めかしこみデーの憂鬱
まずは、肩に柔らかなギャザーが寄せられたブラウスを選んだ。ふんわり広がるフレアスカートを穿き、7センチヒールのパンプスに爪先を入れる。バッグは手になじみはじめたキャメル色のカーフレザー。指にはいつもより上品な(と自分では思っている)リングをいくつか重ねて。ピアスはここぞの1.0カラットのパヴェダイヤ。
念入りにおしゃれをして出かける用事があった。たまさかの「めかしこみデー」である。
ふだんはわりとカジュアルな装いをしている。ファッション雑誌ふうに言うなら、きれいめカジュアルというやつだろうか。テーパードパンツやデニムに少しだけデザインのあるブラウス、アクセントにカラーもののバレエパンプス、といった感じだ。
そのスタイルからうってかわって「キメキメ」なので、近所を歩くとほんのりこそばゆい気持ちになる。
毎日あっさりしすぎなくらいの格好でバタバタと歩き回っているくせに、なーにを気取ってるんだか。
そう思われてしまわないかと怯える。考えすぎもいいところだけれど、めかしこんだ日には人目が気になって当然だ。イレギュラーなわたし、なので。
ヒールパンプスを履いて歩き回ると、困ったことが起きる。
マンホールの蓋の小さな穴とか、側溝の蓋にある隙間なんかに、ヒールが挟まるのだ。そのおかげで細いヒールをダメにしてしまった方も多いと思う。とくにわたしはどんくさいので、高頻度でマンホールに引っかかる。
けれど、思えば20代のわたしはこういう罠(いや、本来は罠では決してない)に引っかからず、すーいすいとピンヒールで街を闊歩していた。
なんだったらこれより高い9センチヒールでも走れた。スクランブル交差点で点滅しはじめた青信号を見て、猛ダッシュしたこともある。それを目の当たりにした友人は心底驚いたと、今でも笑い話として語ってくれる。
浅はかなのにエネルギーだけは常に満タンで、自分でも自分を持て余していた時期だった。それなりに苦しんだ時期でもあったと、懐かしく思う。
今回もまた、マンホールの穴に嵌まった。それによりヒールの巻き革が剥がれたパンプスに目をやり、わたしは考える。
(アホなだけやと思ってたけど、昔のわたしは案外すごかったんかもしれへん)
いや、ほんとに。
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