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大衆和牛酒場コンロ家 飯田橋店

◆飯田橋駅から
①〈徒歩〉…5分
②〈全力疾走〉…2分
③〈その日は雨が降っていた。どんよりとした灰色の雲をよく覚えている。傘と背中の赤がその風景の中でよく映えていたのだ。私の1㍍ほど前を歩き、水溜まりに勢いよく足を入れ、それはそれは楽しそうにしていたように思う。最初に思い出したのは、いつかのそんな風景。

彼女は私と違い友達の多い子だった。活発で、分け隔てなく一瞬で笑顔を作る才能に嫉妬し、やがて惹かれた。人と笑顔に囲まれる彼女を、いつも教室の隅から見ていた。

帰り道は彼女と同じ道を、後ろ姿を眺めて歩いた。彼女は時折振り返り、私を見つけると目を細め、名前を呼んでくれた。
「一緒に帰ろ」
その一言に胸を弾ませ、しかし幼い私はいつも帽子を深く被り、それに俯いて返した。だが、そんな私を意にも介さず隣に並ぶ彼女を、彼女と歩いた風景を、私は今も鮮明に覚えている。

きっと私にとっての6年間とは、主に学校からの帰り道と言っても差し支えの無いように思う。事実、思い出せるのもほとんどが家と学校の間、代わり映えのしない通学路だ。これを初恋と呼ぶには少し幼いだろうか。今となっては知る由もない。ただ、もう一度会いたい。そう、強く願う。

+

…随分遠い昔のような気がする。
立看板の前に立ち尽くす私は、こうしてから少なくとも5分は経ったろう。はらりはらりと降る雨の中、傘は軽快なリズムを頭上で鳴らす。目で追うのはメニューではなく、ガラス越しに働く一人の従業員だ。
せわしく動き、笑顔を振り撒くその姿に遠い彼女の姿を重ねた。店内では多くの人が樽からワインを注いでいる。随分楽しそうな、賑やかなお店だと思った。
一段落したのか、動きを緩め外を見遣る彼女と私の視線がふいに重なる。彼女は一瞬驚いた後、目を細め、私の名称をなぞるように口が動く。向こうから小走りに駆けてくる。瞼に浮かぶ、懐かしい風景。


「おじいちゃん、急にどうしたの?」
近くに来たから。そう、笑って返す。
死んだ婆さんにそっくりで、つい見惚れてしまっていた、とは言えまい。孫に遠い青春を重ねる自分に気恥ずかしくなる。やはり帽子は被ってくるものだと後悔しながら、ゆっくりと傘を閉じた。〉…約10分

飯田橋駅から269m


名 称:大衆和牛酒場コンロ家 飯田橋店
所在地:102-0072  東京都千代田区飯田橋4-5-6 ECS第6ビル1F
電 話: 03-6261-0333

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