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#23 新たなる風に吹かれよう

今でこそスピリチュアルの聖地として有名なセドナですが、私が旅をしていた当初はまだアメリカでもごく限られたニューエイジの人たちにしか名前が知られていませんでした。これを読んで、雨上がりのセドナの街を懐かしく思い出しました。


私達は、フェニックス(Phoenix)の空港にいた。美紀ちゃんと和田は、ラスベガスに寄ってグランドキャニオンを眺めてから日本に帰るということだった。あっという間の3日間だった。何をしてあげられたわけでもなかった。本当に、なんの観光もしてあげられなかった。アメリカらしいものを見せてあげられたわけでもなかった。

空港のハンバーガーショップで、私はすまない思いと日本までの無事を祈る気持ちとを言葉に出来ないでいた。

食事を済ませると彼女達は、小さなギフトショップを見てくると言って席を立った。私は連日の夜更かしで、あまり頭が冴えていなかった。今日から再び東に向かう。居眠り運転などしないように、後で濃い目のコーヒーでも買っていこう。今日の目的地であるセドナ(Sedona)は、それほど遠いところにあるわけではなかった。半日もあれば余裕で到着だ。のんびり行こう。そうすれば事故にも遭うまい。それにしても、ちょっと行ってくると言ったわりに、彼女達は遅いな。もうそろそろ機内に乗り込む時間じゃないだろうか。

ギフトショップに探しに行こうと思ったところに、二人が店から出てきた。出発時間は何時なの? まだ間に合うの?

美紀ちゃんが飛行機のチケットを見て、出発時間を確認する。そして、腕時計を見た。あと10分あると言う。え、あと10分!? もうとっくに飛行機に乗り込む時間じゃないか!急いでゲートまで行かないと!

「それじゃあ、日本でね! 気をつけてね!」

大急ぎでさよならを言うと、二人はバタバタと走り去っていった。セキュリティゲートを通るときにも、スタッフの人に急げと言われているようだった。慌てて二人が左へ曲がると、彼女達の姿は見えなくなった。

さー、また一人旅が始まるぞ。

私はくるりと見えなくなった彼女達に背を向けた。これから二人で旅をする彼女達が心配でもあったが、私は進むしかなかった。車へ戻って、トランクを開ける。4日前と同じように、私一人分の荷物が積まれている。後部座席も、4日前と同じようにガラクタがならんでいる。道を間違えてぐるぐると高速道路を回ったことや、ステーキハウスでは食事前にカウンターでカクテルを飲んだことや、車の窓から街に落ちる稲妻を見たこと。他愛もない記憶の欠片が、車の室内のあちこちに散らばっているような気がした。

彼女達は日本の風を運んできてくれたんだ。今また、私はアメリカの風に吹かれようとしている。寂しくはなかった。ただ、彼女達と過ごした3日間が、私を新鮮に蘇らせ、新たに自信を与えてくれた。私は夢の一部を実行中なんだ。やろうと思ったこと、一生かけたって全部やるぞ。

エンジンをかける。アクセルを踏むと、再び東へ向かう旅が始まった。

フェニックスからセドナ(Sedona)までは、約186km。ひたすら I-17(Interstate 17)号を東に走る。州によって(もしくは郡によって)、道路のコンディションは変わるものだが、セドナ付近の道路はとても滑らかで、黒々としていた。以前、ホテルのフロントに「セドナってどんなところ?」と聞いてみたところ、「とにかく紅い岩しかないところだよ」という答えが返ってきたことがあった。今、私が目にしている景色は、まさに紅い岩、それもとてつもなく巨大な紅い岩が遠方に見えるという、それだった。

シトシトと雨が降っていた。ワイパー越しに見えるレッドロックは、霧に霞んでいる。低く立ち込めた雲の狭間に見え隠れする姿が、いかにも神秘的だった。街の入り口にビジターセンターがある。ここで宿の情報を仕入れるとしよう。

思ったよりも雨脚が強かったみたい。ちょっと外へ出ただけなのに、私の髪の毛はすっかり塗れてしまっていた。
ビジターセンターには、この辺りの情報のパンフレットがたくさん置いてある。眺めると、『スピリチュアル体験ツアー』とか『霊視します』とか『占いの館』とか、怪しげなパンフレットで埋め尽くされていた。

ちょっと待って。セドナって名前、どこかで聞いたことがあると思ったら、前に旅行雑誌の特集になったところなんだったっけ。ほら、アメリカンインディアンのストーンサークルでパワーを感じるとか霊的体験とか…。そうだ、ここは "パワーの地" として全米のニューエイジ中心に広まりつつあるスピリチュアルスポットなんだった!

