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長崎伝習所で誕生した童話 中島川のあそびんぼ太郎 9

終 お別れのときの巻

やがて、あそびんぼ太郎や妖怪達が順番に大切に持って守っていた2本の長い線香花火の赤い火玉が燃えつきて落ちてしまうときがやって来ました。「こいで気のすんだね? そろそろ帰る時間ばい」とあそびんぼ太郎はおじいちゃんとおばあちゃんに向かって語りかけました。

「はい。よか思い出のできました。初めて孫達と遊ぶことのできて、妖怪のみなさんにお礼ばいわんばできん。ありがとうございました」おじいちゃんは頭を下げました。「うちはいっぺんでよかけんミサキと一緒に遊びたかったとです。そいけん天上界で妖怪のみなさんにこげん無理なことばお願いしたとです。でも、おかげで思い残すことはなか。ほんとうにありがとうございました」そう言って、おばあちゃんはハンカチで涙をそっとぬぐいました。

しばらくすると、おじいちゃんとおばあちゃんの姿はだんだん薄くなっていきました。もうすぐ2人は消えそうです。最後におじいちゃんとおばあちゃんは、孫達に向かって「元気でね。元気でね……今日は楽しかったばい。おじいちゃんとおばあちゃんのことば忘れんでね」と繰り返しました。ミナトとミサキは何だか悲しくなりました。おじいちゃんとおばちゃんの姿が消えてしまうと、あとからあとから涙がこぼれて止まりませんでした。

「おじちゃんとおばあちゃんもほんとうは妖怪やったと?」ミサキは涙声であそびんぼ太郎にたずねました。
「うんにゃ。違う。本物たい」あそびんぼ太郎は首を横に振って答えました。他の妖怪達も左右に首を振っています。そして、「そろそろよかやろう……」とつぶやき、すっかり渦の短くなったときもどしの火を吹き消して、箱の中に残っていた爆竹に火打石で火をつけました。

パンパンパン! パンパンパン! 

爆竹は地面で激しい音をたてて弾けました。あまりにも大きな音だったので、ミナトとミサキは驚いて目を閉じ、思わず耳をふさいでしまいました。そのうち、2人の身体は暗闇に包まれて、だんだんその暗い渦の中に吸い込まれ、意識が遠くなっていきました。あそびんぼ太郎や他の妖怪達の姿もだんだん薄くなり、暗闇の中に吸い込まれ消えていったのでした。

「2人とももう起きたとね?」しばらくするとおかあさんの声が聞こえてきました。外では蝉がうるさく鳴いています。ぼんやりだった意識がだんだんはっきりしてきました。目を開けてまわりを見てみると、ここは子ども部屋のベッドの上です。ミナトとミサキはお昼寝の時間だったのです。ということは、中島川の河童や妖怪達やおじいちゃんやおばあちゃんと遊んだことは、ぜんぶ夢だったのでしょうか? 起きぬけで寝ぼけたままの2人にはよく分かりません。

「今日もお部屋でゲームで遊ぶとね?」顔を出したおかあさんは優しくたずねました。
「ううん。今日は外で遊ぶ!」ミナトははっきり答えました。
「あたしもお外で遊ぶ!」ミサキもきっぱり言いました。
「へー、珍しかこともあるとよね」おかあさんは2人の顔を見つめました。

それから2人は仏壇の前へ行き、おじいちゃんとおばあちゃんの写真に手を合わせ、「今日はありがとう」とつぶやきました。するとどうでしょう。写真の中のおじいちゃんとおばあちゃんがにっこり笑ってウインクしてきたのです。2人はまたまたびっくりしましたが、互いの顔を見てニヤリと笑い、うなずき合いました。

「どげんしたと? 2人ともニヤニヤして。気持ち悪か」おかあさんが不思議そうにたずねました。
「なんでもなか!」2人は同時に答えました。
「そいじゃ、お外で遊んで来るけん!」ミナトとミサキは、ドタバタと勢いよく走って玄関へ向かいました。
「暑かけん帽子ばかぶって行かんねよ。車に気をつけて遊んばんばよー」キッチンからおかあさんの声が聞こえました。
「はーい、おかあさん。……ねえ、お兄ちゃんも河童の夢見た?」ミサキはスニーカーを履きながらミナトにたずねました。
「へえーミサキもやっぱり見たと?」ミナトは答えました。
「うん、見た! おじいちゃんとおばあちゃんとも遊んだ」嬉しそうにミサキが笑いました。

そのときです。どこからともなくおじいちゃんとおばあちゃんのあの優しい笑い声が聞こえてきました。あとからあそびんぼ太郎や妖怪達の「なんでん いっちょん かんでん いっちょん こんこんこんね!」という呪文も聞こえてきました。その笑い声や奇妙な呪文を聞いて、幼い兄妹はもう一度顔を見合わせてニヤッと笑いました。ミナトが嬉しくなって「ごわす! もんそ!」というと、ミサキはわくわくしながら「っていうか、なんか、やばっ!」と合い言葉のように答えました。それから2人は玄関のドアを思いっきり開けて、外の世界へ向かって元気いっぱい駆け出して行きました。 (終わり)

作:大串眞貴子 小川内清孝 小武家雄康 林田志帆 絵:林田志帆
長崎伝習所「ながさきで物語をつくろう塾」遊び班


































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