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『箱男と、ベルリンへ行く。』(十一)

『2月17日、長い一日』(2)
 
そういえば、何回目かに、靴について書きました。
靴を何足持って行くか、という話題でもちきりだったというアレです。
しかし、旅に限らず、いつ何時も、靴は我々にとってとても重要なものです。人間の活動に拡張をもたらしたものは数々あります。火だとか、蒸気機関だとか、パソコンだとか。靴もそのうちの一つだと思ったりします。
で、その靴ですが、私は日頃、スニーカーしか履きません。ないしサンダルとか。別にそういう類いの靴類を履いていてかまわない属性だからです。
革靴は、冠婚葬祭の時に出番があるくらい、とにかく履き慣れていません。
が、2月17日という、私にとってとても長い一日を通して、私はずっと革靴をはき続けておりました。それも、おろしたての、かなりフォーマルな革靴。
伊勢丹で、買い求めた折、コーディネートしてくださった店員さんは言いました。
「革靴は修行です」
んな大げさな、と思ったものですが、まさに「革靴は修行」でした。
私は、足の裏の親指の付け根、一番体重がかかる場所に、タコを飼っています。それも両足。早く直せばいいのですが、知ってました?タコを治療するのは粘り強く皮膚科に通わねばならないことを。これがめんどくさい。で、そのうちほったらかしに。でもそれが、大事なときに限って仇となります。縫製されたこの上なく上質な革に締め付けられ痛いのなんの。
それでなくとも、おろしたてのカッチカチなのに、タコのせいでさらに修行感が増します。私もいまさらながら、#KuTooに一票です。いや、ウソです。たまには革靴もいいかなと思ってます。革靴はなくならないで欲しいです。いつか、ジョンロブの革靴、欲しいです。が、履く時間をできるだけ短くしたい。
 

これな。


そして、クロケット&ジョーンズのストレートチップを、朝から履き通しで、そろそろ五時間、関さんから一時撤退を許可され、我々はベルリン市議会をあとにし、昼食を摂るべく、ポツダム広場にもどったのでした。
足痛いし、寒い。
そういえば、我々はまだドイツ的料理を一口もいただいていません。ネットでポチポチ、調べるのはもっぱら三峰さん。
 

ロンドンのパブに鎮座する三峰さん


ああ、そうそう、私にとって、旅する間、三峰さんはとっても必要な存在です。
なぜなら、三峰さんがポケットWi-Fiを携帯しているからです。つまり、私は三峰さんの半径10メートルを離れられません。なにせ、ベルリンにおいて、言葉は通じない、地理もわからない、なんなら電車の乗り方もわからない、私は最弱者。ネットと繋がってなければ、ヘタしたら死ぬと思います。
よって、ポケットWi-Fiを支配している三峰さんは、ある種の王です。私は臣下。
敬意を持って私は旅の間三峰さんをWi-Fiマンと呼称しておりました。
 

優雅にシーシャですわ。


で、Wi-Fiマンが導き出した店は、Lindenbräu am Potsdamer Platz、ポツダム広場にある巨大なアーケードの一角にある伝統的なドイツビールが飲めるドイツ料理レストランです。
ありがとうWi-Fiマン。
 

とにかくナイスガイです。
ちなみに、ここはくだんのレストランではありません。
別日のどこかようしらん飲み屋。


しかし、ベルリンは、とにかく街並みがすべてハイセンス。
私はとっくに当初抱いていた「こわいところ」という印象を撤回、「ベルリン、やべえ」に宗旨替えしておりました。
ということで、Wi-Fiマンもやっぱり撤回、ベルリンに比して実にセンスがない。
で、三峰さん(aka Wi-Fiマン)の案内で入ったドイツ料理レストラン、私は、ビールと、寒いくせにやっぱりビールは外せませません、ビールと、なんかソーセージとなんかようわからん野菜と芋のワンプレートのやつ。
いやぁ、うまい。うまいはうまいけど、すぐ飽きる。飽きはするのですが、まあ、食べます。

まあ、食べますよね。


あと、私は育ちが悪いためかとにかく食べ方がヘタで、すぐに衣服を汚してしまうクセがあります。でも、一張羅、汚したらもう、その日どころか、旅全体がだいなし、気が気ではありません。とにかく慎重にナイフとフォークを不器用に動かして口に運びます。
ソーセージも野菜も芋もビールも大好物なのですが、でも、不思議とすぐ飽きる。でも、食べるんですけどね。
ごちそうさまでした。
 

一度の昼食でこんなにたくさんのソーセージ食べたのは生まれて初めてかもしれない。


その後、身体もあったまり、ビールのおかげで少し良い気分の私は、それでもやっぱり一時撤退を堅く誓い、一度帰宿しました。
宿に戻って、午後一時くらいでしたか、なんか気分的には一日のスケジュールを充分こなした気分、ひとまず戦闘服を家着に着替え、オイルヒーターのコックを全開、あっという間に部屋はヌクヌク、私はホクホク、スナックむさぼり食いながら、追いビール、ついでに昼寝でもかましてやりますか、と、はたと気付きます。
2月17日は、まだなにも始まっちゃいない。
というか、このnoteも11回も重ねといて、当初のテーマにまったく行き着いていない。
(いや、タイトルが「箱男とベルリンへ行く」だから別にいいっちゃいいのか、いやよくない)
本来は、映画「箱男」のワールドプレミアの参加がテーマ。
なんなら、歩く予定のなかった、レッドカーペットも結局歩く予定。(私が歩こうが歩くまいが、大勢にまったく影響がないので、大したことではないのですが、でも、シナリオライターがレッドカーペットを歩けるなど、なかなかないので、個人的には是非体験したいところ、個人的には大したことなのですよ)