私はアメリカンインディアンが呪術に使っていたといわれている、ストーンサークルに関するブローシャを集めるとザックに詰めた。

人の集まるセドナでは、宿の価格も安くはなかった。今週末はジャズフェスティバルも催されるということで、どこのモーテルも週末の料金を値上げする傾向にあった。そんな…そんなにお金ないよ。

「じゃあ、この建物の裏に建っているあのモーテルはどうかしら。あそこは街から遠いし、それほど高くはないと思うわ。」

親切なスタッフに勧められ、私は隣のモーテルのフロントまで出かける。フロントには、老眼鏡をかけたおじいさんが、雑誌を読みふけっていた。あの、今夜と明晩の宿を探しているんですが、おいくらくらいになるのでしょう。

「明後日からジャズフェスティバルだからね、混むんだよ。今夜は55ドルでいいけど、明日は95ドルもらうよ。」

ろれつの回らない口調でおじいさんが答える。さ、酒臭いぃーーー
私はすぐさまビジターセンターへ引き返した。ちょっと、あそこは安全なモーテルなんでしょうね。おじいさんったらお酒臭かったよ!

「そこがあのモーテルの問題なのよ! 聞いたでしょ、ジム!!」

もう一人の男性スタッフに女性スタッフが食って掛かる。うわー、私もしかして、チクリヤロー??

「大丈夫、あそこは安全なモーテルなのよ。でも、95ドルとは高すぎるわね。値段交渉をしてみたらどうかしら。今ならそれが出来ると思うわ。あ、でも、値段交渉をしろって言われたなんて言ってはだめよ。いい?」

わかったよ、あなたを信じるよ。
私は再び酒臭いおじいさんのいるフロントへと向かった。

「お、また来たかね。日本人のお嬢さん」

ここに泊まろうかなって思うんだけどね、95ドルは高いから、もっと安くなったら泊まろうと思うんだ。そうでなければ別のところにいく。

「いくらならいいんだね?」

一瞬、戸惑った。実は、私は値引き交渉が大の苦手なのだ。そんな面倒な交渉をするくらいなら、お金を払ってしまいたくなる。しかし、それほどお金のあるわけじゃないんだ。このままこんな金額のモーテルがずっと続けば、近いうちに間違いなく破産する。でも、一体いくらって言ったらいいんだ?安すぎた金額を提示したら、帰れって言われるだろうし…。あー、わからないわからないわからない。

「な、ななじゅう......いや、ハ、80ドルではどうでしょう?」

「90ドル」

「じゃ、85ドル。」

「……あんたは悪魔だよ。わかった、85ドルで手を打とう。」

やった!ハンマープライス!しかし、おじいさんは酒臭い息でいつまでも、「まったく悪魔だよ」とぶつぶつ呟いていた。

ビジターセンターとモーテルを行ったり来りしたおかげで、すっかりびしょ濡れになってしまった。私は荷物を部屋へ移動すると、フロントから宿泊者サービスの熱いコーヒーを持ってきた。服も乾いて落ち着いた頃、雨が上がった。

周辺を散策しようと外へ出る。すると目の前で、レッドロックに立ち込めていた雲が、今まさに晴れ渡るという情景に出くわした。徐々に猛々しいレッドロックの姿が現れる。夕日に当たった崖の部分が更に紅く、まるで燃えているようだった。

明日はいいお天気に違いない。大きく伸びをする。雨上がりの、濡れたアスファルトの匂いの湿った空気をめいっぱい吸い込んだ。

早く明日になぁれ。

(つづく)


「やりたいこと、一生かけたって全部やるぞ」と書いたことすら忘れていましたが、今でも ”やりたいことは全部やる” の精神が失われていないもんだなぁとブレていない自分を確認してしまいました。いや、あの頃より ”やりたいこと” は具体的かつ詳細にイメージしているかも。あの頃と違うのは情熱かな。

あの頃の私にとって「やりたいこと」というのはまだまだふわふわしていて、そのくせ大きなことへの挑戦のような気がしていました。だから、情熱が必要でした。今は、やりたいことはもっと具体的になって、具体的であるがこそ次の一手もその次の一手も詳細にわかる代わりに、あの時のようなやみくもな情熱ではなく、実現することへの期待感のようなものを抱くようになりました。

次回はセドナでのスピリチュアル体験!?の巻です。よろしくお願い致します。

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