは自分がよく分かっている。しかし、これは本当にどういう状況だ……?
「……」
 トカゲのようなものたちが徐々に近づいてくる。俺を恐れるほどではないと認識したのかもしれない。癪に障るが、事実なのだから仕方ない。
「くっ……」
「とにかく早く立ち上がるっぺ!」
「分かっている!」
 俺は立ち上がる。
「!」
 トカゲのようなものたちがビクッとする。しまった、余計な刺激を与えてしまったか? もっとゆっくりと立ち上がるべきであったかもしれない。だが、このわけのわからない状況で冷静な判断を下すなど無理だ。
「むう……」
「シャー……」
「……」
「…………」
 俺とトカゲのようなものたちが一定の距離を保ちながら、睨み合う。今更気付いたが、俺は制服のままだ。ホテルスタッフ(アルバイト)がモンスター?と睨み合う……シュールな光景だ。
「………」
「………」
 沈黙が続く。その静寂を破る大声が響く。
「あ~もう! 何をやっているんだっぺ⁉」
「⁉」
「‼」
 大声に反応し、トカゲのようなものたちが激しく動き出す。俺も堪らず叫ぶ。
「だ、誰だか知らんが、空気を読め! いたずらに刺激を与えるな!」
「見てられないんだっぺ!」
「どこで見ている⁉」
 俺は再びキョロキョロする。
「キョロキョロするなっぺ! まさか素人だっぺか?」
「し、素人呼ばわりするな!」
「いや、そのへっぴり腰……間違いなく戦闘の素人だっぺ!」
「そ、それはまあな……」
 俺は頷く。戦闘のプロなんてそうそういないだろう。ましてやモンスター相手なんて。
「あ~歯がゆいっぺ!」
「なら助けろ! こっちは正直パニック状態なんだ! 手助けをしろ!」
「……ひょっとして、転移して間もないっぺか?」
「転移というのがまだいまいちどういうことか分からないが……目を開けたらここにいたんだ!」
「なんと! 転移の瞬間にモンスターとエンカウントしたっぺか⁉ 運がとことん悪いのか、ある意味強運というべきなのだっぺか……」
「何をぶつぶつと言っている!」
「仕方がない! ここは助けてやるっぺ!」
「ん⁉」
 俺の肩に何かが乗った。
「最初なら勝手が分からないっぺね……指南してやるっぺ」
「バ、バケモノ⁉」
「だ、誰がバケモノだっぺ⁉」
「お、お前だ!」
 俺は自分の左肩に乗った物体?に向かって叫ぶ。犬や猫やウサギやらが混ざったような一応かわいらしい顔をしているが、三頭身なのである。体には羽が生えているし。しかも人の言葉を話すときた。見た目で判断するのは悪いが、俺がそう感じたのも無理はないと思う。
「失礼な奴だっぺねえ……妖精に向かって」
「妖怪?」
「妖精!」
「どっちでもいい!」
「良くはないっぺ!」
「指南をしろ!」
 俺は自称妖精に呼びかける。
「命令口調が気に入らないっぺねえ……」
「そんなことを言っている場合か! 早く!」
「急かすなっぺ!」
「どちらかと言えば、お前が急かしたんだろうが、妖怪!」
「妖精だっぺ!」
「ややこしいな!」
「ややこしいことはないっぺ!」
「名前とかないのか?」
「この世界のものは……オラのことをティッぺと呼ぶっぺ」
「ティッぺ?」
「ああ、皆から崇め奉られている大変ありがたい存在だっぺ」
 バケモノ、もとい、ティッぺが胸を張る。
「ふむ……」
「お前さんもそれに倣ってもいいんだっぺよ」
「いや、絶対にお断りだ……」
「冗談だっぺ! マジなトーンで言うなっぺ!」
 ティッペが声を上げる。ん? この世界?
