見出し画像

ドイツ人同僚の転職を手伝った話

1年くらい前のことだった。僕がむかしドイツの会社で働いていた当時の同僚からメッセージが送られてきた。

僕はその時には既に日本へ戻っていたが、彼はずっとドイツで働いている。

ドイツ人の元同僚
「いま転職しようとしているんだけどさ、リファレンス役を引き受けてくれないか」

それに対して僕は、

「それは光栄やね。謹んで受けさせてもらうよ」

と返事した。

何の話をしているかと言うと・・、ドイツでは転職するにあたって「リファレンス・チェック」という慣習がある。

リファレンス・チェックとは何か?

転職のプロセス

まず通常の一般的な転職のプロセスについていえば、日本もドイツもそれほど大きな違いはないと思う。

転職したいという人が企業と面談して、両者がお互いに合意できたら転職が実現する。

でも現実的には、たった数回面談するくらいで、企業と被雇用者のお互いが本当にフィットするかを完璧に見極められるわけもない。そんな予言者のような能力を持っている人は、いるわけがない。

モヤッとした人間という存在が、さらにモヤッとした人間の集団の中に入って、うまくいくかどうかを正確に予知することは、そもそも無理な相談。

そのため、現実には実際に転職したらチームに合わなかった、だからまた転職する、ということもしばしば起こってしまう。

で、そこは人間関係については時間をかけてキッチリと判断するドイツ。転職ではもちろん当人と何度も面談するけど、特に重要なポジションの人を採用する際には(例えば年収で数千万円以上くらいのレベルでは)、会社は、その候補者がむかし一緒に働いていた同僚にインタビューすることがある。

そうやって、その候補者が実際に働いていた時にどんな人物だったか話を聞いてから、企業側は判断する。企業側はその人が実際に働いていた当時の評判を聞くことができるから、かなり信頼できる情報になる。それをリファレンス・チェックと呼ぶ。

昔の同僚の転職活動

さて、話を冒頭の昔の同僚だったドイツ人に戻す。ここでは仮に名前をライナーとしよう。

彼は、とあるドイツの会社のCFO(財務責任者)として転職することを考えていた。

転職活動の途中で、ライナーはその転職先から「リファレンス・チェックに応じてくれる人のリストを提示してくれ」と言われたらしい。そこで彼は僕に対してリファレンスを受けてくれよ、というメッセージを送ってきた次第。

僕としてはリファレンスに協力しても、お金をもらったり何かメリットを受けるわけではない。けれど、そういう制度によってドイツの社会がうまく回っているわけだから、リファレンス役を受けてドイツ社会の運営の一翼を担ってみようと思って、協力することにした。

そんなこんなで話はトントン拍子に進む。リファレンスの役割を受諾してから数日後には、オンラインで面談を受けることになった。

日本は夕方、ドイツは朝イチの時間帯。以下はその面談の時の会話。

面談開始

面談者
「では、ライナーさんのリファレンス・チェックの面談を実施させてもらいますね。今日はお時間ありがとうございます。

私たちは、もちろんライナーさんと直接話をしています。性格テストも受けてもらいましたし、他の経営陣の候補者たちの間でもお互いに話をしてもらっています。こうやって彼が我々のチームの一員として一緒に仕事をするのに本当に適した人かどうかを観ています」

というように、まずは面接の経緯説明から始まった。

面談者
「まず最初に私たちが何者なのかを紹介させていただきますと、私たちはプライベート・エクイティ・ファンド(PEファンド)です」

PEファンドとは一般的に、まだ粗削りなベンチャー企業を買収した上で、特別優秀な経営陣を数名雇って、その会社に送り込む。そこで経営陣が1年か2年くらいかけて、会社の制度を整えたり、効率的な運営ができる仕組みを導入したり、事業の内容を整理したりして、その会社の経営をキッチリと整えた上で、大企業へ転売する。

