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  蟹づくし、城崎温泉バス旅行

大阪西天満に元出版社がはいっていた、木造のビンテージビルは、大正時代の建造物だとか。その会社の退室後、クリエーターがオフィスを構えた。2階と3階にはステンドグラスをはめ込んだエレガントなドアが2つの部屋を仕切っている。メンバーは、プランナー、コピーライター、デザイナー、イラストレーターなど。仕事が入ると、隣りや階下の仲間に声をかけてチームを組む。シンプルで都合がいい。売れっ子とまではいかないが、週末も深夜も関係なく、締め切りに追われる毎日で、ストレスもたまる。ちょうど旅行会社のPR広告をしている時、広告代理店の担当が「蟹と温泉づくしバスツアー」に空席が出たと超格安のツアーを紹介された。そんな縁で急に6名のメンバーが蟹を食べに行くことになった。

バス車中でクリエーターの独演会が大人気

早朝に京都を出発し、昼前に城崎温泉に到着。車内は家族連れや、近所のおばちゃんグループ、OLさんなど。われらがクリエーター達は、居眠る者、ほかのお客さんが興じるゲームやバスガイドの案内に騒ぐ者あり。コピーライターの下島は旅行会社のメモを片手に「城崎温泉はなあ、兵庫県豊岡市城崎町の温泉で、平安時代からの長い歴史がある。1300年前にここに来た僧侶道智上人(どうちしょうにん)が難病救済に1000日の祈祷を捧げた。そしたら突然湯が湧き出た。それが温泉地になって今や温泉街まである。それだけやない。江戸時代は「海内第一泉(かいだいだいいちせん)」と呼ばれたんやって。一の湯にその碑があるんやて」仕事で仕入れた情報を語ると、周りのおばあさん、おじいさんが拍手喝采。「この人、えらい博識やなあ」と注目されてまんざらでもない様子だ。負けじとデザイナーの島口は「城崎温泉は前に来たことあんねん。外湯は7つあり、全部あわせて城崎温泉というんや」…車内が熱く盛り上がってきた頃、バスは城崎温泉のホテルに到着した。メンバーは誰が決めるともなく、チェックイン後、部屋に荷物を置き、簡単なランチを取ったら、すぐに温泉を楽しもうということになった。

現役のジュークボックス、コレクター垂涎の逸品

わたし以外は全員男だから、一人でゆったりとお湯を楽しむつもりだったが、全部で7つの外湯がある温泉に行くからそうもいかない。そろそろ出ようとしたら「きょーちゃん、もう出るよ」と声。「了解。出る、出る」と返事。なんかこれ昔のフォークソングみたいじゃない?急いで外に出るとみんな写真撮影中で、急いでわたしも加わる。外湯は「鴻の湯」「まんだら湯」「一の湯」「柳湯」「地蔵湯」「さとの湯」「御所の湯」の7つ。旅館やホテルの湯は内湯と呼ぶ。わたしたちは7つの風呂を足早に巡って疲れてきた。手足はお湯につかりすぎてふやけている。コーヒーブレイクということになり、喫茶店を探していたら、温泉町らしく懐かしの射的やパチンコ、スマートボールが並んでいた。みんな思い思いの遊びに興じて、熱くなっている者もいる。「これこそ、温泉場の楽しみやな~」軽口たたきながら、喫茶店をみつけてコーヒータイム。温泉に入りすぎて小腹がへったので、サンドウィッチも一緒に頼んだ。「わー、これこそが休暇の醍醐味!」わたしの目に、ジュークボックスが飛び込んできた。「見て!ビンテージもんや」「おっちゃん、これ使えるの?」と聞いてみた。「古い曲やけど、100円いれたら曲が流れる」、これはもう試さずにいられない。何十年前の曲でも、聞いてみたい。オールディーズ、ジャズ、フォークソング、和声ポップスや演歌…オリジナルレコード込みならジョークボックスは垂涎ものだ。しかし、喫茶店のおっちゃんにとってはバリバリの現役のジュークボックスだ。無粋なことを言うのはやめてコーヒーを味わった。
さあ、いざ、ツアーの大目的の蟹三昧へ!

蟹、蟹、蟹!
蟹づくしのゴージャズな食事

食べて、食べて、食べつくす。おもいっきり静かな蟹の食事

部屋には食事がセットされ、どんどん蟹が運ばれてきた。生涯初めて見る量の蟹に誰しも言葉を失い、冗談も言わず蟹を一心に食べる。蟹の殻むき専門の仲居さんが各テーブルについて機会のように手早く次々と蟹の殻をむく。手慣れた動作は無駄がなく、美しさを感じる。こうして約2時間、普段のダジャレや軽口もなく、静まり返った食事だった。真ん中に置かれた蟹の殻を捨てるバケツには、山盛りのカニの殻。それを担当の仲居さんがどんどん空にしていく。伝統技術の技をまざまざと見せられ、大量の蟹料理を腹いっぱい詰め込んで口を開く気力もない。こういう時こそ、ホテルの内湯だ。ということで大浴場へ。この日8回目の温泉をゆっくり楽しみ、蟹は6割がた消化したな、と考えていると、階段の下に卓球台。温泉場の宿には昔ながらの卓球台。腹ごなしにピンポンを楽しみ、長い一日が終わった。

静かに流れるジャズ、遠い記憶がよみがえる。

わたしたちが参加した蟹のツアーは今からずいぶん前のこと。近頃は折からのインバウンド人気で、城崎温泉もモダンに生まれ変わり、城崎温泉は嵐山並みの人気になっていると記事にある。

部屋に静かに流れる1940年代のジャズを楽しんでいる。この曲につながる遠い記憶がある。そうだ、あの城崎温泉でふと入った喫茶店。あのジュークボックスで聞いた曲じゃない。あの時のおっちゃんの顔と、あのビンテージの絶品、あの時代でさえ珍しかった現役のジュークボックスはどうなっただろうと思わずにいられない。






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