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『時』に生きるイタリア・デザイン-1: 歴史が紡いだ文化と現在を繋ぎ、とことん遊ぶイタリアデザイン

 今回は佐藤和子氏「『時』に生きるイタリア・デザイン」の読書会初回で、「序、1. 1990年代。モダンクラシックの風、2. 1930年代のイタリア・デザイン、3. 敗戦からデザイン黄金時代へ」まで読みます。イタリアは20世紀を通じて、モダニズム、ファシズム期のデザイン、戦後の復興、1960年代のデザイン革命、ポストモダンデザイン、そして21世紀の現代デザインへと移り変わってきました。英国、北欧、アメリカと比較すると、イタリアのデザインはその時代ごとの文化的、社会的、経済的背景に深く根ざした特徴があります。

佐藤和子著、「時」に生きるイタリア・デザイン

20世紀初頭 - 1930年代:芸術と政治の微妙な関係

 イタリアの1930年代は、政治と微妙なバランスを必要としました。ファシズム期には、国家主義と未来派として台頭してきたモダニズムがデザインに影響を与えました。1923年3月、ミラノのガレリア・ペーザロで開催された「イタリア新時代の7人の画家たち」の第1回グループ展の開幕式で、ムッソリーニは、「芸術は人間の精神の本質的な現れ」であるとして、「芸術と芸術家を無視して統治することはできない」と強調しました。基本的には、「イタリアのような国では、政府が芸術や芸術家を無視するのはありえない」として、芸術活動への支持を示しましたが、芸術は個人の領域に属するものであり、「国家には一つの義務しかない: 芸術を妨害しないこと、芸術家に人道的な条件を提供すること、芸術的・国家的観点から芸術家を奨励することである」、と突き放します。当時のムッソリーニのミューズであり愛人であったマルゲリ・タ・サルファッティが支持する7人組との関係によって癒着するのではなく、絶妙なバランスをとります。

 1926年の第1回ノヴェチェント・イタリアーノでも、ムッソリーニは、同じく政権は「芸術と芸術家の誠実な友人」«un amico sincero dell’arte e degli artisti»と、23年の立場と大きく変わることはありませんでした。そのころ始まったミラノビエンナーレは、1930年からトリエンナーレとなり現在まで続いています。

 一方、他の国のデザインはどうだったのでしょうか。
英国: デザインの発展とその世界的な影響力は、19世紀にウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ運動によって象徴されます。この運動は、産業革命の結果としての大量生産に対する反応として生まれ、工業化に対する抵抗として手作業による製品の価値を重視しました。産業革命は、製造業の大規模な機械化をもたらし、英国を世界の経済大国に押し上げましたが、同時に労働者の労働条件の悪化、伝統的な手工芸技術の衰退、そして品質の低下した大量生産品の氾濫を引き起こしました。
 ウィリアム・モリスとアーツ・アンド・クラフツ運動は、英国でデザインが育った背景において中心的な役割を果たしました。産業革命による社会的、経済的変化は、デザインに対する新たな価値観の形成を促し、英国がデザインの分野で世界をリードするきっかけを提供しました。この運動は、機能性と美的価値の統合、手仕事の尊重、そして日常生活における美の追求という、今日でも引き続き重要なデザインの原則を打ち立てました。
ドイツ・北欧: 機能主義とミニマリズムが際立っており、自然素材とシンプルなデザインが特徴です。
 バウハウスは、1919年にドイツのヴァイマールでヴァルター・グロピウスによって創設された芸術と建築の学校です。この運動は、芸術と工芸を統合し、機能性と美学を融合させることを目指していました。バウハウスの創設は、19世紀後半から20世紀初頭にかけての欧州の芸術とデザインにおける大きな変革の一部であり、特にアーツ・アンド・クラフツ運動の影響を受けています。
アメリカ: アールデコやモダニズムが流行。大量生産と消費文化の発展がデザインに大きな影響を与えました。アールヌーボーをはじめとするヨーロッパの芸術運動は、19世紀末から20世紀初頭にかけてアメリカに伝わり、アメリカ独自のデザインの発展に大きな影響を与えました。この伝播は、主にヨーロッパからの移民、国際的な展示会、そしてアメリカ人アーティストとデザイナーのヨーロッパ留学を通じて行われました。

1950年代 - 1960年代:イタリアデザインの開花

 イタリアにおいて、戦後の復興期には、イタリアンデザインが世界的に注目されるようになりました。特に家具や照明、自動車デザインで革新的なアプローチが見られ、機能性と美学のバランスを重視しました。戦前までのトリアンナーレは、1933 第5回トリエンナーレ「Style - Civilisation」、1936 第6回トリエンナーレ「Continuity - Modernity」、1940 第7回トリエンナーレ「Order – Tradition」を開催後、イタリアは戦争に入りました。

