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女性リーダー続々と輩出するフィンランド ガラスの天井を破壊した「発想」とは 

 ノルウエーに暮らしながら、北欧の情報を発信しているジャーナリスト鐙麻樹(あぶみ・あさき)さん。北欧といえばジェンダー平等が進み、福祉に手厚いイメージがありますが、そのような国々であっても、取りこぼされ、可視化されにくいマイノリティが存在するということを独自の視点で伝え続けています。そんな鐙さんから「生活ニュースコモンズに共感しています」という心強いメッセージと、ご寄稿をいただきました。

 北欧はジェンダー平等が進んでいる国々として世界的に高い評価を維持している。世界経済フォーラムが2023年に発表したジェンダーギャップ指数では、フィンランドは世界第3位、日本は125位とため息がでるような圧倒的な差だ。

 2019年に34歳という若さで3人目の女性首相となったサンナ・マリン元首相は2023年の選挙敗北で退陣するまでの間、これまでとは異なるリーダーの姿を披露し、世界から注目を浴び続けた。

 ここで2023年4月の話をしたい。フィンランド国政選挙の投票日を目前に控え、筆者は首都ヘルシンキの公園で「わくわく」していた。選挙運動の一環で、社会民主党の候補者たちがイベントを開催していたのだ。数多くの若い女性立候補者たちを応援しようと、キャンペーンの顔となっていたのは2人の女性。当時のマリン首相と2002~2012年に初の女性大統領を務めたタルヤ・ハロネン元大統領だ。 

北欧フェミニズムの顔でもあるフィンランド初の女性大統領タルヤ・ハロネン氏。フィンランド政治やジェンダー平等の授業で絶対に欠かすことのできない「伝説的な存在」ともいえる=筆者撮影
当時のマリン首相を多くの市民と国際メディアが取り囲む、女性政治家リーダーの人気は日本とは比較にならない=筆者撮影

 ノルウェーに住み、北欧のフェミニズムを専門の一つとしていた筆者は、文献などでしか読むことができなかった「フェミニストの顔」であるハロネン元大統領が目の前にいること、本人の写真が撮影できることに「わああ!」と興奮を隠すことができなかった。

 こう考えると、タルヤ・ハロネンとサンナ・マリンという「女性エンパワーメントのアイコン」をいくつも生み出している社会民主党には、フェミニストのアイデンティティが党内カルチャーとしてしっかりと根付いているのだなと感じる。それは日本の政党に欠けているものだ。

 筆者が住むノルウェーの首都オスロに話を移そう。2023年12月にまたもやハロネン元大統領を目にする機会に恵まれた。12月10日のノーベル平和賞の開催を控え、1週間ほど「平和週間」と題して、世界の平和講演などが目白押しの中、オスロ大学主催の舞台で「現代における脆弱な地球を守るための可能性」を語るためにハロネン元大統領が招かれた。

SDGsの目標5『ジェンダー平等を実現しよう』が解決の鍵となる

健康格差、ジェンダー平等、平和は相互作用していると語る様子=筆者撮影

 北欧フェミニズムの歴史で欠かすことのできないハロネン元大統領の生の言葉は日本ではあまり知られていないので、ここで皆さんに共有したい。

 平和週間で彼女が語ったのは、「持続可能な発展なしに平和は実現しない」ということ。「連帯し、脆弱性や不平等を減らす必要があり」、そのために必要な行動とは「ジェンダー不平等の解体」だ、と。

「ジェンダー平等は基本的人権ですが、社会全体にとって非常に有益なものです。ジェンダー平等が最も進んでいる国は単純に成績が良いでしょう」

「持続可能な開発目標のひとつであるSDGsの目標5『ジェンダー平等を実現しよう』は、持続可能な未来と民主的で平和な社会を実現するための『効果的な鍵』なのです」

 ハロネン元大統領は「気候変動で壊れかけている地球」を治療が必要な「患者」と表現した。そして女性や若者は「変化の担い手」であり、「未開拓の偉大な資源」だと。

 同氏は英語で講演していたのだが、「地球」の話をする時に代名詞を「彼女」(she/her)とあえて表現していた。人間の女性たちと同様に、地球も女性の立場にいるという意味を込めて。日本語で話しているとこのような発想はされないだろうが、持っておきたい感覚だ。 