「ちょっと待て……」
「ん?」
「この世界……転移者……」
「どうかしたっぺか?」
 俺は今更ながらハッとする。
「ひょっとして……俺は異世界にやってきてしまったのか⁉
「気付くのが大分遅いっぺねえ……」
 ティッペが呆れ気味な視線を向けてくる。
「な、何故だ⁉」
「さあ?」
「さあ?って、妖精なら知っているんじゃないか⁉」
「妖精だからと言って、全知全能ってわけではないっぺ……」
「役立たずだな!」
「んなっ⁉ 言うに事欠いてこのガキャ……」
「見当もつかないのか⁉」
「……大方、なんらかの衝撃を受けて、この世界に来てしまったんじゃないっぺか?」
「……はっ!」
 俺はホテルに落雷のようなものが起こったことを思い出す。ティッペが笑う。
「へえ、心当たりあるっぺか……適当でも言ってみるものだっぺねえ……」
「まさか、異世界転移してしまうなんて……そんなの小説や漫画やアニメでの出来事だと思っていたのに……」
「ショックを受けているところ、大変申し訳ないんだっぺが……」
 頭を抱える俺にティッペが話しかけてくる。俺はイライラしながら応える。
「なんだ⁉」
「この状況をどうにかしないといけないっぺ」
「え? ああっ⁉」
 気が付くと、トカゲのようなものたちが俺たちを取り囲んでいた。
「完全に包囲されているっぺねえ……まあ、問題はないっぺ」
「いや、問題しかないだろう!」
「少し落ち着くっぺ」
「これが落ち着いていられるか!」
「手はあるっぺ」
「ど、どんな手だ⁉」
「……戦って倒す!」
「あ~なるほど……ってなるか! 俺は戦えないぞ!」
「転移者なら間違いないっぺ」
「なんだ、その転移者への信頼は!」
「転移者は『スキル』を所持しているっぺ」
「スキル?」
 首を傾げる俺にティッペが説明する。
「そう、ほとんどが戦闘向きのスキルなんだっぺ。よって、この世界では転移者は重宝されるんだっぺ。悪い方向に転がってしまうこともあるっぺが……」
「ん?」
「ああ、今はいいっぺ。早速スキルを発動して、サクサクッと、こんな雑魚は片付けてしまうっぺ」
「い、いや、そうは言うが……スキルはどうやって発動するんだ⁉」
「なんとなくノリで……」
「ノリで出せるものじゃないだろう!」
「冗談だっぺ」
「こんな時に冗談はやめろ!」
 俺は堪らず叫ぶ。ティッペが急に真面目な声色になる。
「まず、己のスキルを把握する必要があるっぺ……」
「ど、どうやって⁉」
「落ち着くっぺ、それはオラたち、妖精の役目だっぺ……」
「そ、そうか……」
 ティッペが羽をパタパタとさせて俺の顔の正面にくる。
「じっとしているっぺ……」
「あ、ああ……」
スキル把握開始……結果が出たっぺ」
「ど、どんなスキルだ⁉」
「えっと……【演技】?」
「はあっ⁉」
 戦闘とは明らかに関係なさそうなスキルの名前が出てきて、俺は驚く。
「こ、これは……」
 ティッペも困惑している。俺は尋ねる。
「演技ってなんだ⁉ それでどうやって戦う⁉」
「そんなのこっちが聞きたいっぺ!」
「シャー!」
「はっ!」
 トカゲのようなものたちの一匹が飛びかかってきたが、俺はなんとかそれをかわす。ティッペが感心しながら、俺の左肩に再び乗る。
「ほう……よくかわしたっぺ」
「感心している場合か! どうすれば良い⁉」
「こうなったらこれしかないっぺねえ……」
「え?」
「その拳で!」
「おおっ!」
「その脚で!」
「うむっ!」
「殴ったり蹴ったりするっぺ!」
「いや、出来るか! ケンカもまともにしたことがないのに!」
「困ったっぺねえ……もう打つ手は無いっぺ……」
「とんだ指南役だな!」
「いやあ……」
「褒めてないぞ、全然!」
 俺は何故か照れくさそうにするティッペに声を荒げる。
「シャー! シャー!」
「くっ!」
 トカゲのようなものたちが今度は二匹同時に飛びかかってきたが、俺はこれもなんとか左右に飛んでかわす。
「やるっぺねえ!」
「俺もそう思う!」
「しかし、このままでは防戦一方だっぺ!」
