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ジャズ・アルバムのライナーノーツ(7)『エマージェンシー!/トニー・ウィリアムス』

ジャズ・アルバムのライナー蔵出し、今日はトニー・ウィリアムス・ライフタイムの『エマージェンシー!』です。1997年に書いた古文書です。

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トニー・ウィリアムス /エマージェンシー!
                  

 トニー・ウィリアムスが、「ジャズのリズム」そのものを根底から変革してしまった天才だった、ということは、今さら指摘するまでもない厳然たる事実だ。ジャズ・シーンに彗星のごとく現れて、あっという間にマイルスのグループに抜擢され、弱冠17歳にしてマイルスの音楽をがらっと新しいものにしてしまったトニーの登場ほど、ジャズ史上で鮮烈な「天才」のドラマは他にないのではないか。現在の段階で音だけを聴くと、『フォア・アンド・モア』や『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』で18歳の少年が、『ネフェルティティ』や『ソーサラー』では21歳の若者がドラムスを演奏している、ということを、聴き手はほとんど意識していないのだと思う。しかし、リアルタイムでマイルス・バンドの生演奏に接した当時の聴き手にとっては、マイルスからすればほとんど子供でしかない細身で童顔の少年の身体から、ああいう常軌を逸したリズムが発信され、音楽の「場」を支配し尽くしてしまうさまをこの目の耳で体験してしまった、という驚きは、今われわれが想像する以上に大きかったのではないのだろうか。60年代ジャズを同時代的に体験していない聴き手としてのやっかみも込めてつくづく思う、トニーにとって、そしてジャズ全体にとって、60年代のジャズは「青春の音楽」だったのだ、と。

 マイルス・バンドを脱退したトニーが、自己のグループ「ライフタイム」を結成し、この『エマージェンシー!』を録音したのは69年のこと。キャリア、実力、シーンに与えるインパクトのどれをとっても、この時点でトニーはもはや押しも押されぬナンバー・ワン・ドラマーだったわけだが、ここで聴かれるサウンドは「ジャズ界随一の大物ドラマー」の音楽であるというよりも、23歳の若いミュージシャンが、その時点で最も演奏したかった音楽を、若さにまかせておもいっきり奔放にぶちかましたものだ、と捉える方が自然なのだ、と僕は思う。60年代後半から盛り上がり、69年にそのピークを迎えたロック・ミュージックの大変革は、まさしくトニーの世代にあたるミュージシャンたちが中心となって発生・展開していったムーヴメントだ。ジミ・ヘンドリックス、エリック・クラプトン、ジェフ・ベック、ジミー・ペイジ、ロバート・フリップ、ニール・ヤングなどなど、この時期に名声を確立した「ロックの巨人」たちのほとんどが、1940年代半ばの生まれなのだ。

いくら60年代のジャズが、現在に比べて相対的に「若い」音楽だったといえ、その中でも極端に若い年齢層に属するトニーにとって、自分と同世代のロック・ミュージシャンたちが矢継ぎ早にクリエイトするきわめて刺激的なサウンドのインパクトは、自らが日々演奏している「ジャズ」という音楽の枠組みそのものをゆるがすほどに強く、切実なものであったに違いない。「世代」ということを考えると、トニーより二十も年上のマイルスが、同時代のロックやソウル・ミュージックに深い関心を示し、ついには自分の音楽を「いわゆるジャズ」から離陸させてしまったことは、いかにマイルスがラディカルなミュージシャンであるかの証明になるわけだが、ある意味できわめて慎重で頭脳的なマイルスのアプローチは、トニーにとっては「切実さ」が足りないものだったのではないか。『エマージェンシー!』でわれわれが耳にする、圧倒的な速度と強度を帯び、ただならぬ切迫感がひしひしと伝わってくる音楽を聴くと、この時点でトニーが感じていた危機意識の強さが理解できるように思える。そう、まさしくこれは「緊急事態」の音楽そのものなのだ。

 トニーから電話を受けて、単身イギリスから渡米してきたジョン・マクラフリン(1942年生まれ)は、60年代のロンドンで、ジャズ・ブルース・R&B・トラッドなどのさまざまな音楽が複雑にミックスされて化学変化を起こし、その結果としての「新しいロック」が次々に誕生していった、まさにその現場にいたギタリストだ。きわめて大ざっぱにまとめてしまえば、「コルトレーン・ライクなフレーズをハード・ロックのマナーで弾く」と要約できるこのころのマクラフリンのプレイは、音量・音質・リズムの点ではロックが、インプロヴィゼイションやインタープレイの質という点ではコルトレーン〜フリー・ジャズが、それぞれ60年代後期に獲得した先鋭的な「エッジ」を兼ね備えているものだった。それは、ライフタイムを結成するにあたってトニーが描いたヴィジョンを理想的なかたちで具現化したサウンドだったと言えるだろう。ラリー・ヤング(1940年生まれ)もまた、オルガンというファンキーでアーシーなイメージを色濃く持つ楽器で、コルトレーン的なフレーズを弾きまくる、ある種「異端」の存在だった。まったく異なった出自を持ちつつ、「コルトレーン」というキーワードで共通するマクラフリンとヤングが、圧倒的なパワーとテクニックで挑発するトニーのドラミングに煽られて暴走する『エマージェンシー!』の音楽は、おそらくトニーの輝かしいキャリアの中でも「スリリングな切迫感」という点では屈指のものだろう。全体的にひずんだ、通常の判断基準ではかなりひどい録音状態ですらが、ここでは音楽のざらざらとした手触りを、さらに「リアル」にきわだたせている。

 (OCTOBER,1997 村井康司)

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