5年前(2015年6月23日)のFB投稿

「多様性」が叫ばれれば叫ばれるほどに「普通」や「常識」の得体の知れなさ、底しれなさに戸惑います。「普通」や「常識」の可変性、柔軟性があらゆるものを一瞬で飲み込んだり排除したりする様が怖いです。
そんな奥行きのある「普通」や「常識」の了見が狭くなり弾力性を失った時にはもう戦争状態に突入していると考えます。
私はほとんど食料を買いに外に出ないので、ある時コンビニでチケット引き換えついでに気まぐれに食べ物のコーナーを見たら、焼きそばパンが見覚えのあるサイズの2/3になっていて、なおかつ値段が前のサイズより高くなっていたことで、あ、コンビニの「普通」が変わってる、と思いました。そして「贅沢は敵だ」「欲しがりません勝つまでは」というワードが頭から離れなくなりました。外ではアカの人が街頭演説をしていましたが、「普通の人」は誰も気に留めていませんでした。
この時にやっと私はもう戦争状態に突入してるんだと悟りました。
「普通」じゃないから在日コリアンにヘイトスピーチを投げつける、「普通」じゃないからナマポナマポと叩く、障害者は「普通」じゃないから産んだ人間に反省しろと迫る、政策としては無策のくせに「産めよ増やせよ」のスローガンだけを連呼する、そして満員電車に乗る妊婦や子連れを「非常識」と叩く。何がしたいってビジョンがないからその場の感情に任せるまま、場の雰囲気だけを考える。そして「絆」というスローガンが非常に使い勝手よく連呼される。
こういった状況を私は「普通」だとはとても思えない。暗い色の背広を着て「普通」だとされない物事に出くわすたびに余裕なく舌打ちする正社員男性だけが「普通」とされる社会になってる。
世界規模のスポーツイベント報道に関わったのはトリノ五輪からなんですが、それから2年ごとにナショナリズム、国威発揚の発露としての機能が増してきて、他国(仮想敵国、ヘイト対象)の選手のファンだったりすると本気で非国民扱いされるような国にいつの間にかなってた。そして自国の選手が結果を出せなかった時にも驚くほど冷たい態度を取る国になってた。東京五輪が決まってからは昭和30年代の東京五輪ではなくて戦争に巻き込まれて中止になった東京五輪の亡霊を追っかける国になってる。
国会で審議されてる安保法案より労働者派遣法案の方が私が今戦わされている「戦争法案」に近いものだと感じてるけど、そもそも私は請負法の範疇の労働をしているから、そこからさえ除け者にされてる。これから起こりうるかもしれない戦争より今起こってる戦争についての対策を優先してほしい。
現代から見て私たちの国が最後に経験した戦争は真珠湾攻撃に始まり玉音放送に終わったものと扱われがちですが、朝ドラウォッチャーとしてこの認識に楔を打ってきたのが「カーネーション」で、玉音放送を聞いた後に主人公のナレーションで「これで10年以上続いた戦争が終わりました」というようなことをしれっと言うんです。10年以上?と思って調べたら、満州事変とかそこらへんで断続的にずっと戦争やってたと当時の庶民は捉えていたようなんです。よくよく考えると祖父が5年かけて満州から南下して金門島に渡ったところで敗戦を知ったらしいので、期間としては真珠湾攻撃前に戦争に駆り出されてるわけです。いよいよ外交でどうにもならなくなったのが真珠湾攻撃以後という感じだったらしいので、私が今感じているのは真珠湾攻撃以前の戦争状態なのか、それと違う形の戦争突入なのかはよくわからない。違う形だとしたら、戦う相手を簡単に資本主義と言い切っていいものなのかもわからない。
今わかるのは、とにかく私たちの国から余裕がなくなり、「普通」ではなくなった「普通」を押し付けられる戦争に突入しているということだけだ。

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