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【フロー】過剰なKPI依存が倫理問題や事件を引き起こす可能性

「会計期間の最終3日間で120億円の収益増加を達成するように」

このような経営陣からの非現実的な利益目標が、2008年から2014年の間で、実に150億円以上の利益を水増するという不正を引き起こしました。2015年に発覚した、東芝による「不正会計問題」と呼ばれる歴とした事件です。

事件の社会的影響、メディアでの取り扱いの広がり、業界への影響、企業の知名度や信用への影響などを鑑みて、仮に日本の不正会計事件のランキングを作ってみた場合、間違いなく「トップに挙げられる事件」だと思います。この東芝の事件は、法制度や企業の監査システムの見直し、さらに政策にも影響を与えるほどでした。

みなさんは、「なぜ、不正会計事件は無くならないのか?」このように考えたことはないでしょうか?

フロー

私は今から約半年前の2023年10月、以下の記事において「フロー状態がもたらすポジティブ効果」をご紹介しました。できるだけ丁寧に、且つ誰にでも再現性高く実践できるようにと、今現在でも続けている私自身のルーティン、さらにはフロー状態を生み出す「コツ」についてまで解説をしました。

実に明るく、まるで祝福が溢れ出すような記事ですね。ええ、自画自賛。

このフロー概念=そのような状態になるための実践は、忙しい私たちビジネスパーソンにとって本当に素晴らしい効用をもたらしてくれますので多くの方に強くお薦めします。詳しい解説は上の記事に譲りますね。

本記事では捉え方を変えて「フロー状態が生まれにくい昨今のこの状況こそが、日本の閉塞感の一因ではなかろうか?」という、少し大きな「問い」を立てます。そして、それこそが「不正会計事件が無くならない一つの要因ではなかろうか?」と、このように思考実験をしてみたいと思います。

不正問題につながった過剰なKPI依存

KPI=Key Performance Indicatorとは、日本語で「重要業績評価指標」と訳される、なんとも荘厳なニュアンスを感じさせられる言葉なわけですが、これは今日の科学的経営においては必須のものとされています。

経営者であれば株価を、営業責任者であれば売上を、購買責任者であればコストといった指標について目標値を定め、これが計画的に達成できているかどうかを日々管理していくということをしていくのが、いわゆるホワイトカラーと呼ばれる私たちのようなビジネスパーソンの仕事とされています。

2008年からその不正が発覚した2015年にかけて、東芝は半導体(特にNANDフラッシュと呼ばれるスマートフォンやSSDなどに用いられるメモリ)および消費者向け電子機器市場で、サムスンやインテルといったグローバルな競合他社に対抗していました。

2014年には当時のパートナーであるSanDiskと共に、NANDフラッシュ市場で約16.7%のシェアを占め、サムスンやインテルに次ぐ最大手プレイヤーの一角として位置付けられていました。

技術革新競争による競合関係は、市場におけるシェア争いを熾烈しします。東芝としては、このような環境で遅れを取ることは市場からの信用失墜を意味し、それを避けるためにも高い業績目標が設定される傾向にありました。

多くの方は「半導体ってなんだかよくわかんない」と思われながらも、しかし新聞やニュースでこの言葉を見聞きしない日はないでしょう。コロナ禍において、「半導体が不足して自動車の納期がかなり遅れる」などといったニュースを覚えておられる方も少なくないでしょう。

そもそも半導体業界は常に技術革新が求められる分野であり、新しい技術の開発や設備投資には膨大なコストがかかります。東芝は業界の先頭を走り続けるため、そして投資の回収を正当化するために、高い業績目標を設定していました。これが経営陣による過度な業績目標の設定という形で現れ、不正会計事件へと繋がっていったのです。

上場企業としての東芝は、投資家やアナリストからの期待に応える必要がありました。株価の維持、あるいは向上は、経営者にとって重要な責務の一つで、これを達成するためには「短期的な業績改善」が求められることになります。このため先述の通り、東芝の経営陣はあのような非現実的な利益目標を設定し、それを達成するために不正な会計処理を行うことで業績を粉飾していました。

東芝の企業文化では、上層部の命令は絶対とされ、その達成のためならば手段を選ばない風潮があったといいます。内部統制が不十分であったことも、不正会計を見逃す環境を作り出していました。だからこそ、不正が発覚するまで放置されていたのでしょう。

きっと彼らにとって最大の問題は、業界トップクラスの利益を上げることではなく、そのKPIの達成でもなく、「粉飾が発覚するか、否か」ということだったのではないでしょうか。つまり「バレなければいい」ということです。発覚さえしなければ、もしかすると今も不正は続いていたかもしれません。

改めてフローの重要性を考えてみる

いわゆるポジティブ心理学の確立において、中心的な役割を果たしたアメリカの心理学者に、ミハイ・チクセントミハイという人がいます。

彼が追求した「問い」は、「人が、その持てる力を最大限に発揮して、充実感を覚える時というのは、どのような状況なのか?」というものでした。

これは今日、自らの能力の発揮や充実感について考えている人、あるいは組織のリーダーとして メンバーからどのようにして力量を引き出し、仕事の充実感を持ってもらうかを考えている人であれば、 彼と同様にいつも向き合っている「問い」ではないでしょうか?

