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シンガポール珍道中1|珍道中の始まり

独裁者の権力乱用による恣意的独裁ではなく、一般国民の政治参加を厳しく制限した一握りの富裕権力者の法依主義による金融独裁体制下で経済発展を最優先している国が現在のシンガポールです。

国土面積は世界196か国中176位で約700㎢。シンガポールは資源の無い狭小な国であるにもかかわらず、2023年のGDPの世界ランキングは、前年の37位から南アフリカ、エジプト、マレーシア、オーストリア、アラブ首長国連邦、ナイジェリアを抜いて30位に上がりました。その額は$5,155億で日本の$4兆4,097億の12%にあたります。人口は585万人ですから、1億2,570万人の日本の4.6%で国民一人当たりの生産能力は日本の約3倍ということになります。2022年一人当たり実質GDP世界ランキングでは、日本35位に対してシンガポールは2位でした。(笑)

出典:グラフで見る世界の統計 Graph To Chart

こんばんは、良仁です。仕事で二週間ほどシンガポールとマレーシアへ行ってました。元々マレーシアの一州だったシンガポール、北のジョホール海峡と南のシンガポール海峡で区切られた小国は半世紀近く前から埋め立てによって土地を増やし都市化計画を進めた結果、世界で最もスマートなテクノロジー都市国家と呼ばれるまでに発展しました。

近年、英国エコノミストはシンガポールを最も住みやすい都市として格付けしていることは知られていますが、はてさて、私に言わせると、仕事で会う多くのビジネスマンの思考パターンが、AI的というか、コンピューター的というか、左脳的というか、論理一辺倒というか、要するに人間らしさとかハチャメチャがなくて心地悪いのである。(笑) 

古い付き合いの連中と語り合いながら昔のシンガポールの思い出が懐かしく蘇りました。

シンガポール珍道中1|珍道中の始まり

私が初めてシンガポールへ行ったのは、20代前半、今から四十年ほど前でしょうか、チャンギ国際空港が、今の姿からは想像もできないほど小さな小さな空港で、出口がまるで日本の田舎の改札口のように木製の柵で囲まれていた時代です。

私を可愛がってくださっていた社長さんに頼まれてある物をシンガポールの会社に届けに行きました。ちょうどラッフルズホテルが建替えられる前で、建て替わる前に泊っておきなさいという社長さんのご厚意で、当時は日本人の宿泊は難しかったラッフルズホテルのプレジデントルームに泊まらせていただきました。

プレジデントルームはラッフルズホテルの中でも最高の部屋で入口のドアには宿泊した有名人の金色のネームプレートが表示されたバカでかい部屋でした。有名人の名前をど忘れしましたがドアの前で撮ってもらった写真があるのでアルバムを見たら思い出します。いやですね、年を取る毎に記憶が飛んでゆきます。(笑)

本館から回廊で繋がって蘭が咲く広くて美しい庭の一角に一軒家のように立っていたのですが、夜になると、ドアまでの回廊の天井や壁のあちこちにヤモリがいっぱい。爬虫類が苦手な人は大変です。(笑)


今日はここまで。これだけ読めば、良い思い出話だとお思いでしょうね。ところが、すんなりラッフルズホテルへ行き着いたわけではなく空港に着いた途端から珍道中だったんです。(笑)

何回かに分けて、まだ都市化する前の植民地文化が残っていたシンガポールで私が経験した面白い話を、束の間の恋やスラムでの活劇も含めて珍道中噺として話したいと思っています。(笑)

ところで、

みんなの記事が面白いですね。そうですか、竜人は鯖の棒寿司が好きで、幸子さんは鯖の棒寿司をお作りになるのですか。へえ、実は、昔、新聞にも載ったのですが、元々関西の某料亭の料理だった透き通った酢昆布をのせた鯖の棒寿司を「バッテラ」として神戸元町で流行らせたのは私の母親の兄にあたる叔父なんです。その叔父が海軍の将校だった時の御付きの水兵さんが羊羹で有名な赤坂虎屋の息子さんだったそうです。(笑) 世の中面白いですね。

それと、留美さん、なるほど、宿命・運命は不変、人生は可変。見事な調和です。恐れ入りました。後ほど私も自分の記事を見直さなければいけません。(笑) そうですね。幸せとは受け入れることです。幸せとは他との調和です。留美さんの思慮深さにはいつも驚かされます。ご教示ありがとうございます。(笑) 

シンガポール珍道中2


エムケイコンサルティング 良仁