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【SF短編小説】列外馬(4(完))

 久々の儲け仕事だ。ワンピィを連れてきてくれ――
 携帯端末に入っていたワイルの声は弾んでいた。ホアキンはワンピィを伴い、ヤンと共にチームのたまり場に向かった。

 夕刻が迫り、教会の十字の尖塔から影が伸びている。うっすらと雲が広がって頬に雨粒がかかったとき、ホアキンはまた嫌な予感にとらわれた。

 扉に手をかけた途端、中からワイルの叫び声が聞こえてきた。
「来るな。ホアキン!」

 振り返るひまもなく、左右と後を四人の屈強な兵士に囲まれていた。兵士たちは連邦の軍服を着け、銃を構えていた。安全装置が解除され、彼らが本気だということが殺気立った雰囲気から察せられた。

 教会の中にはさらに数人の兵がいて、仲間の少年たちは頭の上に手を置いて、壁際に一列に整列させられていた。
 ワイルは鼻血を流している。抵抗したらしく、ほかにも何人かが顔を腫らしていた

「儲け話と言って騙しやがって」ワイルがうなった。

 キー、威嚇するように歯をむき出すワンピィに、兵士が銃を向ける。
「撃つな」
 まだ歳若いが、連邦軍の下士官であることを示す徽章を付けた男が進み出て言った。

「このハイプは軍の所有物だ。返却してもらうぞ」
「なに言ってやがる」ヤンが応じた。「こいつを列外馬として廃棄したくせに」
「所有権を放棄したわけではない」下士官が言った。「君たちがこのハイプの手当をしてくれたことには感謝しよう」

 そして尊大な口調で付け加えた。

「これは司法取引だ。大人しくハイプを引き渡して口をつぐんでいてくれれば、これまでの略奪行為を見逃してやろう」
「もし嫌だと言ったら?」
「極地で労働に励んでもらうことになる」

 ホアキンがワンピィを見ると、怯えた顔付きをしている。
 ヤンが反抗的な目つきになり、何か言いかけたとき、
「大人しくしていないと痛い目をみるぞ」

 兵のひとりがヤンの背後に回り、右腕に手をかけると鈍い音がしてだらりと彼の腕が下がった。
 ヤンの瞳に凶悪な光が宿る。

「ホアキン。なんでハイプの兵士が強いか知ってるか?」
 ホアキンは、なぜこの場でヤンがそんな話を始めたのか訝しんだ。
「戦闘用外骨格を付けるからだろ」
 戦争に使われるそれは、宇宙船の船外活動などに使用される完全密閉型ではなく、機動性に富む開放型の筋力増強パーツだ。

「それだけじゃないんだ。”無意識戦闘モード”のためなんだ」
 下士官は、ほぅ、という顔をした。「物識りだな」

 ここ! ヤンは下士官を無視して、左手で額を指し示す。
 前頭葉の特別な部位。ここに適度な電気刺激を与えると、どんな動物でも自身の判断力を失う。そのうえで催眠暗示で憎悪を植え付け、キーワードで発動するよう条件付けしてやれば、どんな残虐な殺戮行為もためらいなくやれるようになるのさ――

 ハイプもイルカも高度な知能を持ち、残忍な殺戮行為を嫌う。人間よりもずっと平和的な知的種族が、なぜ戦闘行為に手を染めるのか、ホアキンにはずっと疑問だった。

 ワンピィなどは虫も殺さない。悪名高い猿人兵だったのが信じられないくらいだった。

「最初は人間の兵士に採用されてたんだ」しかし、とヤンが続ける。「後遺症が起きるようになった」
 後遺症のひとつは、電気刺激がなくともキーワードに反応して、暗示にかかるようになる者が出てきたことだ。

 ホアキンは思い出した。中心街でワンピィがおかしくなった時、何かのきっかけで『殺せ』、と脳内に呼びかけてくる後催眠暗示の命令が発動されたのではないか。殺戮の催眠暗示との葛藤の中で、ワンピィは逃避を選択したのではないか。

