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ジャノメ食堂へようこそ!第5話 私は・・・(10)

 アケが彼らに誘拐されたのに特に大きな理由はなかったと誰かから聞いた。
 何故その人物を"誰か"と表現したのに大きな意味はない。
 単にアケの側にやってくる人間達が自分たちの名前を告げることがなかったからだ。
 だから、その教えてくれた人物が国の重要人物なのか?治療した医師なのか?それとも世話しに来た給仕だったのか等は特に重要ではない。
 重要なのはその誰かが告げた理由だ。
 その"誰か"はこう言った。
 彼らがアケを誘拐した理由。
 それはその時に彼女がまだ三、四歳の幼児であったから。
 そしてたまたま実験が成功したのが彼女だったのだ、と。
「その当時、白蛇の国では幼児の誘拐事件が多発してました」
 アケは、蛇の目をテーブルに向けたまま言う。
 ウグイスは、アケの背中を優しく摩る。
「理由は分かりませんでした。痕跡もなければ身代金の要求もない。テロだとしても国に対する声明文すら届かない。ただただ子どもを誘拐していくだけ」
「その誘拐された子どもの中にお嬢様もいらしたのですね」
 家精シルキーの質問にアケは頷く。
「一国の姫を誘拐するなんて豪胆な」
 オモチは、ふんっと鼻息を吐く。
「それとも国の警護の甘さを嘆くべきなのかな?」
「どうなのでしょう?幼かったので覚えてません」
 そう言ってアケは苦笑いを浮かべる。
 少なくてもあの当時の自分はお姫様と来て蝶や花やと大切にされ、両親からだけでなく臣下からも可愛がられていたのを感じていた。
 自分への警護が甘かったとは思えない。
 それを抜きにしても王宮の警備、警護が杜撰だったとは考えにくい。
 もし、強いて上げるとしたならその警備と警護に対する驕りと、そんな危険な場所に侵入してくる輩なんていない、そう油断していたのだろう。
 そして結果、アケは誘拐された。
「私が誘拐されたと知るやお父上様は国の総力を上げて捜索に当たったそうです。自衛の為に遠征していた武士達を呼び戻し、白蛇様のお力も借りたそうです」
「ちょっと待って」
 ウグイスが声を上げる。
「ジャノメが誘拐されるまで白蛇は何もしなかったの⁉︎」
 信じられない、と言わんばかりにウグイスの緑の目が怒りに震える。
 しかし、アケは、首を横に振る。
「しなかったんじゃないです。知らなかったんです」
「知らなか……った?」
家精シルキーが驚きに目を大きく開く。
「一国の……王が……知らない?こんな大きなことを?」
「白蛇の国ではよくあることです」
 アケは、恥ずかしくなって身を縮める。
「白蛇の国の人間達は何よりも白蛇様を恐れ、何よりも対面を重んじてます。その為、子どもの大量誘拐事件のことを白蛇様に責められ、罰せられ、そのことが国の民達に知られることを忌諱してました」
 しかし、自分の子どもまでも誘拐された父は追い詰められ、あれだけ拒否していた白蛇の力を借りる決意をした。
 当然、白蛇は激怒した。
 国の大事を自分に知らせなかったこと、宝と言うべき子どもが危険に晒されているのに何の手も打ってこなかったこと、そして今の今になって焦り、力を仰いでくる痴態と暗愚に嘆きすら覚えた。
「白蛇様はお力を持って子ども達を捜索しました。結果、子ども達を誘拐したのは邪教であること、そして彼らの社に監禁されていることを掴みました」
 そのことだけに関してはさすが白蛇とオモチは感心する。
 そして白蛇は、自ら先頭に立ち、武士達を引き連れ、邪教の社へと乗り込んだ。
 邪教の人間達は抵抗するも白蛇と鍛え上げられし武士達に勝てるはずもなく、聴取するための幹部と思われる人間の一部だけを残して皆殺しにした。
 そして……社の深部に監禁された子ども達の元へ向かった。
 向かって……震えれ上がった。
「それは……地獄すらも生温い光景だったそうです」
 邪教の社の深部。
 固い石造の空間は静寂に足音が幾重にも木霊するほどに広く、がらんどうで、吐く息が白くなるほど寒かった。
 そしてその足元は……赤い沼と化していた。
 生温く、生臭く、トロリとした赤い沼。
 そこに浮かび上がるのは無惨に弾けた子ども達だった手、足、内臓、そして頭蓋……。
 そしてその肉と血の沼の真ん中に一糸纏わぬ裸の幼女が座り込んでいた。
 滑らかな黒髪の、美しい顔の幼女が……。
 アケ……。
 白蛇の後ろから飛び出した父が肉と血の沼に身を付ける幼女の名を呼ぶ。
 その声に幼女は、嬉しそうに笑う。
 お父上様……!
 幼女の弾むように嬉しそうな声。
 そこには可愛らしかった両の目はなく、その代わりに……。
 その顔を見た瞬間、父は絶叫した。

#長編小説
#白蛇
#巨人
#絶叫

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