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2月 スラムよりの使者

電車に飛び乗って逃げるように福岡に来た。しかし逃げただけではない。目的を持って福岡に向かった。仲間たちに会うためだ。

緊張。親近感はあるのに初対面。聖地と呼ばれる喫茶店でカレーとサラダとコーヒーとキンカンを囲む。沈黙、目の泳ぎ方、躊躇いを共有してより一体となる。

歩く。ギターを背負って歩く。街を抜け、大きな池を囲む公園を目指す。歩く。たまに休憩。ある者は煙草を吸い、ある者は酸素を吸う。言葉を交わす数は多過ぎず少な過ぎず。

木のあばら家。テーブルとイス。ウォーミングアップ。人生で初めてギターを抱く。思いの外軽い。腕の中で良く響く。思いの外頑丈そうな弦を押さえたり弾いたりしてみる。左手と右手はそれぞれ別部門。押さえる左手の手首や指が俺の知らない曲がり方を要求されている。とても体育。弄ばれた後、音楽の時間へ。押さえ、弾き、そして歌う。いやむしろ叫びに近い。魂という楽器。震わせる。俺も叫ぶ。上手く震えない。難しい。やっぱり体育。とても身体操作的。体が自然と揺れる。気持ちも心地よく揺れる。楽しい。

また歩く。宴に向かって歩く。多過ぎも少な過ぎもしない言葉たちを交わしながら。

地下の回転扉を抜けて奥へ。畳、個室、海老のお煎餅。新たな使者が加わる。酒を飲み交わし、同じメシを食う。語らう。世界が色付きながら広がっていく。おヘソのあたりが温かくなってくる。気持ち良く颯爽と去っていく使者の1人を見送って、まだ明るい夜の街へ。

少し歩いて酒場に流れ着く。パイントグラス、サッカー、レッドブルウォッカ。語らう。深く深く潜る。たまにしどろもどろ。握手。それぞれの柔らかく傷付きやすい部分を見せ合う。時に触り合う。酒と夜で磨かれて角も幾分か取れる。出し切った。少なくとも今夜の分は。全て。

夜風と余韻に浸りながら少し歩いて、解散。


「このままどこか遠く連れてってくれないか」などと思いながらその場で誰かを待っているだけの自分がいた。しかし誰もどこにも連れて行ってはくれなかった。それはきっと俺が変わらぬ日々を過ごし、自分からどこにも行こうとしていなかったからだ。

そうか、誰かに迎えに来てもらうにはまず自分で自分を迎えに行かなくてはならなかったのだ。そして、自らを迎えに行った先で、スラムよりの使者たちは俺をさらに遠くまで連れて行ってくれた。それはそれは出発前の自分が想像もしないくらいに遠くまで。

「どこか遠くに連れて行って」欲しくなったらまずは自分で自分をどこか遠くへ連れて行ってやろうと試みることだな。

愛すべきスラムよりの使者たちに幸多からんことを。

またどこか遠くでお会いしましょう。




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