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パイントグラスで豊かな時間を

前回の記事では、サマータイムにまつわる「いま、ここ」を楽しむ生活について投稿した。

投稿した内容は、僕がドイツで生活していた当時の夏の黄昏時の話。日が長い時期にはベランダで家族とかでのんびりしながら、その場、その瞬間を味わって楽しむ時間がとても豊かに感じた、という趣旨。

その時間のために、特にお金をかけていたわけでもなく、高価なものを食べたり飲んだりするわけでもない。

ただし、僕はその時間を楽しむために、ちょっとした小道具を使っていた。

それが、お気に入りのビールグラス。

夏のカラッとした気候を楽しむわけだから、やはりビールが合う。ドイツはビールがおいしい。いつも、いくつか持っている気に入ったビールグラスの中から気分に合うものを選んでビールを飲んでいた。

典型的なドイツのビールグラス

ドイツで売られているビールは、基本的に瓶に入った500mlと相場が決まっている。だからそれに合わせて、ビールグラスも大きさが概ね決まっている。保守的な人たちの多い国だから、形もそんなに洒落たものではなくオーソドックスな傾向のものが多い。(もちろん探せばいろんなグラスも売ってるけど)

ちなみにドイツのビールグラスには、よく謎のおじさんの絵があしらわれている。なぜなら昔はビールが修道院で醸造されていたことが多く、それら修道院の修道士が描かれるため。

さて、そんなビールグラスの中で特に気に入っていたものは、とあるイギリスのビールグラスだった。

そのグラスにはちょっとした思い出がある。

パイントグラスの思い出

ドイツで生活を始めた頃。イギリスやアイルランドでは「パイントグラス」というビールグラスが一般的に使われていることを知った。

その中でも「チューリップ・パイントグラス」という形のものが自分の好みなことに気が付いた。

ドイツのビールグラスと似ているんだけど、どちらかといえば武骨なドイツのビールグラスに対して、チューリップ・パイントグラスの方がカーブが洗練されていて美しいように僕には感じる。

さて、そんなある週末。家族でイギリスへ遊びに行く機会があった。

よし、この機会に気に入ったパイントグラスを買って帰ろう!

僕は勇んで、ロンドンのデパートやスーパーを見て回った。

でも、パイントグラスは売られていない。

どこで売られているか、お店の人にも聞いてみた。

「パブへ行ったら手に入るんじゃない?知らんけど」

そんなそっけない答えだった。

僕は街の中で買うことを諦めて、夜になってから泊まっているホテルのパブに行ってみた。

カウンターに腰を下ろして、ドラフトビールを注文する。そこで出てきたビールグラスは、果たして僕の好みの形だった。ただのパイントグラスではなく、これぞチューリップ・パイントグラス。冷えたビールを注いだ後にグラスにつく水滴も、透明感があって美しい。

よし、このグラスがどこで売られているか、バーテンダーの人に聞いてみよう。

でも、ヨーロッパではこういう場合にいきなり声を掛けても、適当にあしらわれがち。まず最初に、人としての関係をキッチリと構築することが極めて大切。「こいつは信頼できそうかも」といった印象を持ってもらうと、ちゃんとした対応が返ってくるもの。

僕は、「あの、ちょっと話しかけてもいいですか?」から始めて、バーテンダーと他愛もない世間話をしてみた。

何分か雑談をして、感触は上々。いまだ。


「ところで、ですね。僕はイギリスのパイントグラスが好きで、デパートで買おうと探したんですよ。でも売ってなくって。こんなグラスをどこかで買うことはできますかね?」

すると、バーテンダーは僕の目の奥を覗き込むような視線を一瞬だけ投げかけた後、さも当たり前のように答えてくれた。

バーテンダー
「オーケー、キミはいま飲んでいるこのグラスを持って帰ってもいいよ」

それから彼は、僕の耳元にスーッと口を近づけて、芝居がかった口調で続けた。

バーテンダー
「ただ、もしよかったら、あそこで片付けしているうちの若いヤツに、ちょっとチップを弾んでくれないかな」

茶目っ気を含んだ笑顔を見せてウィンクして、彼は仕事へ戻っていった。

結局、僕は5ポンドくらいだったか、普通では払わない多めのチップを上乗せして会計を支払ってから、グラスをもらってバーを出た。

そして僕はグラスとともに、この印象的な思い出を心の中に詰めてイギリスから帰った。

人生を彩る物語

いま思い返すと、やっぱりヨーロッパの人たちは人生を楽しむことが上手だ。

その「うちの若いヤツ」はたくさんのチップをもらって喜んだだろう。想像するに、バーテンダーは彼に何か言葉をかけたに違いない。

「さっきのアジア人の客、この店がキレイでいい雰囲気だって喜んでたぞ。そのチップは、おまえが店をピカピカに磨いてる努力へのチップじゃねーか?」

とか言って、誇りとやる気を与えたのかもしれない。

そして僕は、それ以降ずーっとこのお気に入りのグラスを使い続けている。このグラスは、特に夏の黄昏時の時間に彩りを与えてくれている。

もしも僕が、バーテンダーにパイントグラスがどこで買えるか質問した時、たとえば彼が、

「パイントグラス?デパートに行ったら買えるんじゃない?知らんけど」

とか言って適当にあしらっていたら、この物語が生まれることはなかった。

人生に彩りを与える方法は、日常のいろんなところに転がっているなあ、と思った体験だった。

これがその思い出のチューリップ・パイントグラス

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お知らせ

ところで、これまで僕はずっと週に一回、土曜日の夕方くらいに記事を投稿するというサイクルを続けてきた。

これからも週に一回の投稿は継続しようと思っているけれど、2回に一回くらいは文章の少ない写真程度の投稿にして、軽くしてみようかなーって思っている。

これまでは書き溜めたメモがあって、それに肉付けするくらいで記事が書けていた。でもこれまで120件を超える記事を投稿してきて、そういうメモの元ネタが減ってきて、それに伴って記事を書くのに時間がかかるようになってきた。書きたいネタ自体は、まだまだあるんだけどね。

そうやって最近は記事を書くのに時間をとられてしまうようになったので、これからはもう少し家族や友人たちとの時間をキッチリ取るために、2回に一回くらいは投稿を軽くしようと。

ただ、noteの友人たちとの交流も僕にとってかけがえのない楽しみ。簡単な投稿が混じるようになってくるけれど、引き続き書くときはガッツリ長文を書くつもり。今後ともよろしくお願いします。

by 世界の人に聞いてみた

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