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『お嬢様はゴールキーパー!』第2話 【創作大賞2024・漫画原作部門応募作】


「はい、右!」
「はっ!」
「今度は左!」
「ふっ!」
「もう一回右!」
「ほっ!」
「……ちょっと休憩しようか?」
「はい……」
「なかなか良い調子だね、溝ノ口さん」
 最愛は、円が左右交互に投げるボールをキャッチしては返し、キャッチしては返すという反復練習を行っている。
「いえ、それよりも登戸さん……」
「ボクのことは円で良いって」
「ま、円さん……申し訳ありません」
「え? 何が?」
「わたくしの練習にこうして付き合わせてしまって……」
「いやいや、溝ノ口さんが上達することが、ボクらのチームの戦力アップにもつながるわけだし、全然気にすることはないよ」
 円が手を左右に振る。
「そうですか?」
「うん、そうだよ」
「しかし、こう言ってはなんなのですが……少し単調過ぎはしませんでしょうか?」
「そうかな?」
「ええ、この間のようにもっとボールを強く蹴ってもらうとか……」
「それももちろん大事だけど、今は感覚を養うことも重要だから……」
「感覚を養う?」
「うん、キャッチングのね。基礎を固めると言った方が良いかな」
「基礎を固める……それは確かに重要ですね」
 最愛は自らの両手を見つめる。円が笑顔を見せる。
「ね?」
「では、後千回ほどお願いしますわ
「い、いや、ちょっと、それは大変かな……」
 最愛の言葉に円が苦笑を浮かべる。
「オレが先に着いた!」
「アタシが先よ!」
 真珠と雛子が言い合いをしながらコートに入ってくる。
「オレがロッカーで着替えているとき、居なかったじゃねえか!」
「お手洗いに行ってたのよ!」
「嘘つけ!」
「なにが嘘なのよ!」
「尿意が!」
「尿意が⁉」
 真珠の言葉に雛子が面喰らう。
「ふん、返す言葉も無えようだな……」
「ア、アホ過ぎて返す言葉も無いのよ……!」
「どうでも良いけど二人ともかなりの遅刻だよ……」
 円が冷ややかな視線を二人に向ける。
「うっ……」
「む……」
「二人ともコート十周!と言いたいとこだけど、良かったね、ヴィオラが居なくて」
「あん? そういえば居ねえな」
 真珠がコートを見回す。
「どうかしたの?」
「ちょっと用事があって遅れるってさ」
「ふ~ん……」
 円の返事を聞いて雛子は腕を組む。
「……というわけで、ウォーミングアップが済んだら、あらためて集合しよう」
「ああ……」
 円の言葉に応じ、真珠と雛子がウォーミングアップを始める。
「どうせアンタ、アップする相手も居ないんでしょ、アタシが一緒にやってあげるわ」
「ああん?」
「なによ……」
 真珠と雛子が睨み合う。
「……やるからには負けねえぞ?」
「ウォーミングアップの勝ち負けってなによ!」
「あのお二人……」
「ああ、ケンカするほどなんとやらってやつだよ……」
 真珠たちのことを気にする最愛に対し、円が苦笑する。
「切磋琢磨する間柄……羨ましいですわね」
 最愛が深々と頷く。
「う、羨ましい⁉ そ、そうきたか……」
「……アップ終わったわ」
 雛子が声をかけてくる。
「ああ、それじゃあ……」
「ちょっと待て、なんで円が仕切っているんだよ?」
 真珠が顔をしかめる。
「え? ヴィオラが居ないんだから、サブリーダーのボクが仕切るしかないじゃん」
「いつ決まったんだよ、そんなもん」
「そうよ、副キャプテンはアタシでしょ?」
「待てや、ツンツン、お前も何を勝手なことを言っていやがる」
「は?」
「は?じゃねえよ、ここはオレが仕切るのが妥当だろ」
「一匹狼を気取っているようなアホにトップを任せられないわよ」
「ちょっと待て、誰がロンリーウルフだ」
「誰も英語で言ってないわよ!」
「あ~もう、とりあえず今はボクの言うことに従ってよ」
「嫌だね」
「嫌だわ」
 真珠と雛子の声がシンクロする。円が声を上げる。
なんでそういう時だけ息が合うのさ!
「あの……」
「とにかくアタシよ!」
「オレだっつの!」
「だからボク!」
「あの!」
「!」
 最愛が出した大きな声に三人が黙る。最愛が笑みを浮かべながら提案する、
「それぞれシュートを打って、決めた人が臨時の代表というのはいかがでしょうか?」
「ほう……面白そうじゃねえか……」
「良いわ、それで決めましょう」
 それから数分後……。三人のシュートをことごとく跳ね返す最愛の姿があった。
「き、決まらない……溝ノ口さん、やっぱりセンスあるな……」
「さあ、どんどん打ってきてください!」
 最愛が笑顔で両手をポンポンと叩く。
それでこそですわ、我が宿敵!
