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他者基準で行動している限り、仕事も遊びも中途半端で終わる:みずほ銀行に勤めている◯年前の私へ(西新宿支店編10)

『よく働き、よく遊べ』を実現するには、体力に加えて、『本当は何をやりたいのか』の言語化が必要である

2ヵ店目である西新宿支店で働いていた時、年齢的には20代後半。振り返ってみると、体力的には一番あった時期だったと思います。

実際同期の中には、平日は毎日忙しく働いているにも関わらず、冬場は土日になるとクルマでスキー場へ行き、また月曜日から一生懸命仕事に励むという人もいました。

よく働き、よく遊べ」という感じでしょうか。

私はスキーは苦手だったので、一緒には行かなかったのですが、その分何か遊んでいたかと言えば、あまり遊んだという記憶もありません。仕事は自分なりに頑張っていたつもりですが、いわゆるメリハリはなかったように思います。

何かやりたいことがあって、日々忙しくしている場合と、特にやりたいこともなく、日々忙しくいる場合。

より充実感があるのは前者であることは言うまでもありません。

目標が自分で決めたものなのか、会社や上司など自分以外が決めたものなのかでは、仕事に対する取り組み姿勢も自ずと変わってきます。

サラリーマンなど宮仕えの立場では、会社から任された仕事をやるというケースがほとんどです。けれども、その際、自分の中で

「この仕事を通して、こういうスキルを身につけよう」
「この経験を積んだら、こんなことにも活かせそうだ」

というマインドを持って仕事をするのか

「この仕事をこなしたら、給料が上がるかも」
「この経験を積んだら、次は課長になれそうだ」

と思いながら仕事と向き合うのかでは、3年も経つと、大きな開きが生まれます。

会社や他人による評価をベースにしている場合、そこには何らかの期待があります。しかしながら、他者基準で行動している場合、自分ではコントロールできないことが必ず起こります

「この仕事をこなしたら、給料が上がるかも」→結果的に給料は変わらなかった
「この経験を積んだら、次は課長になれそうだ」→課長に昇格できなかった

という期待外れはあります。

期待外れは落胆を生み、時には評価してくなかった会社や上司に対して恨みが発生するかもしれません。そして、他者基準で行動している場合、なにかしら他者に振り回されるという状況は変わりません。

一方で、自分として何かやりたいことがあって、仕事に取り組んでいるのであれば、他者基準に振り回される部分を少しは減らすことができます。

そして、その「何かやりたいこと」は必ずしも、仕事に関係することでなくてもOKです。西新宿時代の同期のように「毎週末はスキーに行って思いっきり滑る」でも良いのではと思います。

なお、一生懸命努力して頑張っているのに、ビジネスで思ったような成果が手に入れられない場合、その根本原因を知ることが現状突破の近道になります。

自分が本当は何をやりたのかが自分として自覚できると、仕事にメリハリが生まれ、より納得感のいく毎日が送れます

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