要は、会社を買って、優秀な経営陣を送り込んで企業価値を上げてから、買った時よりも高い価格で企業を売却することで、儲ける。欧州では一般的な業態。

面談者
「当社はX社というベンチャー企業を買収しました。X社の企業価値を高めて、大企業へ転売しようと考えています。

その経営陣の一人として、ライナーさんにCFOとして働いてもらうことを考えています。ライナーさんが我々が期待する成果を出すことができそうかどうか、つまり今回のプロジェクトにフィットするかどうか、リファレンス・チェックしたいと思ってます」

ということで、経緯の説明は終わって、質問に移った。

面談者
「さて、ライナーさんは以前、PEファンドが買収した会社で、企業価値を上げる仕事をしていましたよね?」


「そうです、彼はそういう仕事をしていました」

面談者
「彼と一緒に仕事をした印象はどうでした?とても詳細まで把握しようとしてマイクロマネジメントするタイプか、それとも人に任せるタイプか。要は、部下へどれくらい詳細な指示をする傾向があるかを知りたいんです」


「そうですね、彼は財務とか企業再編には強いから、その領域だと自分で全て理解できるし、自分で手を動かして仕事していました。一方で工場の原価管理については専門分野ではなかったから、基本的には部下に任せていたと思います。でも彼は頭がいいから、部下が言っていることはきっちり理解していたはずですよ」

面談者
「なるほど。では彼は、自分で課題を見つけだして、その改善プロジェクトを自分で組んで、そして最後まで完了させていた?それとも、彼は高みに立って、プロジェクトの推進を部下に任せて、報告に対して指示する役割を担っていたのか」


「自分のプロジェクトであれば、自分自身でリードしていましたね」

PE
「じゃあ、彼はとても細かいタイプ?」


「いやー、彼は自分の責任範囲で、かつ知識があれば、要領よくコントロールできる人だと思いますね」

このあたりで、面談者が求めている人物像がおぼろげに浮かび上がってきた。自分自身で手を動かして汗をかいて仕事をするタイプの人を求めているようだ。ただ、細かすぎるタイプは求めていない。

経営者のチームの中で

面談者
「ところで彼は、経営層の中ではどういう振る舞いでした?自分の責任範囲では、自分で主導的に判断していた?それともお隣に強いCEOがいて、CEOからの指示が欲しいタイプ?」


「彼は強い意見を持っている人。なので、CEOに指示してほしいタイプではなく、自分で判断したがっていましたね」

面談者
「なるほど、彼は自律的に仕事をしていたということね。。。。あと、同僚としてどうでした?彼は好感の持てる付き合いやすい人物ですよね。少なくとも我々はそう思っています。そんな彼が、仕事でストレス下にあった場合には、それでも気楽にやっていける人か、それかそういうときは壁をつくって人を閉ざしてしまうタイプか」


「ご理解されているとおり、彼は親しみやすいタイプですよ。お昼時はよくみんなで楽しく会話しながらランチを食べていました。ただ、仕事で大変な時期は・・、彼からは集中したがっている雰囲気を感じました。だから周囲の人がそれを感じたら、あまり彼には話しかけなかった。でもかといって、彼はイライラして怒ったり、人を非難しはじめるような人間ではなかったですね。とにかくプロフェッショナルな人でしたから」

面談者
「じゃあ、つらくても自己防衛にはしったり、人に厳しく当たったりすることはなかったのね・・・」

会社を辞めた理由

面談者
「会社をやめたときの理由は?」


「それについては会社の内情になるので、お伝えすることはできない領域ですね。何かお伝えできるとするならば・・・、彼は基本的に他の幹部と良い関係を築いていたけれど、自分の意志を強く貫くところがあったから、強い議論をはじめることもあって・・・。まあそれだけ、プロとして職務に忠実ではあった、ということだと思います」

