「神様が人間にくっつけた病気だったら光栄じゃないか」 ハンセン病療養所で86年暮らした96歳の宮﨑かづゑさん、映画に
岡山県にあるハンセン病療養所長島愛生園で暮らす96歳の宮﨑かづゑさん。
ハンセン病とともにあったその人生と生活を記録したドキュメンタリー映画「かづゑ的」が3月2日から全国で順次公開される。
観客は、膨大な読書量に裏打ちされた豊富な語彙力、決然とした生き方に圧倒され、気がつけばかづゑさんがハンセン病により手指や片足を失っていることを意識しなくなっている。かづゑさんは唯一無二の「かづゑ的」な存在だ。
みずみずしい筆致でつづる「いかに愛されたか」
「三池 終わらない炭鉱<やま>の物語」「作兵衛さんと日本を掘る」などのドキュメンタリーを撮ってきた熊谷博子監督は2015年7月、旧知の医師から電話を受けた。
「会ってほしい人がいるから、岡山に来て」
会ってほしい人というのはかづゑさんのことだった。かづゑさんは78歳でパソコンを覚え、2012年に84歳で初の著書「長い道」(みすず書房)を出版した。熊谷監督はオファーを受けてすぐ、「長い道」を読んだ。故郷で過ごした幼い日の思い出や10歳で療養所に来てからの日々、夫との結婚生活、友人を手作りのスープで看取った体験などがみずみずしい筆致で書かれていた。
「いかに差別されたか」より「いかに愛されたか」が描かれているのが印象に残った。
「本を読んで、一発でした。この人を撮りたい」
熊谷監督はそれまでハンセン病療養所を訪れたことがなかった。
知識のない状態でかづゑさんと相対し、話すうちに「この人生を記録として残すべきだ」と確信したという。
撮影開始後すぐに「明日は入浴の日だからお風呂を撮ってね」とかづゑさんは言った。ひざから下を切断した左足も、装具やガーゼを取り、ひざをついてお風呂に入る様子や職員の介助で髪を洗う様子を撮らせた。
「いい格好をしていては本物は出ません。ありのままを撮らないと」というのがその理由だった。
「らいだけで人間性は消えない」
かづゑさんは誇り高く、きっぱりとしている。映画の中でも、「人からかわいそうと言われることに憤りを覚える」と語っている。
「ハンセン病」という呼び方になじめないと言い、自らは「らい」という呼称を使う。(※1)
「本当のらい患者の感情を、絶望していないことを残したい。らいだけで人間性は消えない。人間は案外ずうずうしいものです。らいは人類の歴史とともにある。神様が人間にくっつけた病気。だったら(らいになって)光栄じゃないかと思います」
別の場面では、外から慰問に来る人が唱歌の「ふるさと」を歌うことについて、「無礼だ」と拒否する。
「私たちが喜ぶとでも思っているの? 子どもの頃から(長島に)来て、一本立ちで、どんな荒波でも自分で受け止めて逃げなかった。そんな人を前に気やすく『ふるさと』を歌うべきではありません」
著書「長い道」では、国賠訴訟の関連で長島を訪れたマスコミの記者から「なぜ出産したいと思わなかったのか」と聞かれたことを回想し、「はじめてお会いした方に、どうしてこんなことを言われなくてはいけないのかと怒りがわいてきました」と書いている。
※1 国立感染症研究所などによると、「らい」という表現は差別・偏見を助長するものとして現在は使用せず、ハンセン病という呼称が一般的です。https://www.niid.go.jp/niid/ja/kansennohanashi/468-leprosy-info.html
「できるんよ、やろうと思えば」が口癖
一方で、大変にチャーミングな人でもある。特に長島で知り合い、長年連れ添った夫の孝之さんとのやりとりからは、2人の間にある信頼と愛情が伝わってくる。
地中海に憧れ、海に面した別荘の間取り図を描いて、夢を膨らませたこともある。
口癖は「できるんよ、やろうと思えば」。
著書にサインを求められれば、手首にゴムを巻いてボールペンを固定して名前を書く。
パソコンのキーボードを押す器具はフォークを改造して手作りした。目が悪くなってからは口述で文章を紡ぎ続けている。94歳を超えて水彩画も描き始めた。
沈黙にも表現力がある
映画には時折、長い沈黙の場面が挟み込まれている。母親の墓参に行き、墓石を抱きしめたとき。自殺を考えた若い日を回想したとき。故郷に帰れない遺骨を納める愛生園の納骨堂で骨壺を抱きしめたとき。
熊谷監督は「かづゑさんは沈黙にも表現力がある。次に何を言うかわからないのでカメラを切れなかった」と話す。
幼くして島に隔離され、療養所の中でも病状が重い人として差別やいじめをうけた。それでも失われない人間性がかづゑさんには溢れている。
「私は人生に超満足してるんよ」「私は愛の塊なのよ」
熊谷監督は撮影の合間にかづゑさんからそう聞いて、「家族や夫からの愛情の貯金があり、読書から得た逆境を生き抜く知恵がある。その両輪がかづゑさんをかづゑさんたらしめているんだな」と感じたという。
8年がかりで撮影した素材は120時間分にもなった。映画はそれを60分の1に凝縮したものだ。
* * *
「人生を生ききったと思います。どうでしょうか?」
2月26日に長島愛生園で「かづゑ的」の試写会があった。私も参加した。
上映の後、かづゑさん本人が会場に来て、熊谷監督と対談した。
かづゑさんは水彩画用のスケッチブックに短詩を書いてもってきた。
「うべないて 歩いて来た道 花がいっぱい 愛がいっぱい」
映画の感想を聞かれ「まったく興味がございません」と話し、熊谷監督や記者たちを大いに困惑させた。
「私が愛生園で、大事にされ、愛されていることが見る人に伝わればいい」と語った。
「私はらいではありますが、人生を生ききったと思います。どうでしょうか」と繰り返し記者たちに問いかけた。
目はほとんど見えない。「40人ほど(記者が)いるよ」と熊谷監督に言われ、「見えなくてよかった」と頷いた。
帰り際、私は車椅子のかづゑさんに近づき、耳元で「ありがとうございました」とあいさつした。
かづゑさんは「私が生ききったこと、過激に書いてね」とささやいた。
3月2日から全国ロードショー
映画「かづゑ的」の主な公開劇場は次の通り。
・3月2日〜 東京・ポレポレ東中野、ヒューマントラストシネマ有楽町、
・3月15日〜 岡山・シネマ・クレール、広島・福山駅前シネマモード
・3月22日〜 宮城・フォーラム仙台
・3月23日〜 神奈川・川崎市アートセンター、大分・シネマ5
・3月29日〜 静岡・シネ・ギャラリー、香川・高松ソレイユ、神奈川・あつぎのえいがかんkiki
・4月6日〜 広島・横川シネマ
・4月12日〜 京都・京都シネマ
・4月13日〜 大阪・第七藝術劇場、兵庫・元町映画館
詳しくは映画かづゑ的の公式サイトへ。
(阿久沢悦子)
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