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ベッドサイドに置かれた、歯を眺める

私の前歯、一つだけの悩みは大学のときに始まった
父が仲良くしていた歯科の先生がいてそこに通うことになった
最初はよかった
豪快な先生で好きだった
ちょっと乱暴だなと思う時もあったけど
おじいちゃん医師で憎めなかった

雲行きがあやしくなったのは
私の前歯に虫歯がみつかってからだ

彼は容赦なく神経を抜き、そのままむき出しで次の治療までいされられた

不用意に食べ物が当たると地獄の痛みが走った
あんなに痛かったのはあれだけだ
なんていうか、麻酔せずにお腹を割かれる、に近い
それはそうだ
脳という場所にごく近いところの神経がむき出しで生活していたのだから

それ以来、私はどの歯医者さんと出逢っても
この前歯の治療はどうしたの?と聞かれる始末だった

騙し騙しなんとかやってきたけど
それは突然訪れた

口内というより脳内で、聴いたことがない
ガリ!ともバリ!とも違う、激烈な音がした

何が起きたかわからないが
私の前歯に異変があったのは確かだ

それは日曜の16時半過ぎで田舎でやっている歯科なんてないと思ったけど尋常ではない事態を察して探しまくった

ようやく見つけた診療している歯医者は
ぼきりと私の前歯をもぎりとった

歯茎の中で痛んでいて、折れてしまったそうだ

そこから私の差し歯生活が始まった

この新しい歯医者をAとする
Aもこの折れた歯を治療したのは誰か聞いてきた
名前を告げるとあの人がやりそうな治療だと笑われた

でも正直、おじいちゃんで豪快でちょっと乱暴なA医師はヤブ医者の前任に似ていた

そこからお金と時間をかけてなんとか差し歯は完成した

でも治療が終わっても何度ととれるし、常にグラグラしている、挙げ句の果てには匂いもしそうに思えた

そうこうしているうちにやはりとれて、副院長が対応してくれた

そうしたら、A医師とは違って、歯を整えて、高さを調節し、なにより今までなかった異質なものが馴染むまでは時間がかかるからねと言ってくれた

やはりA医師も限りなくヤブ医者に近いとわたしは判断した
それからなんとなくあつかいがわかってきて、それでも不便を感じて、不満と不安を募らせていた矢先、また簡単に差し歯は取れた

私はそれを綺麗に洗ったあと、ベッドサイドにおいて、寝るまで眺めた

どうみても、どんなに素人がみても、この差し歯がきちんと収まって、動かず、無理はできなくてもある程度は安心して過ごせるものかといったら、絶対にノーだと思った

役立たずの見栄えのよくない差し歯が暗闇に転がっていた

私はようやく腹をすえて、歯医者を変えた
持っていった取れた歯をみて、医師も看護師さんもほぼほぼ絶句していた

直し方を聴くと、素人にもわかるくらいに新しいB医師の言うことは理解できたし、きちんと困らなく生活できる未来の予測がついた

今、ほんとうに仮のすぐに外してしまうものをつけているが、まったく外れそうにないし、揺れないし、衛生面もきちんとできる


わたしの半年の悩みとかがんばりとは…とジップロックで戻された、前の私のはとそっくりの前歯を眺めてやはり思う




お力添えありがとうございます。