「弔うために生きよ」

 文庫本を閉じる前と同じ教室
 聖パウロは今日も回心している
 マスールのベールと同じ空
 幼稚園児は今日も散歩している

 生まれて初めて焦点が合った
 違和感なく世界を見た
 眼前から色が消えた
 鱗が落ちた
 
 本来
 私の世界には色がなかった
 周囲の求めに応じるがまま
 無理やり着色させただけだった

 よるべない世界は総天然色
 私の居場所はセピアカラー
 この街の気配

 丸裸になった木が寒風に晒される
 「わかった」という声がこだまする

 降りそうで降らない雨
 聖書に隠され読まれた本

 聖パウロに聞こえた声
 私に聞こえた声

 十八歳の晩秋
 もはや逃げることはできなかった
 涙の一つも溢れなかった

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