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056.エリスマン邸

■横浜市内の洋館1戸保存の先駆的なケース
元町公園を登った上、木々に囲まれて山手本通りに面して建っている。エリスマン邸と呼ばれているこの家は、スイスの貿易商社シイベル・ブレンワルド商会(のちにシイベル・ヘグナー商会となった)の社員として明治21(1888)年に来日したスイス・チューリッヒ出身のフリッツ・エリスマン(Fritz Ehrisman、1867年-1940年)の邸宅である。
 建てられたのは大正14(1925)年から15(1926)年にかけて、場所は山手町127番地で、平成2(1990)年にここに移築された。
 もともとあった山手127番地の家は、昭和57(1982)年にマンション建築のため解体され、保管されていた。その建物を横浜市が取得し、平成2(1990)年、元町公園内の現在地(旧山手居留地81番地)に再現したもので、横浜市にとって、1戸の洋館を復元・保存するという試みのきっかけになった洋館で、貴重な洋館を復元し、無料で公開している記念碑的な文化財ということができる。

1階のサンルームからも元町公園の緑がよく見える。

 ■日本の生糸貿易を支えた有力商社
 貿易商社シイベル・ブレンワルド商会は、1865年にスイスの商社として日本で初めて事業を始めた会社。当時はまだスイスと日本は通商条約を結んでいなかったため、1963年にスイスが日本に派遣した使節団の一員として、当時24歳のブレンワルドは来日した。翌年条約を締結すると、65年には貿易商社シイベル・ブレンワルド商会を始め、当初は居留地53番に、1968年には居留地90番Aに事務所を設けている。
業務は海上・火災保険会社の代理店も兼ねて、生糸などを輸出しながら、モスリン・毛織物・キャラコ類・更紗類・綿織物などの繊維製品のほか,時計・珊瑚・硝子・染料・薬・石鹸などのほかに、明治初年に各藩が使用した「スイッツル銃」を輸入していた。同商館の入口には記念として当時の大砲が展示されていたという。
富岡製糸場ができる前に、前橋藩で機械を使った製糸工場が作られていたが、機器の輸入や工場運営にあたって技術的なサポート、アドバイスを行ったのがシイベル・ブレンワルド商会だったといわれている。
明治19(1886)年に発行された「日本絵入り商人録」に掲載された同商会の建物にはスイス国旗が掲げられているが、創立者のひとりブレンワルドがスイスの総領事に任命されていたためだ。まだスイス領事館ができる前で、当時は同商会が便宜的に領事館の役割も果たしていた。
 
 ■現代まで歴史をつなぐスイス系商社
エリスマン邸の当主のエリスマン氏が21歳で来日したのが1888年なので、当初、勤務したのは居留地90番地にあった事務所だったと思われる。同商会はその後、1897年にはシイベル・ウォルフ商会に、1910年(明治43年)にはシイベル・ヘグナー商会となり(「日本絵入り商人録」)、エリスマンは戦前最大の生糸貿易商に成長した同社の横浜支配人格として活躍した。
エリスマン邸は、関東大震災後の大正14-15年に建設されている。あるいは、それまで事務所に住んでいたのが、震災で建物が崩壊し、自宅を新しく作ったということであろうか。居留地90番地Aにあった事務所は震災後どうしたのだろうか。
エリスマンは昭和15(1940)年に73歳で亡くなるまで日本で暮らし、いまは横浜山手の外人墓地に眠っている。
同商会は、現在も系譜を引くDKSHジャパン株式会社はスイス国内では上場された商社として御意有無を継続しており、日本でも事業を続けている。

 ■レーモンドの独自の意匠
 さて、建物だが、設計したのは、帝国ホテルなどで知られるフランク・ロイド・ライトの助手として活躍したチェコ人の建築家アントニン・レーモンド。木造2階建て、創建時には和館部分もあり、建坪は81坪の大きな屋敷だったようだが、保存の際に失われて、和館部分は復元されていない。
 外壁が1階はヨコの下見板張り、2階はタテの羽目張りと使い分けられていたり、ガラスの大きな上げ下げ窓と鎧戸、ベランダ、煙突・・・など、師匠であるF.L.ライトの影響も見られるなかで、レーモンドらしいモダニズムの要素を生かしたデザインが特徴といえる。伊勢佐木町に残る「不二家」とともに、往時をしのんで是非味わってほしい1棟だ。
 1階には厨房、居間兼食堂、応接室、サンルームのほかに寝室が1つあり、これは使用人用だろう。 厨房があったところは、喫茶室として使われており、地下にあるホールは、貸しスペースとしてウエディングやイベントなどに貸し出されている。


暖炉の四角い煙突が外にはりだしている。


2階には3つの寝室と浴室、外にはバルコニーが2つついて、オープンなイメージを生かしている。おかれているテーブル、イスなどもレーモンドが設計したもので、内装とともに落ち着いた雰囲気を醸している。
 1階の応接間の暖炉の煙突が外に張り出して、外から見ると、これが付け柱のようなデザインになっているのは、板張りの外装に変化をもたらしている。屋根の勾配は緩やかで、軒の庇が四周に生かされているのは面白い。

食堂兼居間には楽譜入れが置かれている。ここからも元町公園の緑がよく見える。

2階に上がる階段と、2階に上がったところにある廊下。

●施設概要
・施設概要 大正15(1926)年築
・横浜市認定歴史的建造物
・設計者 アントニン・レーモンド
・所在地 横浜市中区元町1-77-4
・開館時間 9:30~17:00(8月の土・日・祝日は18時まで開館)
・休館日 :第2水曜日(休日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)
入館料 無料
問合せ先 エリスマン邸
TEL・FAX:045-211-1101

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