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白昼夢!二人になった一人の少女

意識しない間に偶然不思議なものを目撃することがある。右を向いていた視線がなにか脳のセンサーに触れ、反対側を見るというような仕組みなんだろうか。あの時のわたしがそうだった。その気配を感じた瞬間、わたしはその子の世界にいた。それ以外はいつもと何も変わらない。ただ、その子はわたしが昨日まで知っていた子とは違っていた。

あちらの世界では、まったく異なる少女だった

愛犬と公園を散歩すると、その光景をよく目撃した。利発でいつも大声で駆け回り、公園で男子と一緒に野球を楽しむ姿を。その日も野球に熱中する男子の大声が公園に響いていた。ガーンと何かに当たって、その瞬間別の空間にワープするSF映画を見たことがある。それがたった今、目の前で起こったのだった。わたしに起こったのではない。だけど、感覚的に身に覚えがある。この時わたしは、少女の経験を同時体験したのだろうか。そんなことを考えながら前を見たら、公園の道路沿いにあの少女が立っていた。その時、父親の車が止まった。父親がドアを開け、その子を乗せた。父親がドアを閉めた時、少女の指がまだドアにあるのが見えたが、父親は気づいていなかった。「痛いっ!」その子は大声で叫び、手を引っ込めた。その瞬間、わたしも同じ指が痛かった。父親は真っ青になり、後部座席に寄り、指を確認する。血が出たり、骨が折れたりということはなく、父親は少女の指に変化がないことを確認し、指を手でなでながら、「ああ、驚いた。ドアに指を挟んだと思った。でも、よかった。何でもなかったんだね」顔を覗き込みながら父親が聞く。「大丈夫」少女が言うと、その父親は安心してにっこりとほほえみ、運転席に戻った。少女を乗せた車は去った。わたしが見たその子はあきらかに別人だった。傍らの犬がクンクン鼻をならすと同時に、わたしは現実に戻った。

わたしの追体験で、ふたりの別人格の少女を体験

わたしは友人、タマエちゃんの家に遊びにきていた。彼女の妹は3つ年下でサトエちゃんといった。消え入るようなかぼそい声で話す。友人はわたしと同じで、はきはきと話しをする活発な子だ。そこにあの少女が遊びにきた。彼女を見たのはあの日以来だ。最近、公園で見かけていない。少年たちは異色の仲間、あの少女を待っている様子もなく、いつも通り野球に熱中していた。その少女は目が泳ぎ、おどおどしながら、まっすぐサトエちゃんの部屋に入っていった。友人は最近になって急に仲良くなったみたいで毎日のように来るよ、と言った。友達が母親に呼ばれて部屋を出た時、カーテンの隙間から向かいの部屋を見た。靄がかかったような景色のむこうに、サトエちゃんの部屋に少女がいた。二人は人形を手に登場人物になりきって演技している。サトエちゃんはあのかぼそい声を生かし、悲劇の主人公を演じる二人はメロドラマの中にいた。わたしは手にしたグラスを落としそうになった。これが昨日まで手足が真っ黒になるまで男子に混じって大声出しながら野球していた活発な子とは思えなかった。目撃した光景は、小学生のわたしには意味不明だった。その時、台所の母に呼ばれていたタマエちゃんが戻ってきて、目覚めた。「大丈夫?」わたしが眠っていると思って友達が言った。そこにはサトエちゃんも、少女も、そしてサトエちゃんの部屋もなかった。友達とわたしの二人しかいない。なんだ、夢だったのかと思った。しかし、少女の経験は自分のことのようにリアルに感じた。あれから何年たったのだろう。わたしはひどい風邪をひいて寝込んでいた。高熱にうなされていた時に夢に出てきたのはあの少女。あの白昼夢はわたしの追体験で、ふたりの別人格の少女を体験した。わたしは無事に大人になった。その思い出を思う時、どこかでずっと前に死んだあの愛犬が、足元でクンクンと鼻をならす音が聞こえるのである。

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