面談者
「分かりました、ありがとうございます。ところで彼は良いネットワークを持っているようですね。彼が転職するときには、いつも前の職場での同僚のツテをつかって、次の会社に転職してきたみたいで。一つの会社であまり長く働くことはなかった。でも、そんな彼が、あなたと一緒に働いていたときは、同じ会社で10年近くも働き続けたんですよね。それについて質問させていただきます。

先ほどご紹介したとおり、我々の会社はPEファンドです。

彼はPEファンドが買収した会社で仕事をした経験があるから、この世界がいかに濃密な仕事っぷりを求められるか、理解していると思います。僅か1~2年の期間でたくさんの成果を生み出さなければいけない。のんびり悠長に構えている時間はない。

我々が彼に期待しているのが、質の良い会社を作りあげること。会社を買って、会社らしく発展させて、それを大きな会社へ売るのが我々のビジネス。だから、そういった会社は将来的にも持続可能な形でなければいけない。

という背景があるから、チャチャッとその場しのぎの対策をしてお化粧して良い感じに見えるようにして、それで大きな会社へ売った後で、実は内情はグチャグチャだった、というようなことはしたくないんです。この業界は信用が第一ですから。だから我々としては、ちゃんと地に足をつけて問題を次々と解決するような人がほしい。彼はそういう仕事の仕方をしてくれると思います?」


「そうですね、僕たちが働いていた会社は、従業員はみんな自分たちの手でダイレクトに仕事をしている感触を持っていました。ライナーはそんな感じの働き方をとても楽しんでましたよ。彼はその会社で10年近くの長い期間働いてましたけど、1年でチャチャッとお化粧直しして去るような人物ではなく、仕事がおもしろいと思ったら、集中してキッチリ取り組むタイプの人ですね」

X社
「なるほど、ありがとう!よく理解できました。いや、素晴らしいインタビューでした。深く感謝します。エクセレント。僕たちは透明性をもって仕事をしたいから、正直な意見を交換したかったんですよ、ありがとう」


「私はちょっと正直すぎましたかね?」

X社
「いえいえ、意見交換としてはすこぶる『一般的な正直さ』でしたよ。お分かりいただけると思いますが、書類から読み取れることって、たかが知れているんです。ドイツでは、リファレンスを書類で提出するときは、その人物があらゆる点で素晴らしいと書かないといけない、とされている。でも、そこに掛かれていることは真実ではない。現実には、人というものはプラスやマイナスの面があり、強みと弱みがある。だから転職するときに大事なことは、その人の人柄や能力の特徴が、その会社にフィットするかどうかに尽きます。だから、その人の特性を理解しなければいけない。今日はその特性をよく理解することができたと思っています。

ありがとう、また会えればいいですね」

試される自分の「ブランド」

どう思われたでしょうか、リファレンス・チェックという制度について。

これって本当によくできた制度だと思う。

たとえば転職しようとしている人が、口だけうまいこと言ってどこかの会社に転職したとしても、そこで悪評が立つような仕事ぶりだったとしよう。

すると、次の転職のときには、こういうリファレンスのインタビューで「あれ?なんかあの人は言ってることと評判が違うぞ?」ということになる。

また、自分としてはこういう強みや弱みがあると思っていても、現実には自己像と周りの人からの見え方って、実はかなり違っていることも多い。だから、企業側は本人から聞いた自己像に基づいて判断するよりも、周りの人に聞いてみた方が意味がある、ということも起こりがち。

ドイツに限らずヨーロッパは全般に「ブランド」を大事にするだけあって、こうやって長年の人生での実績と信頼が試される。よくできた社会だと思う。

インタビューが終わってから1週間ほどして、ライナーからメッセージが届いた。

ライナー
「例の会社から、働きにこないかとオファーを受け取ったよ。キミは僕の売り込みに見事に成功したようだね。感謝するよ」

by 世界の人に聞いてみた

この記事が参加している募集

採用の仕事

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?