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封印しているかもしれない繊細さん

「みなさんと仲良くしましょう」

私が受けた義務教育では
この“仲良くしようね”って圧がすごかった。

「人を嫌いになるなんてとんでもない」
「人を嫌いになるのは悪いことだよ!」
「だって人は分かり合えるんだから!」

この教えが良いとか悪いとかの話じゃなくて
この教えが絶対に正しいと信じてしまうと
他人を嫌いになれなくなってしまう。

たとえどんな悪人でも嫌ってはいけないと
呪いのようなものがかかってしまう。
これが本当に、本当にやっかいだった。

そもそも『嫌い』っていうのは大事な感情。
古来より私たちが生き残るために獲得した
重要な取捨選択センサー。
私のような鈍感さんですら持っているもの。

一目見ただけで
明らかにヤバい生き物っているじゃない。
そういうのを避ける上で欠かせない能力。

にもかかわらず
「見た目で嫌っちゃいけないよ!」
なんて呪いがかかっていると、避けられない。

だから自分なりにがんばって接するんだけど
どうにも上手くいかない。
なんなら攻撃までされてしまう。
でも、(攻撃されたのは私が悪いんだ)って
自分を悪者にしちゃって、落ち込む。
このサイクルが本当につらかった。

一部の繊細さんはかつての私のように
『嫌い』を封印している。

嫌うことは悪いことだと決めた繊細さんは
「なんとなく嫌い」すらも許せなくなって
その結果、他人との距離感が難しくなる。

そしたら当然、人づきあいがつらくなる。

だって苦手な人が自分のエリアにズカズカと
入ってきても大した抵抗ができないんだよ。
それって控えめに言っても相当しんどい事。

しかも自分のエリアで好き勝手した相手は
「居心地がいいぞ」なんて居付いちゃう。
そして依存されたり、過干渉されたりと
いびつな人間関係が出来上がってしまう。

『嫌い』を封印している限り、ずっとそう。

そりゃ、他人を遠ざけて生きたくなるのも
うなづけるってもんです。

苦手な人は素直に避けてもいい。

当時の私は自分の心が壊れそうだったので
『嫌い』の封印を無理やり解除して
憂さを晴らすかのように人を嫌いました。

相手からも当然のように嫌われたけど
あれはスッキリしたなあ(笑)。
だから当時の私は無駄に攻撃的だった。
自分を守るために攻撃しまくっていた。

でも私のように無理やり相手を嫌ったり
噛みつくのは繊細さんには難しいと思う。
だって気遣いの達人なんだもの。
どうしたって気後れしてしまう。

人を嫌いになることに抵抗がある繊細さんに
私のような鈍感さんから一言があるとすれば
誰かにお任せしちゃいましょう。これ。

あなたが苦手とする人ってのは
他の誰かにとって相性の良い人です。

つまり、あなたが無理に相手してあげなくても
他の相性の良い誰かがなんとかしてくれます。

だってこの世はこれだけ沢山人がいますもん。
苦手な人にあなたの貴重な時間を費やすことは
ありませんとも。

だから、(この人苦手だな)って感じたら
全力で避けたほうがいいってことです。

繊細さんのセンサーは超高性能なので
第一印象でほとんど確実に見抜けます。
自分にとって「良い人」「悪い人」を。

あたたかい人間関係を作るためには
自分にとって苦手な人、嫌いな人を
しっかり遠ざけることが大事なこと。
私はそう思います。


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