チクセントミハイは、人は「挑戦と自分のスキルのバランスが取れている活動に没入する際に、高いレベルの集中と満足を経験する」と考えました。彼は、この状態を「フロー」と名付け、人々が自己の能力を最大限に活用している時に、自我を超えた経験としての幸福を感じると提唱しました。

そして彼は、フローに入るためには「挑戦レベルとスキルレベルが高い水準でバランスしなければなならない」、という点について特に注目し、以下のようなチャートを残しています。

私の手書きですん

このフローというのは、スポーツなどでいうところの「ゾーン」状態のことであり、つまり人が「ノッている」ときを表す概念です。そして、今回の記事で私が指摘したいのは、ノッている=フローの状態に対して、その対局には「無気力」の状態がある、という点です。

「そもそもフローとはどのような状態を指しているのか?」という方の整理のためにも、チクセントミハイが報告した、「人がフロー状態に入った時に発生する9つの状況」をザっと見ていきたいと思います。

1.過程の全ての段階に明確な目標がある
目的が不明瞭な日常生活での出来事とは対照的に、フロー状態では常にやるべきことがはっきりわかっている。

2.行動に対する即座のフィードバックがある
フロー状態にある人は、自分がどの程度うまくやれているかを自覚している。

3.挑戦と能力が釣り合っている
自分の能力に見合ったチャレンジをしていて、 簡単すぎて退屈することも、難しすぎて投げ出したくなることもない絶妙なバランスの上にいる。

4.行為と意識が融合する
完全に今やっていることに集中している。

5.気を散らすものが意識から締め出される
完全に没頭して、日常生活の些細なことや思い患いが意識から締め出されている。

6.失敗の不安がない
完全に没頭していて、能力とも釣り合っているので、失敗への不安を感じない。 逆にもし不安が心に昇ると、フローが途切れて、コントロール感が失われてしまう。

7.自意識が消失する
自分の行為にあまりに没頭しているので、他の人からの評価を気にしたり、心配したりしない。 フローが終わると、反対に事故が大きくなったかのような充足感を覚える。

8.時間間隔が歪む
時間が経つのを忘れて、数時間が数分のように感じる。 あるいは全く逆に、スポーツ選手などでは、ほんの一瞬の瞬間が引き延ばされて感じられることもある。

9.活動が自己目的的になる
フローをもたらす体験を、意味があろうとなかろうと、ただフロー体験の充足感のために楽しむようになる。 例えば、芸術や音楽やスポーツは、生活に不可欠でなくても、その満足感のために好まれる。

「うん、なんとなくわかるような・・・」という方に、このフロー状態がどのようなものかイメージしやすいよう例えるならば、映画『マトリックス』の主人公ネオが、弾丸を避けるあの誰もが知る有名なシーンがそうでしょう。時間がスローモーションで進む中、ネオが完全に現在に集中し、リンボーダンスで危険を回避する。これはフロー状態と言えるでしょう。

最近の例えを好まれる方であれば、漫画『鬼滅の刃』の炭治郎が、呼吸を整え、剣技を駆使するシーンなどもそうですね。炭治郎が戦いの中で全ての感覚を研ぎ澄ませ、技を完璧に決める瞬間はまさにフロー状態です。

「ネオや炭治郎なんて無理!」という方はもちろんその通り、彼らと同じことはできません。私が言っているのは「フロー状態には誰でも入れる」ということですので、この点は誤解のないようはっきり明言しておきます。

さて、チクセントミハイが追求した「問い」は、「人が、その持てる力を最大限に発揮して、充実感を覚える時というのは、どのような状況なのか?」というものでした。そして、ここからが私の思考実験結果の共有です。

少々乱暴ではありますが、上記した「フロー状態の9つの状況」をひっくり返すことで、「人が、その持てる力を全く発揮することなど出来るはずもなく、むしろ無気力にさせてしまうような方法とはどんなものか」という示唆が得られるのではないか、というのが私が着目した点です。

説明が重複しますが、要するに「人がフロー状態に入った時に発生する9つの状況」をひっくり返して、「人が無気力状態に入った時に発生する9つの状況」について、ここからは東芝の不正会計事件に照らして確認してみたいと思います。おそらく「確かにそうかも」と感じていただけると思います。