「⁉」
 皆が視線を向けると、赤みがかったロングヘアーで小柄な女子がコートに入ってくる。
「ふふふ……」
「誰だ?」
 真珠が目を細める。
「まさか、フットサルを始められているとは……」
「か、語り出した!」
 円が戸惑う。
「学園中、どこも探してもいない、登下校のルートを張っていてもいない、ご自宅をアポなしで訪問してもいない……ないない尽くしでまったく途方に暮れていましたわ……」
「さりげなくヤバいこと言っているわね……」
 雛子が顔をしかめる。
「そんな中、フットサルチームに入ったという噂を耳にしましたわ。初めは何かの冗談かと思ったのですが……本当にいらっしゃいましたわね」
「……」
「ふふっ、驚きのあまり声も出ませんか……」
「……どちら様ですか?」
「なっ⁉」
 ロングヘアーの女子が愕然とする。
「なんだよ、知り合いじゃねえのか?」
「ええ、そうだと思いますが……」
 真珠の問いに最愛が首を傾げる。
「すみません、練習中ですので……」
「どうぞお帰り下さい」
 円と雛子が女子に伝える。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 溝ノ口最愛さん、まさか忘れたのですか⁉」
「なぜわたくしの名前を……」
「それは当然、ワタクシは貴女の宿敵であり、ライバルだからです!」
 女子が最愛をビシっと指差す。
「同じような意味じゃねえか」
 真珠がボソッと呟く。
「なんだ、宿敵いたんじゃん」
「どうやらそのようですわね……」
 円の言葉に最愛は若干戸惑いながら頷く。
「自覚していないってどういうことなのよ……本当にライバル?」
 雛子が呆れ気味の視線を女子に向ける。
「ほ、本当ですわ!」
「な~んか疑わしいわね……」
「怪しいな……」
 雛子と真珠が揃って腕を組む。円が尋ねる。
「なにかライバルだと証明出来るものはありますか?」
「え? 最愛さんとは同じ学園ですわ、ほら、学生証!」
 女子が制服の内ポケットから学生証を取り出して見せる。
「ふむ……そういえば、制服も同じ……」
「待て、円、学生証を偽造した可能性もあるぜ」
「そんな面倒なことは致しませんわ!」
「その制服もコスプレの可能性が……」
「そんなことも致しません!」
「う~ん……」
「やっぱり怪しいわね……」
 真珠と雛子がまじまじと女子を見つめる。
「あ、貴女がた、初対面だというのに随分と失礼ですわね……と、というか、最愛さんからもなにかおっしゃって下さいな」
 最愛が戸惑いながらも口を開く。
「ええっと、付属の初等部の子でしょうか……?」
「確かに小柄ですけど、そこまで小さくありませんわ!」
「中等部一年生の……」
「違いますわ!」
「二年生の……」
「違います!」
「三年生の……」
何故中等部で細かく刻んでくるのですか⁉ ワタクシはれっきとした高等部ですわ!」
「ええっ⁉」
 最愛が後方に軽くのけ反る。
「そ、そんなに驚くことかしら⁉」
「こ、後輩の方?」
「だから違います! 年下から離れて!」
「ああ、先輩でしたか、これは失礼しましたわ」
「同級生です!」
「えっと、留年なされた……」
「留年などしていません! 何故に同い年だということを頑なに認めませんの⁉」
「同い年……」
 最愛が顎に手を当てる。
「そうですわ」
「端のクラスの……」
「違います‼」
「隣のクラスの……」
「だから違います‼」
「それとは反対側の隣のクラスの……」
「違います‼ 同じクラスですわ‼」
「え、同じクラス……?」
「何故それを忘れることが出来るのですか⁉」
「前の方の席に座っていらっしゃる……?」
「いいえ!」
「ならば、後ろの方の席……?」
「いいえ‼」
「どこの席の方?」
貴女の隣ですわ!
「ええっ⁉」
「こちらがええっ⁉ですわよ! ほぼ毎日顔を合わせてどうして忘れられるのですか⁉」
「う~む……」
 最愛が女子の頭を見つめる。女子がハッとなる。
「! まさかと思いますが……これでどうかしら⁉」
 女子がロングヘアーをツインテールにする。最愛が両手をポンと叩く。
「ああ、誰かと思ったら、鷺沼魅蘭(さぎぬまみらん)さん!」
「やっとお分かりに⁉」
「雰囲気が違うから分かりませんでしたわ」
「もしかして……今までワタクシのことをツインテールで認識していたのですか……?
「まあ、そうですね」
 最愛が頷く。
「~~! な、なんということ! この屈辱は今度晴らしてみせますわ!」
 魅蘭が最愛を再びビシっと指差して、その場を去る。ヴィオラとすれ違いになる。
「あら、あの子は確か……」
「ヴィオラ、知っているの?」
「ええ、今度の試合の相手チーム所属の子です。挨拶に来たのかしら?」
「えっ⁉」
 円たちがヴィオラの言葉に驚く。
「試合……」
 最愛が笑みを浮かべる。


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