変化を起こすためにも、ひとりひとりが生活を変える覚悟を持つ必要がある

「ジェンダー平等を達成することは、持続可能な確執と平和な社会への効果的な鍵なのです」と強調するハロネン元大統領(左から3人目)=筆者撮影

 持続的な未来と地球の治療のためには、女性が物事の決定の場にいる必要があるが、貧困などのさまざまな側面で、女性は未だに世界中で不平等な立場にいる。

 「気候変動の影響を受けやすい立場の人、社会的弱者や社会から疎外されている人こそが情報を入手し、意思決定に参加できるようにする必要があります。そのためには私たちひとりひとりが自分自身の生活を変える覚悟を持つべきなのです」

 「サステナビリティとは新しい考え方です。そして、それがすべての核心でなくてはなりません。私たちこそが重要なキーパラメーター(媒介変数)であり、あらゆるプロセスでやり方を変えていかなければなりません」

 そう語ったハロネン元大統領は、セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルスと権利や人権のための「意味のある抵抗」としての実践や行動の必要性を説いた。抵抗運動が否定的なものとして捉えられやすい日本では、「意味がある市民の抵抗」という感覚はもっと根付いてもいいだろう。

 登壇者との議論ではハロネン元大統領はこうも述べた。「女性は男性とは違った経験や専門知識を持ち、男女が一緒になることで将来的にはさらに多くの勝利を手にすることが可能だ」と。

 地球の治療や持続可能な未来のためには、「物事の決定の場に女性が増える」ことが鍵なのだと、彼女は何度も繰り返していた。

「女性だから選ばれた」という発想にどう向き合うか

フェミニストであることを誇らしげに公言する元大統領。日本にもフェミニストであることを堂々と言い放つリーダーがもっと必要とされている=筆者撮影

 最後にハロネン元大統領に、筆者は質問をした。

ー「女性だから選ばれたのだ」と誰かから言われたり、自分で思うことで否定的な反応を示したりする女子もいます。このような反応についてどう思いますか?

ハロネン元大統領 ジェンダー平等を含むアファーマティブ・アクションは、平等な可能性を提供することを目的としています。ときには、より広範で多様な意見や新たな視点が必要とされることもあります。例えば、私個人としては、初の女性組合弁護士となり、法案作成に参加したことは非常に意義深いことだったと思っていますよ。

ー日本では、家父長制が続く中で疲れてしまう女性もいますし、北欧の人たちに比べて「現状を変えられる」という感覚を持ちにくい傾向があります。日本の女性に応援メッセージをお願いします。

ハロネン元大統領 最初の一人であれば、誰でもガラスの天井を突き破ることができます。ジェンダー平等や女性のエンパワーメントに関して言えば、最初の一人は自分のジェンダーを代表しながら、より広い視野や問題の新しい見方を提供してくれるでしょう。

後記
 さて、今、フィンランドでは2024 年の大統領選が迫っている。「今後6年間の大統領の職務を誰に任せるか」を決める第一ラウンドの開票は1月末に開催予定だ。9人の全立候補者の中には3人の女性がいるが、有力候補に絞られた顔は男性たちだ。このような光景をみていると、初の女性大統領となったタルヤ・ハロネンという人物の功績と社会に与えた当時のインパクトを思い、改めて感心せざるをえない。

 ガラスの天井を突き破るには時間がかかる。日本のように家父長制や自己責任論が強い社会ではなおさらだ。それでもノルウェーに住む筆者は、小さな変化が日本各地で起きていることを日々感じている。この記事が掲載されている「生活ニュースコモンズ」の誕生も暗闇の中で灯る一筋の光だ。

 「おじさん議員ばかりの国会」は、日本でもいつか昔の光景として語られる時代がくる。価値観の変化を止めることは誰にもできないからだ。ガラスの天井をぶっ壊すのは大変だが可能である。そのことを北欧社会は筆者に教えてくれた。日本のガラスの天井は「凍結」していて破壊するのがさらに大変だが、「ちょっと疲れたな」と感じた時は、ハロネン元大統領のようなフェミニストを公言するロールモデルの言葉を思い出したり、「生活ニュースコモンズ」のような連帯の場で、ちょっと充電したりするのもいいだろう。

鐙 麻樹(あぶみ・あさき) 北欧・国際比較文化ジャーナリスト・フォトグラファー。オスロ大学大学院メディア学修了、ノルウェー国際報道協会 理事会役員。著書に『北欧の幸せな社会のつくり方: 10代からの政治と選挙』『ハイヒールを履かない女たち: 北欧・ジェンダー平等先進国の現場から』。プロフィールは下記から。


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