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【アゼルバイジャン暮らしの日記】さようならに思う。

2024年1月11日

鏡開きなので、夫の朝食に、秘蔵の懐中しるこを出した。お餅も足して。彼は甘いものが好きなので、うれしそう。もうお正月気分も終わりだね、と私が言うと、今年はそもそもあまり祝祭感がなかったね、と。まさにその通り。

出勤する夫を見送って、昨晩から仕込んでおいた、パンドカンパーニュの種を焼き上げる。すごく久しぶりに焼いたので、なんだか勝手が掴めず、少し過発酵気味で、クープがあまり開かなかった。You Tubeで見た、切り込みにバターをのせる方法を試したけれど、パン生地の大きさに対してバターの量が多すぎたのかもしれない。焼いたのは、干した無花果を入れた素朴なパン。今日はドライイーストを使ったけれど、酵母も起こしもまた始めよう。アゼルバイジャン産の干し葡萄を使って、種を起こすのもきっといい。

薄くスライスして、ラブネというクリームチーズを乗せて食べるのが好き。

私はベイキング(ケーキとかクッキーとか)が壊滅的に苦手なのだけれど、なぜかパン焼きとは相性がいい。菓子を焼く科学の実験的な要素よりも、動物を観察してなだめてやるような感覚が性に合っているのだと思う。生地の手触りを感じて、水分量を微調整したり、イーストの様子を見て、発酵時間や温度を調節したりするのが楽しい。しかしそれにはある程度連続して定期的にパンを焼く習慣が必要で、私は実はそんなにパンを食べないし、夫は日本風の白くてふわふわのパンが好きなので、せっせと近所にお裾分けをする。ちょうど、近所のわれわれの気に入っていたフランス風の田舎パンを焼く(しかもオーガニック)パン屋さんがつぶれてしまったので、私の多少不格好なパンも、古風などっしりとしたパンを愛するフランス人とトルコ人のお友だちに歓迎されている。

ちょうど近所に、石臼挽きのオーガニック栽培の小麦を売っているお店があって、また、ライ麦や古代麦、そば粉や米粉も手に入るので、素朴な粉の味を楽しむようなパンを焼くのが楽しい。このお店の小麦粉は、1kgづつ布袋に入って売られていて、その空いた袋は焼いたパンをしまっておくのに好都合だ。ささやかで、楽しい家事。

そして、毎週木曜日は、編みもの会。街のいつものカフェに集まって、お友だちみんなで朝食やコーヒーを楽しみながら、編みものをしたりおしゃべりをしたりする。ブラジル人のマルシアと、エクアドル人のマグースと私の3人で始めた集まり。この会の起源を思い出すと、今でもなんだか泣きそうになるくらい胸が温かくなる。やっとパンデミックが終わって、外出が自由になった頃。マルシアが郊外にある大きな毛糸店を紹介してくれると言うので、初めて3人で出かけた。クラフトの話に始まって、私たちは道すがらいろいろな話をした。これまで暮らした国や暮らしのこと、バクーでの生活のこと。気が合うというのはまさにこのことで、すっかり打ち解けて別れ難くて、お昼ごはんを一緒に食べながらさらに話をした。人生のこと、これからの夢のこと…。それから私たちは、週に一度集まって、一緒に編み物をすることにした。その輪は少しずつ大きくなって、今は毎回8人ぐらいが集まる。

一緒に手を動かすのは楽しい。

この出会いを振り返って、ある時マグースがそっと話してくれたことがある。実は私たちのこの友情が始まる前、コロナ禍の影響もあって、越してきたバクーで信頼できる人間関係を築けないまま、ずっと孤独で悩んでいたのだと言う。私たちが出会ったその前の夜に、ふと思い立って、眠る前のお布団の中でマリア様に祈ったのだって。私に、友だちをください、と。「そして現れたのがあなた達よ。私は幸せ。」と彼女はちょっと冗談めかして言う。マルシアがすかさず、私たちふたりをぎゅっと抱きしめて、ありがとう、と言った。とても温かい。私の言葉は、ちょっと涙声になっちゃった。

今はオーストラリアに行ってしまったマルシアと、アメリカのセドナにいるマグース。時差が大きいのでなかなか通話はできないけれど、せっせとメッセージを送り合う、同じ街に住んでいた時みたいに。

そして今日は、リンを見送った。モンゴルの小さな町で新生活を始めるという。オランダ人のリンとは、私もオランダで長く暮らしたことから意気投合して知り合ったけれど、オランダらしい合理的ではっきりとした物言いのすかっとした性格と、彼女のルーツであるアジア的な価値観への理解も深くて、一緒にいて本当に楽しい人だ。芸術に関する造詣も深くて、話題は尽きない。年齢も近くて風貌のなんだか似ている私たち、双子なんだよ、と冗談を言ったりしてよく笑った。本当にそんなふうに、繋がっている感覚がある友人。身体は離れ離れになるけれど、私はこの友情は一生の宝だと思っていて、私たちは次にまた世界のどこかで楽しく再会するのだ。だから私たちは笑って手を振って、しばし別れる。

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