「そうだな、逃げるか⁉」
「囲まれていることを忘れているっぺ!」
「ちっ、そうだったか……」
 俺は後方で隙を伺っているトカゲのようなものに目をやって舌打ちする。
「仮にこの包囲網を突破しても、すぐに追いつかれるっぺ!」
「それはそうだな……」
「さて、どうするっぺねえ……」
「考えている暇はないぞ!」
「考える必要はあるっぺ!」
「是非とも有効な解決策を提示して欲しいものだ!」
「う~ん……」
「……」
 トカゲのようなものたちがゆっくりと俺の周囲を回り出す。
「おいおい、いよいよヤバいぞ?」
「う~む……」
 ティッペはなおも考えている。俺は不安そうに尋ねる。
「だ、大丈夫か……?」
「演技……」
「おい!」
「うるさいっぺ!」
「うるさくもなる! 異世界に転移させられて、わけもわからないまま、トカゲのようなもののエサになりそうなんだぞ!」
「もう少し待つっぺ!」
「もう少しって……」
 俺は片手で側頭部を抑える。ティッペが声を上げる。
「……分かった、これだっぺ!」
「本当か⁉」
「……多分!」
「冗談を言っている場合じゃないんだよ!」
「まあ、待つっぺ! それ!」
「⁉」
 ティッペが前足を振ると、一枚の紙が現れる。
「これを見るっぺ!」
「こ、これは……絵?」
「そう、かつてこの世界の危機を救った伝説の『虹の英雄たち』の一人、『赤髪の勇者』を描いた絵だっぺ!」
「そ、そうか……」
「さあ!」
「い、いや、さあ!じゃない! これを見せられてどうすれば良い⁉」
「……おそらくスキル【演技】とは、その者になりきることが出来るスキル!」
「!」
「だから、お前さんがそのスキルを発動させれば、この勇者になれるっぺ!」
「ほ、本当か⁉」
「多分!」
「不確定なのかよ!」
「演技というスキルなんて見たことも聞いたこともないっぺ……ただ、戦闘に用いられるとすれば、こういう方法しか思いつかないっぺ……」
 ティッペが淡々と語る。
「……!」
 トカゲのようなものたちが動き出そうとする。
「ただ、お前さん、えっと……」
「優だ」
「スグル、お前さんに果たして演技の素養があるのか……それが問題だっぺ……」
「はははっ!」
「! な、なんだっぺ、急に笑い出して……」
「素養も何も……得意分野だ!」
「⁉」
「『七色の美声』の持ち主だぞ?」
「な、七色⁉」
「この者を演じれば良いんだろう! 容易いことだ!」
「おおっ、頼もしい!」
「どうすればそのスキルは発動するんだ?」
「ま、まあ、とりあえず強く念じてみるっぺ!」
「分かった!」
「‼」
 次の瞬間、俺の姿が変わった。槍を持った、いささかみすぼらしい恰好の男に……。
「こ、これが勇者……?」
「い、いや、それは、その絵に描かれている平民兵だっぺ! 勇者は隣の赤毛の方! こう言っちゃ悪いが、その男は歴史上に見ても完全なモブキャラだっぺ! なんでそんな初歩的なミスを……」
 ティッペが頭を抱える。俺は釈明する。
「い、いや、普通は絵の中央にいる者が勇者だと思うだろう! なんで端っこにいるんだ⁉」
謙虚な人柄で知られていたらしいっぺ」
「だからって、絵まで遠慮することはないだろう!」
「正しい性格を後世に語り継ぐ必要があるっぺからねえ……」
「せめて肖像画とかを持ってこい! 紛らわしい!」
「シャイな人だったらしいから、そういうのは残ってないらしいっぺ……」
「世界の危機を救ったんなら、もうちょっと自信を持ってくれ、勇者!」
 俺は絵に向かって叫ぶという空しい行動をとる。
「ま、まあ、武器もあるし、多少はマシだっぺ!」
「いや、勇者になれば良いだろう! コツは掴んだ! イメージして……ん⁉」
「恐らく……一度その者になってしまったら、一定以上の時間が経過しないと、元には戻れないんではないんだっぺか……」
「そ、そんなことあるか⁉」
「スキルは便利な反面、なんらかの制約がかかっているケースが多いっぺ……」
「ということは……」
「その恰好で戦うしかないっぺねえ……」
