共依存

 英雄になり損ねた怪物、怪物になり損ねた小心者--すなわち境界例に殺されかけたあの時に引き戻される。

 殺気にすべてを乗っ取られた人間に首を絞められ、そのまま柱の角に頭を延々と打ち付けられ、五十回を過ぎた辺りから数えるのをやめた。抵抗する気力が失せた。どれくらいの時間倒れていたのかは不明だが、とにかく意識を取り戻してふと鏡を見ると、眼球の血管が切れ白目ではなく赤く染まり、全身チアノーゼを起こし、いつかネットで出くわした硫化水素自殺の遺体のような腫れ方と色になっていた。

 うまく動けなかったのもあり、その状態をデジカメで写真だけ撮って身体の色が普通の人程度に戻ってから警察に行くと「この状態の時に来てくれないと」「また何かあったら来てくださいね」と追い払われた。
 「また何かあったら」警察には来られないかも知れないのに。

 友人の家で休ませてもらっていると、実家の親から電話がかかってきた。境界例から内容証明が送られてきたということで取り乱していた。その内容をよく読めば境界例に不利になるはずなのに、そんな騒ぎに巻き込まれた私が悪いことになっていた。

 ほとんどの知り合いと連絡を取らず友人の家に匿ってもらっているうちに、境界例がやったことを私がやったことにされていて、人間関係が破壊し尽くされていた。
 事実を知らせたとしても、境界例の論理の破綻を証明したとしても、印象操作されてしまうとどうしようもないのだ。すべて私のせいなのだ。

 --すべて私のせい。いつもそれで丸く収まる。私だけが我慢すれば誰もが幸せなんだ--

 そう背負い込んでしまう人間を境界例はターゲットにする。徹底的にしゃぶり尽くす。

 巻き込まれないような人間が酔いしれた語り口で境界例を語ることがよくある。目の前の私を辟易させていると気づかずに。

 そういう小さな綻びを見つけるたびに人間不信を拗らせる。

 心がチアノーゼを起こす。

 「普通」が果てしなく遠ざかる。

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