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『プライドと偏見』映画版と原作比較〜フェミニズムの視点から〜

ジェイン・オースティンの名作『高慢と偏見』はこれまでコリン・ファース主演のBBC制作ドラマ版と、キーラ・ナイトレイ主演の映画版により映像化されてきた。この記事では映画版と原作小説を比較し、表現の違いについて考察したい。

映画『プライドと偏見』:予告映像 

特に顕著な違いは主人公エリザベス(キーラ・ナイトレイ)の家族・ベネット家の描かれ方だ。映画『プライドと偏見』では、母と娘たちの関係はいたって良好で、エリザベスの母・ベネット夫人は娘たちの将来を何よりも案じている、お節介だが思いやりのある母親として描かれていた。

一方、原作では「エリザベスは、子どもたちの中でいちばん彼女(ベネット夫人)にはかわいくなかった」という描写があるように、ベネット夫人のエリザベスへの負の感情が感じられる。また、ベネット夫人は無教養で愚かな母親としても描かれている。

ベネット夫人だけでなく、メアリー・キティ・リディア3人の妹たちの、2人の姉たちとは違って分別のない様子も強調されており、原作の中でエリザベス自身も母親と3人の妹たちの無教養さを複数回にわたって恥じている。

実際、ミスター・ダーシーからの手紙にエリザベスと長女ジェーン以外のベネット家の面々を非難する内容が書かれていたのに対し、ダーシーの高慢さに腹を立てながらも「当たってはいる非難の言葉」、「恥ずかしくていたたまれなかった」とエリザベスは心中を吐露している。


原作におけるベネット家におけるこの優劣の区別は、エリザベスの賢さや、ダーシー家やビングリー家との教養の差を際立たせる効果があると一言で片づけてしまうこともできる。しかし、これをフェミニズム批評の視点からみると、ベネット夫人がエリザベスにとって否定的な母親の規範となっていることや、彼女の愚かさが社会批判の対象となっていることがみえてくる。

ベネット夫人は、弱い知力と狭量な精神のために、母であるという役割だけを果たすようになり、エリザベスは家庭の中に閉じ込められた母親の不幸を目撃する。閉じ込められたゆえに更に無知で愚かな女となってしまった母親の被害をこうむったエリザベスは、父・ベネット氏が自身の妻の愚かさを忠告しようともせず、ひそかに笑い種にしている様子に心を痛めながらも、同時に娘たちの人生を支配しようとする母親に反抗する。ベネット家にとって好条件であったコリンズとの縁談を、自分の意思で拒否する場面がその顕著な例である。エリザベスは母と父の冷め切った夫婦関係を目の当たりにしているため、愛のない結婚はしたくないと考え、母との絆をふりほどいてでも自分の価値観の方をより尊重し、コリンズの求婚を跳ね除けたのである。

コリンズの求婚からエリザベスの友人・シャーロット・ルーカスと結婚するに至る一連のシーンでは、フェミニズム批評の視点からみるとコリンズが家父長制を何よりも重視し、それを女性たちに押し付けていることがみえてくる。エリザベスが結婚の申し込みを断った後、ベネット家にシャーロットが訪ねてくる。コリンズの配偶者選びの対象を自分に向けさせるためだ。そんな策略に気がつくはずもないコリンズは自分の話を「礼儀正しく」聞くシャーロットを気に入り、結局従順な彼女に求婚するに至る。このコリンズの態度から、当時の男性たちは女性から何が何でも尊重され、あがめられることを求めており、家父長制の、男性が女性を従属させるような考え方が根付いていたことがわかる。

シャーロットの方は家族の重荷になることを恐れ、自分の将来の経済的安定だけを求めてコリンズの求婚を受け入れた訳であるが、エリザベスは財産相続や安定した生活を求めるのではなく、愛のある結婚を選んだ点で女としての幸せを求めた、ということがフェミニズム批評的には自己を確立した女性と評されるのではないだろうか。

映画では、エリザベスとダーシーがいかに“高慢と偏見”を乗り越えて互いに理解し、愛し合うようになったか、そしてジェインとビングリーの別れと結婚、リディアとウィカムの駆け落ち、といった恋愛物語を中心に描かれている。小説では3人の妹や母親の「無教養さ」が強調されているが、フェミニズムの視点から女性の愚かさを見せることが見直され、姉妹たちの仲の良さや彼女らの恋愛を中心に描くことで、現代の価値観に合わせた極めてロマンチックな恋物語として全体をまとめあげている。

従って、映画版ではジェイン・オースティン作品の魅力でもある世の中に対する辛辣な批判や風刺は残念ながら見られない。映画はあくまでもイギリスの美しい田園風景や古い邸宅、俳優たちの演技など映像美を楽しむためのものとして鑑賞すると良いのかもしれない。18世紀のイギリス社会をより深く知りたければ、ぜひ原作小説を一度読んでみてもらいたい。

<参考文献>
J・オースティン著、阿部知二訳 2006『高慢と偏見』東京:河出書房新社。水田宗子ほか編著 1996『母と娘のフェミニズム』東京:田畑書店。マリアンヌ・ハーシュ著、寺沢みずほ訳 1992『母と娘の物語』東京:紀伊國屋書店。

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