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ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(12)

「迫害と言っても虐待をされていた訳ではありません」
 そう言ってアケは着物の袖を捲る。
 現れたのは傷ひとつない色白の白くて細い、綺麗な腕だ。
「お父上様もお母上様も国の民たちも私に暴力を振るうことはありませんでした……大きくなってからもその……性的なことをされることもありませんでした」
 そう告げるアケの声は弱々しい。
 ひょっとしてされなかっただけでそれに近しいことはあったのではないか……?
 ウグイスは、そっとアケの肩を抱いた。
 アケは、きゅっと唇を萎めながらも話しを続ける。
「きっと私に手を出すことで封印が解けてしまうのではないかと恐れたのでしょう。手を出さない代わりに私を国から離れた小さな屋敷に監禁しました」
 それはアケが生まれる何十年も前に没落した家族の屋敷であった。鬱蒼とした森に食われるように建てられ、手直しもされていないから雨漏りもし、床は腐り、湿気も強く、虫や蛇が這いずっていた。
「そんな所に……小さな子どもを?」
家精シルキーの顔が青ざめる。
「人目に付かないと言う意味では最適だったとは思います」
 アケは、固く苦笑する。
「ジャノメ一人でそこに住んでたの?お世話する人は?」
 オモチの問いにアケは、少し躊躇いがちに「たまにいました」と答えた。
「警護という名目で武士の方々が日替わりで来てました。でも屋敷の中には入りません。窓から覗くと怯えた顔で刀を抜いて"ジャノメ姫は出てくるな"と怒鳴られました」
 オモチの全身の毛が逆立ちかける。
「お食事とかはどうされたのですか?着るものとか?」
 家精シルキーが痛みに耐えるように訊く。
「武士の方達が一週間に一度必要なものを持ってきて、玄関の前に投げるように置いていきました。缶詰とか野菜とかお肉とか、お薬とかそれと古い着物なんかも……」
 その言葉に家精シルキーは青ざめる。
 そして気づく。
 その言葉の中にアケの世話をする人の存在が一つも出来ないことに。
「ひょっとして……全部ご自分でやられてたんですか?」
家精シルキーの言葉にアケは頷く。
「屋敷の中に本がたくさんあったからそれを読んで火の付け方や着物の縫い方、病気のこと、そして料理を覚えました」
 屋敷の隅の部屋一面に整列するように並べられた読み切ることの出来なかった無数の書物。
 四歳でしかなかったアケは知ってる字をなんとか組み合わせながら読み解き、生きてくのに必要なことを学んでいった。
 本がなかったら今の自分は存在しなかったろう。
 家精シルキーの美しい顔が悲壮に歪む。
 虐待されなかった……とアケは言った。
 しかし、これが虐待でなければなんだと言うのだ?
 これは虐待だ。
 国を上げての虐待だ。
「それじゃあ……」
 ウグイスがアケの肩に置いた手をきゅっと握りしめる。
「ジャノメはここに来るまでずっと一人でその屋敷にいたの?」
 ウグイスの質問にアケは首を横に振り、この場にて初めて穏やかな笑みを浮かべた。
「弟と一緒に暮らしていました」
 アケの言葉に三人の目に驚きが浮かぶ。
 その子が来たのはアケが七歳の頃だった。
 明け方、寝室にしていた唯一雨漏りのしない部屋で毛布に包まって寝ていると外から子どもの泣く声がした。
 アケは、毛布から出て恐る恐る外を見ると男の子が泣いていた。
 三歳くらいの見たこともない金色の髪の男の子。
 アケは、急いで外に出ようとして……躊躇う。
 大人達から屋敷の外に決して出てはならないと骨を超えて心にまで刺さるくらい言われてきた為、身体が震え、足が出なくなる。
 しかし、その間も男の子は泣き続ける。
 寒さに震えるように。
 痛みに苦しむように。
 寂しさに、辛さに耐えかねるように。
 それはこの屋敷に連れてこられたばかりのアケのようであった。
 アケは、意を決して足を動かし、屋敷の外に出る。
「どう……した……の?」
 アケは、辿々しく言葉を発する。
 この屋敷に来てから必要以上に人と話してない為、言葉が出づらくなっていた。
 アケに声をかけられ、男の子は嬉しそうに顔を上げ、震える。
 アケの顔を見て、アケの額の蛇の目を見て恐怖に顔を引き攣らせる。
 そこでアケは自分の顔が異様であることを思い出した。
 顔を両手で覆い隠し、背けるももう遅い。
 男の子は、目を震わせてアケを見る。
 アケは、男の子口から化け物と罵る言葉が出るのではないかと震えた。
 しかし……。
「お姉ちゃん……誰?」
 男の子は、涙にしゃがれた声でアケに訊く。
「お目目……大丈夫?」
 アケは、両手を顔から外して振り返る。
 もう男の子から怯えは消えていた。
 その代わりに現れたのはあまりに可愛らしい笑み。
「貴方……」
 アケは、恐る恐る訊く。
「私が怖くないの?」
「怖い?」
 男の子は、首を傾げる。
「お姉ちゃん……怖い人なの?」
 男の子の純朴な問いにアケはなんと答えたら良いか分からなかった。
 その時、少年のお腹が高らかに鳴る。
「お腹……すいた」
 男の子は、背中に張りつきそうなくらい凹んだお腹を触り、泣きそうに言う。
 アケは、躊躇いがちに男の子に手を伸ばす。
「いらっしゃい。ご飯……作ってあげる」
 アケが言うと男の子は嬉しそうに顔を輝かせ、「うんっ」と大きく返事をしてアケの手を握る。
 何年振りかに感じた人の温もり。
 アケは、思わず泣きそうになる。
「貴方……名前は?」
「ナギ!」
 ナギは、嬉しそうに答えた。
 そこからアケとナギの共同生活が始まった。

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