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2-17.不安定こそ安定。

  NEC名誉会長 小林宏治

 野球の完全試合やノーヒットノーランは、1点差とか2点差といった接戦の中でしかできないと言われている。少差では常に逆転の危険があるから緊張する。逆に得点差が大きいと、どうしてもゆるみが出てヒットを打たれやすいのである。

 表題の小林の言葉もこれと似たことを言っている。この言葉は正確に言えばもう少し長い。

「安定した企業は不安定で、不安定な企業こそ実は安定している」

 小林が社長に就任した昭和30年代末の日本電気は、会社も事業も電電公社ファミリーの通信機メーカーとして安定していた。大きな発展は望めないが、安定している。これが、暗い会社というイメージにもつながっていた。

 小林はこういう日本電気が歯がゆくてならなかった。
 もっとダイナミックな企業へ変身しなければならない。そう考えていた小林は、そのためには社内から安定した気分を払拭して、不安定な気分を呼び起こさなければならないと考えた。
 そこで、小林が当時の社長・渡辺斌衡(としひで)に提案したのが、コンピュータ事業への進出であった。

 IBMに喧嘩を売るつもりかとの渡辺の問いに対して、小林は、

「通信は情報の伝達だけしかできない。コンピュータは情報の加工しかできない。この両者を組み合わせることで情報の加工と通信ができるようになり、今までにない技術が生まれる」

と主張した。
 こうして小林は安定した社内に、コンピュータという新しい未知の事業を持ち込み、さらにアメリカ流のCI(コーポレート・アイデンティティ)を導入して企業イメージの向上に努めた。

 そうした考え方を小林は、昭和52年の「インテルコム'77」国際電気通信大会で「C&C」(Computer & Communication)というキャッチフレーズにして表明した。
 不安定な企業というものは、大変だ、大変だとぶつぶつ言いながらも、その時々の変化に小刻みに対応し、結果として安定している……と小林は言う。
 生態学の教えるところによると、「自然は不安定であることを前提にしている」のだそうである。外部からの影響を受けて、自然は小さな変化を繰り返し、全体として大きく乱れない安定した環境を実現しているという。

 ところが、そういう自然の中に人工的な異質なものが進入すると、その自然全体のバランスを大きく崩してしまう。自然全体が滅びる危険もあるのだ。
 多種類の樹木がある自然は簡単には破壊されない。しかし、単一林はその天敵によっていとも簡単に破壊されてしまう。自然の良好なバランスというのは揺れ動くバランスなのである。
 小林の言葉は、このことが経営にも言えることを示している。

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