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私は運動ができない?

タイトルは山田詠美さんの著作から拝借しました。

私は子供の頃からどちらかと言うとインドア派でした。

身体が病弱だったせいもありますが、外で遊ぶより家の中で本を読んだりテレビを観るのが好きな子供でした。

でも別に外で遊ぶことがなかったわけではなく、学校でも運動場で走り回ったりもしていたと思います。

ただ、やはり体育の授業は好きではなく、「雨でも降ればいい」と前日に願うほどではなかったですが、運動会も憂鬱なイベントでした。

私が子供の頃は(今はどうなのかな?)勉強はできて当たり前、その上運動もできるというのが「優秀」な子供の条件でした。

当然、そんな子供はごく一部でしたが、そのごく一部な子供たちがクラスの中心でした。彼ら(彼女ら)がクラスを仕切り、生徒会を仕切り、文化祭でステージの中心に立ち、運動会でリレーのアンカーを務める。そんな感じでした。

その他の大多数の子供たちは、まぁそれなりにやっていくしかありませんでした。別に疎外されていたわけではありません。「面白い子」「絵の上手い子」など、なにか自分のポジション的なモノがあればそこで生きていけました。

残念ながら私にはその様なモノがなく、勉強はそこそこできましたが運動はからきしで、いつも1人で本を読んでいる「変わったヤツ」的なポジションしかありませんでした。

それで当時登校拒否になる程(後になりましたが)、居場所が無かったわけではありませんがやはり居心地の良いものではありませんでした。

それでも小学校の頃はそれでやっていけましたが、中学校になると状況は大変厳しいものになりました。

私の通っていた学校は(公立です)全生徒がどこかの部活動に参加せねばならず、文化系の部などはありませんでした。

特にこれまでスポーツをやってこなかった人間がついていけるわけもなく、中学から突然突きつけられた「先輩後輩」の人間関係も受け入れられなかった私は(努力はしましたが)脱落していきました。

そうなると学校にもクラスにも居場所はなく、なんとか状況の変化に対応できたクラスメイトとは折り合いが悪くなり、孤立していきました。

部活動から脱落した私は「逃げている」という自覚を背負いながら生活するしかありませんでした。まだ精神的に未熟な子供にはかなり辛い荷物でした。

年頃ですから異性の目も気になりますが、「逃げていた」私には恋愛をする「権利」もないと思い込んでいました。大体自分自身を嫌悪していましたから、そんな感情は捨てていました。

それ以上に辛かったのが「体育」の授業でした。授業で私はいつも笑われ、揶揄われる存在でした。クラスメイトだけでなく、体育教師からもそんな扱いを受けていたと思います。

当然、体育の授業など嫌いになり、それが数字として成績表に記されるとなると益々嫌いになりました。

そして何より辛かったのが「自分には運動神経がない」と日々突きつけられることでした。自分がとても「劣った」人間の様な気分でした。それは無意識の領域に擦り込まれ、その後の人生に影を落としました。

勿論、今も続いています。スポーツと言うのは上手い下手は関係なく本人が楽しければ良いものだと思いますが「運動神経がない」と思い込んでいる私には「参加資格」がないといつも思わされます。なにかスポーツを始めようとはまるで思えません。

まぁ、私の話はそんなところです。気になるのは今の子供たちです。教育現場が現在どうなっているのかは知りませんが、あまり変わっていないのではないかなと思います。やはり「運動」のできない子は居場所が無く、「運動神経が無い」と間違った価値観を擦り込まれているのではないでしょうか?

親や教師、学校に対する不信感、疑問が精神的な自立の第一歩ですから安易に「コレは間違ってるから正すべきだ!」と言うのはおかしいと思いますが、やはりこのまま放置しているのは極端な言い方ですが「危険」だと思います。

「私は運動ができない」そんな思い込みを強いられている子供たちについて考えてあげるべきではないでしょうか?

「身体を動かすことは楽しい」そんな当たり前の事実を知らずに生きていくのは間違っている。そう思います。

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