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長崎伝習所で誕生した童話 中島川のあそびんぼ太郎 2

しおふきんとセーラエンの巻

そのときです。ポッペンの音につられるように、突然、昔南蛮船に積んであった宝箱が、白い煙とともに空中にポンと現われたのでした。実は河童ははるか昔南蛮船に載せられてはるばる長崎にやって来ましたが、いつの間にか船から逃げ出して、中島川に棲みついた生き物でした。その宝箱をあそびんぼ太郎がキャッチし、地面に置いてふたを開くと、中から線香花火などの手持ち花火、矢火矢などの打ち上げ花火、爆竹、ドラゴン、ロケット花火、ねずみ花火など、いろんな種類の花火が出てきました。

「さあ、こん箱から好きな花火ばひとつ選んでみんね」あそびんぼ太郎は2人に向かって言いました。

そこで、ミナトとミサキは言われた通りに花火をひとつずつ選びました。それから、あそびんぼ太郎はミナトの選んだ花火に「なんでん いっちょん かんでん いっちょん こんこんこんね!」という何やら妖しげな呪文を唱えながら、火打石をコンコンコンと3回打って火をつけたのです。すると、花火から白い煙が出て、その煙が消えるとにわかに空が黒い雲に覆われて、あたりが夜のように真っ暗になりました。やがて、黒い雲のすき間からお月さんが顔を出すと、月の明かりに反射して、闇の中に突然細青白く光る細い目が浮かび上がりました。ミサキは驚きのあまりまた「きゃー!」と叫び声を上げました。実はこの光る目の正体は、昔長崎の港に棲息していたクジラの妖怪しおふきんだったのです。ミナトとミサキは、はじめこそ小さなクジラの妖怪の光る目を見てびっくりしましたが、あたりがだんだん元の明るさに戻ってしおふきんの姿全体が見えてくると、最初にあそびんぼ太郎が現れたときのような恐ろしさは感じませんでした。

「あなたはクジラさん?」ミサキはニコニコしながら近づきました。
「おいはしおふきんたい。わい達にセーランエンていう遊びば教えにきたと。さあ、一緒に競走すうで! さあさあ、遊び道具も揃っとるばい。さあさあさあさあ、勝負ばすうで!」クジラはそう言いながら尻尾を上下させ背中から高々と潮を吹いて見せました。

しおふきんの説明によると、セーラエンは江戸時代に流行った遊びで、別の名で陸ペーロンと言ったそうです。竹の棒を船に見立てて、鉦をつけて打ち鳴らしながら担いで競走するのです。ミナトとミサキは遊びのルールを教えてもらうと、さっそくしおふきんを相手に競走することにしました。あそびんぼ太郎は「ミナト ミサキ」と書かれたのぼりを持って、2人にくっついて一緒に走る気満々です。競走するコースは、眼鏡橋のたもとをスタートしてから眼鏡橋を渡って、向こう岸を回り、隣の袋橋を渡って一周して返ってくるコースです。

いよいよセーランエン1回戦のスタートです。しおふきんは尻尾を上下させ、潮を吹きながら、まるで地面を泳ぐように勢いよく進んで行きました。不思議なことにしおふきんの動く地面には白波が立っています。競走の結果はしおふきんの圧倒的な勝利。遅れてゴールしたミナトとミサキは悔しがりましたが、あそびんぼ太郎になだめられ、何とか気をとりなおし、2回戦に挑むことにしました。

さあ2回戦のスタートです。しおふきんはスタートダッシュでどんどん先に行きます。ところが、ひさしぶりに陸の上で競走したので途中でバテてしまい、リベンジに燃えあとから元気いっぱいに走ってきたミナトとミサキチームに追い抜かれてしまいました。2人はそのまま先にゴールを駆け抜けました。あそびんぼ太郎ものぼりを振って応援しながら、必死にあとを追いかけ走りました。

「勝った! 勝った! 勝った!」ゴールした瞬間、ミナトとミサキはハイタッチをして喜び合いました。遅れてゴールしたしおふきんは疲れ果て、苦しい息をはき、尻尾は情けなく垂れ下がり、自慢の潮もちょろちょろとしか上がりません。それを見て、2人はもう一度勝利の雄叫びを上げました。外の遊びでこんなに興奮したのは初めての経験でした。

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