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【超短編】おちる

※少しだけグロテスクな表現があります。苦手な方はご注意ください。
(816字)



そこは暗い闇だった。
前も後ろも右も左も上も下も。
すべてを覆いつくす闇だ。

一人の男が歩いている。男は、自分がどこに立っていて、どこへ向かおうとしているのかわからない。
でも、歩き続けなければならない。「こっちへ来い」深い闇の向こうから、そうやって誰かが呼んでいるのだ。

「おい、あんた」

男の後ろには子どもが立っていた。長い前髪で目が隠れており、子どもはどんな顔をしているのかわからない。

「どこへ行くんだ?」

どこって……呼ばれているんだ。

「誰に?」

わからない。でも、こっちへ来いと誰かが呼んでいるんだ。

「誰かって誰だよ」

わからない、わからないんだ。僕は何も知らない。

「何がそんなに楽しいんだ?」

楽しい?

「さっきから気持ち悪いんだよ。にやにや笑いやがって……そんなに楽しかったかよ」

何を言っているのかわからない。
どういう意味だ。男は問いかけるが、子どもは傍から去っていく。

「待って」思わず手を伸ばした瞬間、男は自分の右手を見て驚いた。

真っ赤な血で染まっている。

左手も同じだ。美しく鮮やかな血が、滴り落ちそうなほど纏わりついていた。
ああ、そうだ。

泣き叫ぶあの子は可哀想だった。
だからガムテープで口を塞いだ。
だからロープで首を絞めた。

そうしたら、あの子はあっさり死んでしまった。
僕は仕方なく、あの子の服をはいで腹を開いたのだ。息絶えたあとでも血は美しい。そう、子どもの血は……
けれども今回は失敗だった。
動かなくなったあの子を見下ろしながら、僕は静かに内蔵をほじくり回した。

何か物足りない。

目を瞑り想像する。
あの子を床に押さえつける。すると、恐怖と絶望にまみれた悲鳴を奏で始める。僕はナイフを振り下ろす。絶叫。そこから、少しずつ腹を裂いてあげる。

ああ、それだ。考えるだけで、僕の体は喜びに震えた。

「やっぱりお前は、気持ち悪い」

男は背中を押され、深い穴へと落ちていく。
底は無く、どこまでも続く闇へと。
何も届かない穴の中で、これから永遠に彷徨うのだ。

(終)

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