「マジかよ!」
 俺は愕然とする。異世界転移してまで掴んだ役がモブキャラかよ。
「! 連中がそろそろ仕掛けてくるっぺ!」
「ちっ、こうなったらこれでやるしかないか!」
「繰り返しになるが、槍もあるから、モブキャラでもそれなりに戦えるはずだっぺ!」
「分かったぜ!」
「! 見事なモブ声だっぺ……」
「モブ声って言うな!」
「そのモブ顔と言い、完全にモブキャラになりきっているっぺねえ……」
「感心するな!」
「シャー!」
「くっ!」
「ギャッ⁉」
「シャー‼」
「えい!」
「ウギャッ⁉」
「……シャー!」 
「シャシャー!」
「そらっ! そらっ!」
「グギャ!」
「ブギャ!」
 俺は槍を器用に扱い、飛びかかってくるトカゲのようなものたちを次々と退けていく。
「おおっ! 思ったよりやるっぺねえ! モブオ!」
「適当な名前を付けるな!」
「まだ残っているっぺ!」
「分かっている!」
 俺は槍をどんどんと突き立てていく。俺たちを取り囲んでいたトカゲのようなものたちはすっかり動かなくなった。
「おおっ、やったっぺ!」
「ふん、ざっとこんなもんだ……」
 俺は髪をかき上げる。
「モブ声で言ってもいまいち決まらないっぺ」
「う、うるさい!」
「ん?」
「どうした?」
「いや、まだモンスターの気配が……」
「なんだと⁉ ‼」
 いつの間にか、トカゲのようなものたちを一回り大きくしたようなトカゲのようなものが姿を現す。ティッペが叫ぶ。
「お、親玉の出現だっぺ!」
「くっ、デカいな……」
「…………」
「あの目つき、子分たちがやられて相当怒っているっぺ!」
「それくらいは分かる!」
「ここは撤退するっぺ!」
「いや、逃げても追いつかれるだろう!」
「それはそうだっぺが……そのモブオの姿ではあまりにも荷が重い相手だっぺ……」
「ティッペ、ひとつ良いことを教えてやる……」
「ん?」
世の中なんて大半がモブだ! でも、モブがいなきゃ物語は成立しないんだよ!
「……‼」
「うおおっ!」
 俺は大きいトカゲのようなものに向かっていく。
「ジャー!」
「行くぞ! って⁉ どわあっ⁉」
 俺は槍を突き立てようと振りかぶったが、足元にあった石につまづき、転んでしまう。
「ゲギャア!」
「え?」
 俺は顔を上げると、俺の手から離れた槍が大きいトカゲのようなものの喉を貫いていた。大きいトカゲのようなものは少し苦しんだ後、動かなくなる。
「まさか近距離で投擲とは……その発想はなかったっぺ……」
「あ、ああ、まあ、狙い通りだ」
 俺はとりあえず取り繕う。単にコケただけとは言えない。
「しかし、モブオの姿でもこれだけ戦えるということは、勇者になればどれほどの……モブオ」
「スグルだ」
「ああ、これは失敬……頼みがあるっぺ」
「頼み?」
「さっきもちょっと言いかけたっぺが……実は何人かの転移者がスキルを悪用してこの世界を支配しようとしているっぺ……」
「! なんだと?」
「その演技という珍しいスキルならきっと奴らにも対抗できるはずだっぺ!」
「い、いや、悪いが一刻も早く元の世界に戻りたいのだが……」
「それはなかなか難しいっぺ」
「えっ⁉」
「方法は探してみるっぺ、だがその前にこの世界を救って欲しいっぺ」
「簡単に言うな……待てよ?」
 俺は最悪の事態を想定した。転移者が結構いるということは、あの時の落雷の衝撃で転移したのは俺だけではないんじゃないか? もしかしたら、桜もこの世界に……。
「どうかしたっぺか?」
「い、いや、なんでもない……」
「スグル……この世界の新たな英雄になってくれないっぺか⁉」
「‼」
 三流声優だった俺が英雄にならないかだって? まずありえないオファーじゃないか。
「ど、どうだっぺか?」
「面白い、英雄役、全身全霊を賭けて演じてみせよう!
 俺は高らかに宣言する。モブ顔で。


この記事が参加している募集

スキしてみて

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?