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『池畔好日』

今年度より職場大学の専任教員になられた書家の住川英明先生が、今夏銀座鳩居堂画廊(令和5年8月29日~9月3日)で個展を開かれ、カタログを出版されました。
書のよしあしなど分からぬ掛軸コレクターの自分ですが、通常の書展とは異なりこの個展、自作歌が書かれてをり、どれも抒情的でその『四季』『コギト』にも通ずる詩情に共感。“歌集”として大切にいたしたく、ご紹介いたします。

『住川英明 書展 池畔好日』2023.7.19 私家版非売 21×21cm 80p

作品目録 ★は個人的に好きな歌

01山かげに入れば耳元音絶えて日向の風は木々をどよもす ★
02薄明の湖面に浮かぶ津生島は遠き灯を背に闇に屈まる
03山峡の奥に鋤かれし一枚田土ほろほろと幾日か経る
04早朝の湖面を覆ふ薄氷渡る風にも波の影なし
05道端の濡れて重なる葉の面を霙の叩く音の大きさ ★
06山茶花は路を隔てて呼び合へり白が開けば紅がふくらむ
07先見えぬ林の奥に何かある分け入りたきが吾の中に在り ★
08ベランダに雀来たれり餌を漁るその声愛でて見ることはせじ ★
09黒揚羽いま六月の地に落ちて翅の橙風に滲めり
10色失せし凍土あるいは焦土とも見ゆることあり戦知らねど
11山間の道の曲折照らし出す点滅灯は湖へ続けり ★
12雲間より陽はまづ畑に入るらしき白く翳める一叢の菊
13小雨避け裸木の枝を移り行く四五羽の鳥の心許なさ ★
14草踏めば凍てし葉の音かすかにし朱の水面に数歩近づく
15歩をとめて動かざる吾を怪しみて敏き白鷺岸を離れぬ ★
16見上ぐれば円き月輪ただ一つ皓々とあり朝の道ゆく ★
17改良区の砂地に水の溜りゐて密かに淡き空を映せり
18朝の日は山面の隈を露にす木々のそちこち色づき始む
19無窮花[槿ムグンファ]は咲きてこぼれり春川[チュンチョン]の友と歩みし日盛りの丘
20琉球に生まれし百合は鉄砲とふ勇ましき名を恥ぢてをるがに
21幼き日人言厭ふわが耳を慰めくれし山鳩の啼く
22接種後の熱に浮かされさわさわと風の音ばかり耳に入りたり
23岸洗ふ波にまぎれて浮き沈む鳥と杭とを見誤りたり
24果てしなく続く菜の花もの憂くて眼鏡の曇りあへて拭はず ★
25吾のみが打たれてゐるか土砂降りの雨の中にも蟹は歩める ★
26特急の過ぎ行く音は空より来しばらく鳶の争ひを見つ
27病院の裏手の高き窓辺にもニセアカシアの影は届かむ
28釣竿の空切る音の傍らの枝にて秋津目をぬぐひをり ★
29病室の壁の白きを如何せむうつつの父は夜ごと怖れたり
30亡き父の眼にて語りしことありき吾を見送りて去りし際など
31かなしみていればのきのしげりはにたまたまあかきせきりう[石榴]のはな(會津八一)
31さまざまの事もひ出す桜かな(松尾芭蕉)
32人はいさ心も知らず故里は花ぞ昔の香ににほひける(紀貫之)

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