ジャノメ食堂へようこそ!第3話 お薬飲めたね(2)
「ジャノメー!」
空の上から声が聞こえる。
アズキの燃える背中に置いた真鍮の羽釜の具合を見ていたアケは空を見上げる。
太陽の光に緑玉のように輝く翼を大きく羽ばたかせたウグイスが満面の笑みを浮かべて自分たちを見下ろしていた。
空を舞う彼女の下には大きな水の両手が何かを囲うように合わさっている。
「お客さん連れてきたよー!」
ウグイスの言葉にアケの背筋に緊張が走る。
ウグイスは、空の上をゆっくりと旋回しながら降りてくる。
ウグイスが着地すると共に水の手が弾ける。
あれだけ大量の水で形成されてるのに地面も濡れてなければ水飛沫もかからないのが何とも不思議だ。
弾けた水の手の中から現れたのは全身を小麦色の長毛にに覆われ、どんぐりのように膨れ上がった生き物だった。
しかも3体いる。
背はアケの胸辺りまでしかなく、顔と思われる部分に大きな丸い二つの目が付いている。
「この子たちは?」
アケは、蛇の目を向ける。
ウグイスは、にっと笑って一体の頭を撫でる。
「ゴブリンだよ」
「ゴブリン?」
「確か・・ジャノメ達の言葉で小鬼だったかな?」
「小鬼⁉︎」
アケは、思わず声を上げる。
それは白蛇の国に伝わる御伽話に必ず出てくる存在だった。
緑膿の肌、瞳のない濁った目、子どものような体格に曲がった背筋、そして頭に生えた醜い角。性格は残忍で狡猾、生き物を殺すのが大好きで服や食べ物、財宝を奪うことを何よりも楽しみにし、悪魔や悪者に付き従って人間に害を為す。
害悪を形に表したような存在。
それが小鬼。
小鬼であるはずだったが・・。
アケは、ウグイスの目の前に立つ毛むくじゃらのどんぐりのような生き物をマジマジと見る。
可愛い。
思わず抱きしめたくなるくらい可愛い。
「本当に小鬼・・なんですか?」
「そうだよ。なんで?」
ウグイスは、首を傾げる。
アケは、白蛇の国に伝わる小鬼の話しをするとウグイスは露骨に顔を引き攣らせ、ニ体の小鬼は抗議するするように小さな手を振り上げて飛び跳ねる。
「国が違えば伝承の仕方も違うんだね」
ウグイスは、しみじみと言う。
「そう・・ですね」
アケも思わず頷いてしまう。
本物を見たことがなかったことによる残念な変換なのかそれとも違う生き物が小鬼として伝承されてしまったのか?
「まあ、それは置いといて・・」
ウグイスは、話しの筋を戻す。
「この兄弟達に料理を振る舞ってあげて欲しいの」
ウグイスが言うと三体の内の二体が大はしゃぎして飛び跳ねる。
その可愛い仕草はとても白蛇の国の小鬼と結びつかない。
「この兄弟、いつも森の外れで遊んでて木の実やきのこばかり食べてるんだけど、綺麗なお姉ちゃんが美味しいご飯を作ってくれるよって言ったら喜んで付いてきたの」
綺麗なお姉ちゃん⁉︎
ウグイスの言葉にアケは飛び上がる。
どこをどの角度から見たら自分が綺麗に見えると言うのだ⁉︎
アケは、動揺に震える心臓を抑えながら小鬼達を見る。
「な・・何が食べたいのかな?」
アケの質問に二体は目を輝かせて「キュキャキュキャ」
と声を上げ、一体はぼおっとアケを見ている。
他の二体に比べて静かな子だな、とアケはぼおっとしている小鬼を見る。
ふっと違和感を感じた。
二体の小鬼に比べて少し目が赤い気がする。
「この子、女の子なのよ」
アケの視線に気づいたウグイスがぼおっとした小鬼の頭に触れる。
「兄と弟に挟まれた真ん中っ子でね。やんちゃな二人を止めたり、世話焼いたりとてもしっかりした子なのよ」
ウグイスは、優しく彼女を撫でる。
彼女は、ぼおっとした赤い目でウグイスとアケを見る。
そうか・・だから他の二体に比べて大人しいのか。
そう思いつつもアケは心に湧いた違和感を拭えなかった。
その間も兄と弟は「キュキャキュキャ」とアケに叫ぶ。
恐らくお腹が空いたと言ってるのだろうが・・。
「この子達、雑食だから何でも食べれるよ」
アケが困っているのに気付いたウグイスがにこやかに笑って助け舟を出す。
しかし・・・。
「何でも・・」
作り側に取ってそれが最も嫌な言葉だった。
神様でないのだから何でもなんて言われて作れるわけがない。
アケは、頭の中で今ある材料から献立を考える。
今、アズキの上で炊いてる物はもうすぐ出来る。
昨日、黒狼が狩ってきた鹿は家精が拵えてくれた小屋で保存の為に燻している。もう食べれるだろう。
(単純にお肉をお醤油で焼いて、骨で出汁を取った葉物のお汁にしようかな?)
