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生きていく人たちの物語

フォローさせていただいている菅野浩二(ライター&編集者)さんによる短編小説集『すべて失われる者たち』が出版された。

以前から、noteに執筆されていた短編小説たちを拝読していた。

重苦しい描写があれば胸がぎゅうっと縮こまるように感じるし、やりきれない心情を描いた場面ではため息が出てしまう。いい意味で心に波を立てる文体と表現にいつも「ああ、筆力ってこれなんだ」と思っていた。

今回出版された『すべて失われる者たち』は、「生きることのミステリー」がテーマだけあって、シャープさとミステリアスさを映した装丁がとても素敵。

静かで端正な文章に吸いこまれるように読み進めた。以下、ネタバレしない範囲で私なりの感想を記させていただこうと思う。

秘密や苦しみを抱える人、これから始まりそうな恋の風に吹かれる人、思いもよらない真実を知らされる人、失ってしまった恋を思い返す人。作品中にはたくさんの人が出てくる。

それぞれに「物語が始まるまでの物語」があり、きっとその後の人生にもまた多くの物語が生まれるのだろうと想像する。そうやってみんな生きているのだと、人生の奥深さと不思議を感じる。

生きていくうえではいろいろなことが起こる。自分では制御できない心の動きによる過ちも、大切な人とのすれ違いも別れも。

みんなが小さな不和や後悔、傷や悲しみを抱え、生きている。生きていかなくてはならないから、人生のやるせなさを噛みしめながら明日も歩く。ときに音楽をよすがにしながら。

私も、昔は苦い思いをたくさんした。もう取り返しのつかない失敗を思い出して、ぼーっと立ち止まってしまうこともある。「あのときあんなこと言ってしまわなければ、あの人を失うこともなかったのに」と悔やむのは日常茶飯事。

でも、なんとか約40年生きてきた。否応なしにやってくる日々を過ごし、生き延びてきた。そのあいだにはいいことも喜びも、もちろんある。ゆるやかに組みあわさる陰と陽が、私の人生を形成している。

悩み傷つき、悔い、驚き、不安にもだえ、息苦しい夜を過ごしても、朝になったらカーテンを開けて生きていく。そんな人たちの姿を思い浮かべる作品だった。

これは、やるせなさのなかを泳ぎ、生きていこうとする人たちの物語だと思う。

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