帰り道、ほっとして、ちょけてますわ。


気を引き締めねば、でも、昼寝だけはかましとくか。しばし就寝。
私のこの世で一番の大好物は布団です。布団の中でも、座布団や敷き布団でなく、掛け布団、できるなら羽毛がいいです。なんなら、映画や本が好きと公言したりしてますが、そんなもん羽毛の掛け布団の前じゃ屁の突っ張りにもなりません。羽毛布団万歳。
で、割り当てられた宿のベッドルームで布団をひっかぶって、しばし昼寝。この後、あの、ベルリン国際映画祭のレッドカーペットが待っている者とはまったく思えない堕落ぶり。
私のベッドルームは、ルームの約九割がベッドというまさに私におあつらえ向きのルームです。しかも枕元が一面オイルヒーター、もう頭の先からヌクヌク、なんなら喉カラカラです。

残念ながら私のベッドルームの写真がないので、
代わりに、関さんとベルリナーレベアとミニチュア箱男、ご査収下さい。


案の定、喉カラカラで、一時間くらいで昼寝は終了。クソ、もう少し寝たい所ですが、まあ、このくらいで勘弁してやるかという感じで、時間は午後三時前、えーっと、出発まではまだ一時間以上ある。
追いビール、というわけにもいかず、にわかにコーヒー欠乏症が発症します。
私は、旅の道連れ、関さんと三峰さんを確認。三峰さんも関さんもパソコンをポチポチ、さすがに仕事に余念がないなぁという感じ。コーヒーにつき合ってくれる雰囲気ではありません。私といえば、パソコン自体、ジャパンに残してきて、携帯しておりません。だって、重いし。それに、なにか書き物があるわけでもなし、完全に手持ち無沙汰。
「なんか、オシャレなカフェにでも行きたいなぁ」と心の声が完全にダダ漏れです、でも、関さんと三峰さんはパソコンから顔も上げず、「時間あるし、行ってこれば」と、こちらは完全に心の声のみで返答。
じゃあ、と、三峰さんのWi-Fiでオシャレなカフェを検索。ありました、しかも歩いて1分のところに。
 

Wi-Fiから遠く離れて。


しかし、問題は、Wi-Fiです。三峰さんの半径10メートルから離れられない宿命の旅です。宿から徒歩1分といえど、さすがに三峰さんのWi-Fiは届かないでしょう。いまや水よりも大切なWi-Fiなしの徒手空拳で、命の危機を賭してまでオシャレなカフェに私は行きたいのでしょうか。行きたい。それでも行きたい。だって、暇なんだもん。
ということで、命綱を自ら断ち切り、Wi-Fiなしで出発しました。
 

始めは教会かと思いきや、違ったのです。


そのカフェは、サイレントグリーンというイベント会場の中にありました。
イベント会場と言っても、なんだか歴史的な建物と公園。しかも公園には朽ちた墓石がちらほら転がっています。元墓地? またもやベルリンの印象「なんだかこわいようなところ」というイメージが頭をもたげます。
こんなとこにオシャレなカフェがあるのかいな。
しかも、気付かぬほど傍らに、ベルリナーレの熊さんがあしらわれたポスターが。もしやここもベルリン国際映画祭の会場なのか。よく分かりません。しかも検索しようにもWi-Fiが・・・・・・。

こんな感じ。


英語で書かれた看板を見つけ読んでみると、なんでもそこはプロイセン時代に建てられた元火葬場兼結婚式場だった場所だとか。火葬場と結婚式場が一緒とか、元火葬場を文化施設としてそのまま使用しているとか、文化施設にしたあとも朽ちた墓石をそのままにしてあるとか、メイン会場から遠く離れたこんなささやかな場所がベルリナーレのいち会場があるとか、もう、すべて「こわい」いや「めちゃくちゃ、やばい」です。
確かに「こわさ」を抑えてよくよく観察してみると、めちゃくちゃハイセンス。

ええ感じですわ。


そんなサイレント・グリーンの一番奥の突き当たりにオシャレなカフェ、「MARS」はありました。
コーヒーを頼んで「Wi-Fi繋がってなくてクイックペイ使えんのかなぁ」と恐る恐る端末にタッチ、ピコン、知ってましたでしょうか、Wi-Fiに繋がってなくてもクイックペイって使えるんですよ、どういう仕組みかよくわかんないですね。
窓辺に陣取り、ゆっくりコーヒーをすすります。優雅なひととき、とてつもなくホッとしました。もうこのまま夕暮れを迎えて一日を終えてもいいかも。
いや、終えちゃダメだ。なんにも始まっちゃいないんだから。
 

向こうに朽ちた墓石が。
だんだんとそんな景色も優雅に感じられてきました。


(つづく)

(いながききよたか)


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