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ティール組織の本質(実質的要件)

私のコーチングクライアントであり、日本初のティール型弁護士事務所を創業された山本さんとの対話で気づきを得たティール組織の本質に関する考察について記す記事です。

ティール組織には実質的要件がある

ティール組織の本質とは何か。ティール組織の要件は存在目的・自主経営・全体性の3つと言われるが、これらはティール組織が備えている形式的な要件に過ぎない。

つまり上記の制度を備えればティール組織と言えるのではない。これらの要件は、ティール組織の実質的要件から湧出している要素に過ぎないのである。

ティール組織の実質的要件とは何か。それは”数ある選択肢の中で、最も適切な(深い)選択ができること”である。

”数ある選択肢の中で、最も適切な(深い)選択ができること”とは何か。まず全ての段階(レッド・アンバー・オレンジ・グリーン・ティール)の価値観は、”それぞれの部分的な正しさ”を内包する、尊重すべき視点として包容することである。その上で、当該状況に応じて適切な判断を模索する態度のことだ。

我々の発達段階は、平素何となくの重心はあれど基本的には瞬間瞬間に変わっていくもの。人間はずっと聖人君子でいる必要はない。時にはワガママな欲求に基づいて動くこともある。時には周囲に迎合することもある。それが人間であり、それぞれの視点が尊重すべきものであることを熟知していること、これがティール組織が内包する実質的要件の一つだろう。

実は上記のリアリティは、グリーン段階でも感得できるリアリティ。ティールのもう一歩深い所以は、発達段階毎の”正しさ”を包容しながらも、さりながら状況・状況に応じて最も適切で高尚な判断を積み上げることを意図的に志向していくということである。これを組織的に実践する内面が機能していることが、ティール組織が内包する実質的要件のもう一つだろう。

ところでティール型の限界とは?

ティール組織の実質的要件について上記のように簡単に触れたが、ついでとしてティールの限界についても言及しておきたい。

発達段階は、考察しようとする段階の上下を濃密に経験すると理解が深まる。ティールで言えば一つ下のグリーンと一つ上のターコイズだ。グリーンは多様な価値観にひらかれているけれど、より適切な(深い)判断を志向はしない段階。ターコイズは高尚な存在目的を生きるが、そのような生き方を望む自我の相対化を終えており、その実現自体にはこだわらない内面が構築されている段階である。その間がティールと考えればよいだろう。

ティールは多様な価値観を包摂しながら(社会正義などを希求する)存在目的に照らして適切な判断に自らを、周囲を誘う。そしてその存在目的を是非とも成就したいという願望に燃える。そして、願望にとらわれることになる。その願望への囚われは独善となって、時に暴走を繰り返し、組織が自壊することにつながる。

実はティールとはまだ浅はかなところがあるのだ。上記のような囚われから抜け出ていくプロセスにおいては、重要な一つのことに気づく必要がある。

ティール段階の知性が希求する、社会正義の実現などをうたう存在目的に照らした時、我々が個体として成しうることの程度はしれている。なぜか。我々はせいぜい80年程度の生涯で、それを実践することしか許されていないからである。ティール段階の知性が希求するのは次世代にまでつながる社会正義である。しかしその実践者である主体の生命はあまりに短く、及ぼすことができる影響は軽微なものに過ぎないのである。このことを透徹して見つめることができれば、深い謙虚な心持ちが形成されるものだ。

ティール段階からターコイズ段階に移行する時に、「生きるとは何か?」という考え方がある意味微妙に、ある意味根本的に変容していく。

高邁な理想を抱いて生きることは素晴らしい。でも、さらに大事なことは、その志を胸に、一瞬・一瞬を味わって生きることではないか。一瞬・一瞬がその志を実践する機会なのではないか、と思いいたるのである。

発達理論の深淵なパラドックス

上述した内容を鑑みる中で、私は発達理論の中に内包されている深淵なパラドックスに気づかざるを得なかった。

ターコイズ以降は、個人の人生や特定の文化を超える価値を視野に入れて生きていく傾向が深まるように思う。ターコイズ段階の自我は、長大な時間と空間を視野に入れていく。

一方、そのような視座を持ち得た個人の生き方はどうか?その視座とは対照的に”いま・ここ”を生きる傾向が強まっていくと思う。人類の進化、社会の進化とは”いま・ここ”を、高尚な意図を持って生きる連続だと知るのである。

もちろん、ターコイズ段階も段階特有の呪縛から逃れようがない。ターコイズの肩の力が抜けた在り方は確かにティールよりもより深い。しかし、ターコイズ段階は達観へのとらわれが顕著になりかねないとも思う。せっかく束の間の期間娑婆にいるのだから、存分に自我を堪能する無邪気さを持ちたいものだ。

このように、我々はだんだんと精妙になっていく自律性と関係性の往還により発達していく。自律性を軸にすればティールはオレンジの成熟であり、オレンジはレッドの成熟した姿である。関係性を軸にすればターコイズはグリーンの成熟であり、グリーンはアンバーの成熟した姿である。

このプロセスに終わりはない。

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