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名曲が持つ偶然的必然という普遍性

ポール・マッカートニーが、アルバム『タッグ・オブ・ウォー』のレコーディングをしていた頃のお話。

『タッグ・オブ・ウォー』には、スティービー・ワンダーほか大物ミュージシャンが何人かゲスト参加していたが、そのうちの一人、カール・パーキンスとの間に起こった、ちょっと不思議なエピソードを紹介したい。

最初に断っておくと、この話自体は、もしかしたらビートルマニアの間ではすでに有名な話かもしれない。

「そういえば、そんな話もあったよね」的な、単なるマニア向けトリビア話の一つのように感じるかもしれない。

ところが人生にはときどき、こうしたちょっとしたエピソードが、思いもかけない関係性を紡いで、時を超え、まるで推理小説の伏線回収のように、あれはそういう意味だったんだ、と後から気が付くということがある。

この話も、いま振り返ってみると、最近発売されたビートルズの新曲『ナウ・アンド・ゼン』の真実に光を当てる伏線になっているようにも思うので紹介したいのだ。

ということで話をもどすと、ポールはカール・パーキンスを、カリブ海のモントセラト島のスタジオに招いてレコーディングしていたという。

そのスタジオは、アルバムのプロデューサー、ジョージ・マーティンが所有するスタジオで、収録曲のためにしばらくの間、みなでその島に滞在していたのだ。

そして、いよいよそのセッションの最後の日、翌日には島を去るというタイミングで、カールはふと、前日思い浮かんだという新曲を、ポール夫妻の前で、感謝の意を込めて披露した。

カールは普段、思い浮かんだ曲は忘れないようにメモする習慣があったそうだが、その曲については、なぜか妙にはっきりと曲のイメージが歌詞ごと下りてきたとのことで、特にメモをみることもなく自然に歌えたのだという。

ところが彼がその曲を歌い始めると、その歌詞を聞いたポールは、なぜか突然泣き崩れてしまった。文字通り大粒の涙を浮かべて泣きじゃくり、いったんその場から退席しなければならないほどだった。

カールは突然のことに驚いたが理由がわからず、慌てつつも「泣かせるつもりじゃなかった、申し訳ない」とリンダ(ポールの奥さん)に謝った。

しかしリンダの答えは意外なものだった。

「いいのよ、ありがとうカール。ポールはずっとジョンが亡くなってから一人で頑張ってきたから。一度こんな風に泣き崩れて自分を慰めることも必要だったのよ。でもカール、なんであなたはポールがジョンと交わした最後の会話のことを知っていたの?」

リンダが説明するには、ジョンが凶弾に撃たれて亡くなる前、ポール夫妻は、ジョンの住むニューヨークのダコタ・アパートを訪れていた。そして、その中庭でポールはジョンと二人きりで過ごす機会があったのだという。そのときジョンは、別れ際、ポールに「旧友よ、これから会えなくなっても、ときどき俺のことを思い出してくれよな」と言い残していた。

結果的に、その会話が二人で話すことができた最後の機会になってしまったのだが、リンダが訊いたのは、その二人しか知らないはずの、ジョンがポールに向けた最後の言葉を、なぜカールが知っていたのか?ということだったのだ。

カールはそんな事情は全く知らなかったと驚いたそうだが、彼が歌った曲は、まさに別れゆく旧友に向けたもので、歌詞には偶然、ジョンがポールに残した最後の言葉と同じく ”Think about me every now and then, my old friend.” というフレーズがあったのだという。

何年かのちにリリースされた”マイ・オールド・フレンド My Old Friend”

……このエピソード自体は、僕は以前から知ってはいたが、昨年、ビートルズの新曲が発表されるまですっかり忘れていた。というより、新曲を聴いても、しばらくずっと、最近になるまで、その意味するところに気が付けずにいた。

ダコタ・アパートの中庭で、何気なく旧友に投げかけた別れの言葉。

ジョン自身、まさかそれがポールに対する人生最後の言葉になるとは思っていなかっただろう。

ましてそれが、自分が亡くなった後、二人の共通の友人を通して、一つの楽曲としてポールのもとに届くとは夢にも思っていなかったはずだ。

ビートルズの新曲『ナウ・アンド・ゼン』に関しても、ジョンはその原曲となるデモテープを吹き込んだいたとき、まさかその曲を自分の手で完成させることができなくなる日が来るとは思っていなかっただろう。

まして、自分亡き後、ビートルズの新譜として発表される日が来るとは夢にも思っていなかったはずだ。

もちろん、今となっては、ジョンがこのとき、誰のことを念頭にこの歌詞を書いたのかはわからない。

それでも、最初にそのデモテープを聞いたとき、ポールはきっと、この歌詞のメッセージを自分に向けての最後の言葉と重ね合わせて聞いていたに違いない。

そしてこの曲を僕らが耳にするとき、ジョンにはそのつもりはまったくなかったかもしれないが、個人的な意図を超えて、一つの時代の終わりに別れを告げる老年の寂しさを、ジョンが代弁してくれているように感じてしまうのではないだろうか。

後世に残る名曲は、ときにはそんな偶然の必然が伴っているように思うのだ。



写真撮ったり文章書いたりしてる人です。



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