「偉い兵隊さん」ヤンが下士官を見た。「確か”無意識戦闘モード”は核や遺伝子爆弾と並んで、南極条約で禁止されていたはずだよな」
 ふてぶてしく笑うと、「連邦の将校がわざわざ出張って来たのは、後催眠暗示をすり込んだハイプを遺棄したことが公になると困るからだろう?」

「そこまでわかっているなら、話がはやい」下士官が言った。
「ホアキン、ワンピィ、許せ。こいつら最初からおれたちを皆殺しにするつもりなんだ。こうでもしなきゃ、みんな助からない」

 ワンピィ! ヤンが呼びかけると、類人猿がゆっくりと顔を向けた。「いいか、こいつらは敵だ。恐ろしい敵だ」
 続けてゆっくりと声を上げた。「きれいは汚い。汚いはきれい。いざ飛び行かん、この濁った空の下!」

 それは、市街のカフェで聞いたパフォーマーの言葉だった。
 その言葉を聞くや、士官が顔色を変えた。「撃ち殺せ!」

 訓練された兵士でも、戦闘以外の局面で無闇にトリガーを引けるものではない。その一瞬のためらいが彼らにとって命取りになった。

 黒い塊がひとりの兵士ののど笛を食い破った。まるでスローモーションのように、兵の首筋から血がほとばしり出た。

 ワンピィが身を躍らせると、すばやく敵のナイフを奪い取る。
 呆然とする連邦の兵士を尻目に、類人猿は大きな跳躍を見せ、壁を蹴るや彼らの背後に回る。

 振り返った瞬間にもう一人の兵士が犠牲になった。
 それは一瞬の出来事であり、またゆっくりとした舞踊のようでもあった。

 催眠暗示の虜となり、黒い悪魔と化したワンピィは次々と獲物を仕留めていった。悲鳴と怒号が教会に渦巻き、レーザーの光点に焼かれた天井の壁材が降りかかってきた。

 救世主が見守る中、一方的な殺戮が終わろうとしていた。
「戦闘止め!」
 ヤンが制止すると、その場の惨状に度胸が据わっているワイルでさえ蒼白な顔で震えていた。

 ホアキンはただがちがちと歯を鳴らして、血の海にのたうつ兵士たちを見ていた。
「ハイプの運動能力なら、戦闘用外骨格なんて装着しなくても、室内戦で人間の兵士なんか相手にならない」

 倒れていた将校が苦しげに言った。「貴様、そこまで知ったうえでこの悪魔を解き放ったのか」
 ひとこと発するたびに、ごほごほと血を吐く。肺を貫かれているらしく、手当てしても助からないだろう。
「悪魔だって?」ヤンが応じた。「悪魔はおまえらだろう。こんなおとなしい種族に戦闘行為を植え付けやがって!」

「こいつは失敗作だった。おまえらと同じ列外馬だ」
 そうだ。兵役を忌避して人外に暮らすおれたちも、おまえらから見ると列外馬なのかもな。ヤンは思った。

「ワンピィ」力なく呼びかけるホアキンの声が、ヤンを現実に引き戻す。「ケガをしたのか?」

 返り血を浴びて真っ赤になったハイプは、ケガをしているようには見えない。しかしゆっくりと外へ、雨の中へと足を引き摺りながら歩くのを見て、ホアキンがあとを追った。

 無意識戦闘モードにはもうひとつの後遺症があった。殺戮行為の記憶は潜在意識の中で蓄積され、ストレスとなって兵士の心に負荷を与える。そして蓄積される罪悪感に耐えきれなくなった所で……

 心が壊れる。

 ワンピィは目の前の兵士たちと同じく、全身から血を流しているのだ。「約束したのに。もう殺し合いをしなくてもいいって・・・」

 ホアキンの泣き声がヤンの胸を打った。

 鎮魂歌を聞くかのようにこうべを垂れる猿人兵士のうえに、雨が降り注ぐ。
 やがて時が来て、列外馬にも安らぎが訪なうだろう。救世主の像がそう語りかけてくるように、ヤンには思えた。

 

 遠くに重砲の音、近くに流弾の声――         (了)


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