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見落としている当たり前の中にある価値に気づいて感謝する

ヒーズ株式会社の岩井徹朗です。

食卓縁起という言葉。

食卓でいただく料理の素材一つをとっても、それを作る人、運ぶ人、売る人や調理する人など、様々な人の努力や思いやご縁があって初めて、我々は口にすることができます。だから、食べる前に感謝をこめて「いただきます」と言う流れにつながります。

この話を聞いた時、「なるほど」と思いました。同時に「これは何も食卓に限らない」ということにも気づきました。

メーカーで作る商品であれば、その原材料を作る会社が不可欠。また、自社でその商品を運搬するのでなければ、物流会社の手を借りなければなりません。

一方、その商品を世の中に知ってもらうために、広告宣伝を行う場合、コピーライターやデザイナーの助けが必要な場合もあります。

私はこの記事をノートパソコンで書いていますが、このノートパソコンを私が手にするまでには、何百人、何千人という人の助けがあってのことです。

このように考えると、このように便利な機械を使えること自体、たいへん有り難いことです。

商品のように形があるものなら、比較的分かりやすいかもしれません。けれども、形のないサービスだって同じことです。

ある会社を訪問した時のこと。

打合せスペースに案内されたのですが、机の上を見てびっくり。その机の色が黒かったせいもあるのでしょうが、前に使った人の手垢なのか、脂のあとなのかは分かりませんが、その痕跡がたくさん残っていたのです。

場所は都心の一等地にあり、お家賃もそれなりにするところ。椅子や机などの備品類もそれなりのクオリティのものがあります。

でも、そのおしゃれな机の上が・・・。

たまたま通された会議室だけがそうだったのかは分かりません。また、その会議室の清掃をその会社がやるのか、貸主の管理会社がやるのか、その役割分担は分かりません。

いずれにせよ、事実としては、明らかに前の人が使ったままの会議室だったのです。

振り返ってみると、弊社が使っているオフィスでは、打合せが終わるたびに、管理会社のスタッフの方が机の上を綺麗に拭いてくれます。おそらく月々の家賃からすると、弊社のオフィスよりお伺いした会社のオフィスの方が数倍は高いはずです。しかし、清潔さから言えば、大きな違いです。

井の中の蛙ではありませんが、他を知らないと、自分のところでやっていることを当たり前と感じて特段感謝の気持ちが生まれてきません。けれども、実はその「当たり前」のことは「有り難い」ことかもしれないということを改めて感じました。

食卓縁起ならぬ商品(サービス)縁起

自社の商品のみならず、自分が日頃接している商品やサービスに思いをはせて、その有難みを噛みしめてみる。

ご縁を当たり前として、ほとんど感謝しないのは成長が止まる人、ご縁を有り難いものとして、感謝につなげるのが成長し続ける人。

これからは見落としてがちな価値に気づいたものが勝ちにつながる時代です。

なお、自分が見落としているかもしれない自分の価値を見つけたい方は「こちら」がお役に立ちます。
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