恐らくウグイス達はそれで十分に喜ぶだろう。
しかし・・。
アケは小鬼達を見る。
実際は分からないが恐らくまだ小さな子どもだろう。
そんな子ども達が単純に肉を焼いた物だけで喜ぶだろうか?
(あの子は嫌がってたな)
アケの記憶にいる男の子。
大きくなってからはお肉を焼くだけで十分に喜んでたが小さい頃はとても嫌がっていた。
「どうしようかな・・」
アケは、顎を触って唸っていると・・。
「ただいまー!」
子どものような高い声が飛んでくる。
白兎のオモチが名付けた通りに鏡餅のように膨らんだ身体で軽やかに飛び跳ねながらこちらに向かってくる。
「食材摂ってきたよー!」
オモチは、赤目を輝かせてアケに言うと両手にたくさん抱えた赤い木の実を見せる。
太陽の光をたっぷりと吸って身をパンパンに膨らませたその赤い実は朝露に濡れて珊瑚のように輝いている。
アケは、見たこともない、美味しそうな赤い実に目を奪われる。
しかし、ウグイスの反応は違った。
「あんたなんてもの摂ってきたのよ」
ウグイスは、うっげっと可愛い舌を出す。
小鬼の兄弟たちも表情は分からないが目が拒否している。
「トマトなんて食べれる訳ないじゃない」
トマト・・。トマトって言うんだ。この赤い実。
「えーっ!そんなことないよ!」
オモチは、表情こそ変わらないがトマトのような赤い目を向けて抗議する。
「僕、これ大好きだよ!」
「それはあんたが馬鹿舌なのよ!」
二人は、睨み合って言い合いになる。
その際にオモチの手からトマトが一つこぼれ落ち、アケの足元に転がる。
アケは、トマトを拾う。
(そんなに不味いのかな?)
こんなに美味しそうなのに。
匂いを嗅ぐ。
臭くもなければ良い匂いでもない。
アケは、思い切って小さくトマトに齧りつく。
赤い汁が溢れ、口の中一杯に広がる。
青臭い。
見た目は木の実なのにまるで野菜のようだ。
それに酸味も強い。
「でも、美味しい」
固い皮の下に隠れた柔らかい実、トロッとした舌に乗る感触、強い酸味の中に隠れた甘味。
アケは、一口でトマトを気に入ってしまった。
「でも・・子どもは苦手かも」
アケは、オモチに抗議するウグイスと小鬼達を見て苦笑する。
これは使えないかも・・。
そう思いかけた時。
アズキの上に乗った羽釜が笛のような音が上がる。
その音にウグイス達は振り返り、アズキは目を覚ます。
「ようやく炊けた・・」
アケは、羽釜に目を向けた。
刹那。
弾けるように天啓が舞い降りる。
アケの表情が輝く。
「決まった・・」
アケの声にウグイス達が振り返る。
「献立・・決まりました!」
そう叫ぶアケの顔は美しく輝いていた。
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