1. 明確な目標

  • 本来の特徴:フロー状態では、何をすべきかがはっきりとわかっている。

  • 東芝での影響:確かに目標は明確であったが、それはあまりにも非現実的であり、これが倫理的な判断を曇らせる要因となった。

2. 即座のフィードバック

  • 本来の特徴:自分のパフォーマンスがどの程度なのかを知れる。

  • 東芝での影響:フィードバックは短期的な財務成績にばかり集中し、長期的な健全性や倫理性の観点からは欠けていた。あるいは全く無かった。

3. 挑戦と能力のバランス

  • 本来の特徴:挑戦が自分の能力に見合っており、適切な難易度である。

  • 東芝での影響:非現実的な目標設定により、このバランスが崩れ、あるいはバランスなど取れるはずもなく、強いストレスや無気力が生じた。

4. 行為と意識の融合

  • 本来の特徴:完全に現在の活動に集中している。

  • 東芝での影響:不正行為への関与は集中を必要としたが、これは健全な行為への集中ではなく、モラルの喪失を伴っていた。

5. 気を散らすものの排除

  • 本来の特徴:完全に没頭して、余計な心配事が意識から遮断される。

  • 東芝での影響:あるべき正当な倫理規範が忘れ去られ、不正が行われた。

6. 失敗の不安の欠如

  • 本来の特徴:バランスによる完全な没頭で、失敗への恐れがない。

  • 東芝での影響:目標が非現実的であるため、失敗への不安が常に存在し、これが不正行為を促した。

7. 自意識の消失

  • 本来の特徴:自分自身への意識が薄れ、評価を気にしなくなる。

  • 東芝での影響:不正行為に関与する過程で、従業員は自己の倫理的な自意識を喪失し、グループ内の圧力に屈した。

8. 時間間隔の歪み

  • 本来の特徴:時間が非常に速く過ぎていくか、非常に遅く感じられる。

  • 東芝での影響:長時間労働と短期目標のプレッシャーが時間の感覚を歪め、健全な業務の実践から遠ざけるだけとなった。

9. 活動が自己目的的になる

  • 特徴:行動そのものが報酬となり、内発的な動機によって行われる。

  • 東芝での影響:不正行為は外発的な動機(財務目標の達成)によって行われ、内発的な満足や倫理的な行動からは遠ざかった。

ここまでご覧いただいていかがでしょうか?改めて申し上げますが、これはあくまでも私個人の思考実験でしかありません。しかしここまで見てきたように、フロー理論から見る「無気力状態」の特徴を知ることで、それが東芝の不正会計事件にどう繋がっていたか理解するための洞察を得ることはできると考えます。

ですからこれを「さらにもう一度ひっくり返す」ことで、企業がどのように倫理的で健全な業務環境を促進するかという示唆が得られると思います。

結論

ということで最後に確認してみましょう。本記事のサムネイルには「終わらないKPI地獄」と書かせていただきましたが、もちろんKPIそのものについて悪口を申し上げたいわけではありません。フロー理論の特徴から学び、東芝の不正会計事件のような問題の再発を防ぐために特に効果的な方法の一つは、「明確で現実的な目標設定」であると、私はそう申し上げたいのです。

ですのでまずはじめに、全ての従業員が、組織の目標に対して明確な理解を持ち、それぞれの役割が目標達成にどのように貢献するかを知ることが重要です。目標が透明であればあるほど、従業員は自分たちの仕事の意味や意義を理解し、モチベーションを保つことができます。

目標は挑戦的である一方で、達成可能なものでなければなりません。非現実的な目標は、従業員に不必要なプレッシャーをかけ、倫理的なジレンマや不正行為への誘引につながる可能性が高い。目標が適切であれば、従業員は自分のスキルと能力を用いて、健全な方法で目標を達成しようと努力します。

また、リーダーは目標に対する進捗を定期的に評価し、従業員に対して構築的なフィードバックを提供することが重要です。そうすることで、必要に応じ目標を調整し、従業員が挑戦に見合った支援を受けられるようにします。本来もとめられるリーダーシップとは、このようなものだと思います。

フロー状態は、作業中、学習中、あるいは趣味に没頭する際、それらと自分自身との完全な一体感、挑戦レベルとスキルレベルの完璧なバランスを感じることができる状態です。何をしている間も、時間が飛ぶように過ぎていくその感覚は、私たちが自分の限界を超えて成長している証でもあります。

だからこそ、フロー状態に入ることは素晴らしいのです。日々の活動でフローを経験することを意識し、自分自身のスキルに合った挑戦を見つけ、それに取り組むことで、仕事を含む生活全体がより豊かで意味のあるものになります。自分の仕事を通じてフローを追求することは、単なる成果を超えた深い満足感をもたらしてくれます。少なくとも、私にとってはそうなのです。




僕の武器になった哲学/コミュリーマン

ステップ1.現状認識:この世界を「なにかおかしい」「なにか理不尽だ」と感じ、それを変えたいと思っている人へ

キーコンセプト18「フロー」

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