 1947年の第8回トリエンナーレ「The House 社会問題としての再建」では、敗戦の復興中の中、QT8計画として「全ての人に家を」、「家具の大量生産は可能か?」をテーマにしました。その後、1951年 第9回トリエンナーレ「Goods - Standards」、1954年 第10回トリエンナーレ「Prefabrication - Industrial Design」では、インダストリアル・デザイン会議が行われ、哲学者のエンツォ・パーチらが、デザイナーの役割について議論しました。

「デザイナーは社会と芸術の間に存在し、単に製品の機能を解読するのみならず、創造した形が生活全体にどのような意味を付加できるのかを解読する役割をも担っている」パーチ

「時」に生きるイタリア・デザイン p104

 この様な議論を通じ、イタリアにおけるインダストリアル・デザインは、都市計画も含む広い範囲の人間生活に関わる分野と認識される様になりました。その他の国の状況も示します。 

英国: フェスティバル・オブ・ブリテン(1951年)を通じて、英国のモダニズムデザインが推進されました。
北欧: デンマーク、スウェーデン、フィンランド、ノルウェーは、高品質で機能的なデザイン製品で国際的な名声を確立しました。
アメリカ: ミッドセンチュリーモダンのデザインが流行。シンプルさと機能性を追求し、新しい材料の使用を促進しました。

1970年代以降現在まで 

 その後の概要について触れておきます。

イタリア: 1970年代には、ラディカルデザイン運動が起こり、従来のデザイン概念に挑戦しました。1980年代には、メンフィスグループがポストモダンデザインを牽引しました。現在イタリアのデザインは、革新的な技術と持続可能性、伝統的な職人技術との融合を目指しています。

 本書の中で、佐藤氏は毎年10月にベローナで開催される「アビターレ・イル・テンポ」時に住むという意味のイタリアのインテリ展を紹介しています。そこでは、企業部門と文化部門(歴史の再発見・再制作、明日への住居インテリア、領土とプロジェクト)があり、歴史的な絵画点を現在に甦らせる実験的な取り組みをしています(下記写真参照)。フラ・アンジェリコの「受胎告知」と「聖コジモと聖ダミアーノの奇跡」を遠近法で組み合わせて、現在の材料で再現する実験、なんと贅沢な遊びでしょう!

「時」に生きるイタリア・デザイン p18-19

 また、1992年のヌオーボ・ベル・デザイン(新しい美しいデザイン)展で育ったデザイナーが現在のイタリアデザインを牽引していると言います。1988年に、スタジオ・アルキミア(1976年に前衛デザイナーグループとして結成された。後にメンフィス(1981-1988)となる)のサンドロ・グエリエーロ、アレッサンドロ・メンディーニを中心とする5人の選考メンバーが、100人の若手デザイナーを選出し、企業100社に試作をしてもらうことを企画しました。それが5年後、100人・100社の実験デザイン展として結実したわけです。ここで育った若者たちは、アランジャルシ(Arrangiarsi、他人に頼らず、自分自身でうまく切り抜けていくこと)というイタリア特有の気風を持っている様です。

 一方、イタリアに初めてインダストリアル・デザイン学科(ミラノ工科大学)ができたのは、1993年だったということです。それまでは、建築家が空間デザインとして、家具などのデザインをしていました。日本では、東京藝術大学で1896年にデザイン教育が始まりました。それと比較しても、随分とゆっくりだったということです。

英国: ポストモダンデザインの影響が見られ、従来の工業デザインに新しい視点をもたらしました。デジタルデザインとサステナビリティが重視され、新しい材料と技術の探求が続けられています。
北欧: 環境への配慮と持続可能性がデザインの中心的なテーマとなりました。デザインの持続可能性と機能性の追求が続いており、シンプルで使いやすい製品が多いです。
アメリカ: ハイテクデザインとポストモダンデザインが人気を博しました。デジタル革命がデザインに新たな可能性をもたらしました。テクノロジーとデザインの融合が進み、ユーザーエクスペリエンス(UX)デザインなどの新しい分野が注目されています。

 この様に見てくると、イタリアのデザインは、その歴史を通じて、実験的かつ革新的なアプローチが顕著です。英国、北欧、アメリカと比較すると、イタリアのデザインはしばしば、伝統とモダニズム、職人技と工業生産の間のバランスを模索している点が特徴です。それぞれの地域が独自の文化的背景と価値観を反映していることが、デザインの違いにつながっています。そのイタリアのデザインシステムをManziniがまとめ役として研究した成果SDI SISTEMA DESIGN ITALIAが2011年Compasso d’Oro賞をとりました。 イタリアのデザインエコシステムは、創る・売るだけではなく、展示する、文化を作る、市場を作る、次世代を作ると幅広いことが示されています。中でも、デザイナーの役割は、幅広く、施工・グラフィックデザイン、広告以外なんでもする感じでしょうか。

SDI(Sistema Design Italia)のパンフレット(部分的な翻訳)


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