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心の穴は本当に埋まっているのか?人がなにかに依存する理由

事の発端

以前, 以下の漫画を途中まで読んで,「これは誰にでも起こりうる問題だぞ!(もちろん自分にも)」と思い, 自分が実はなにかに依存していないか後で考えようと TODO に入れてそれで終了してしまった.

会社の slack にこの漫画のリンクが, あるチャンネルに投稿され、改めて読み直した.(今回は全部読んだ)感想としては, ちょっと怖くなった.

「自分は何かに依存していないか?」「本当に何にも依存していないと言えるか?」とちゃんと自問したとき, していないとは断言はできなかった.

例えば twitter などのSNS特定のスマホゲーム、ほぼ毎日食べているもの(私の周りにはラーメンの確率が高い)、タバコやお酒などの嗜好品 … etc など, 皆んなにも当てはまるものは何気にあるのではないか?

…ということを考え, 今回は自分に依存症がないか、あるとしたら何なのか、どうして依存するのかを考えてみた。

心に穴があるから何かに依存する

人は心が充実していない(これを, 心に穴がある と私は解釈している)からこそ, 何かに依存する傾向にあるのではないかなーと思う.

これには2つの原因があると思っている.

【1つ目】
それは自分の人生の目的・使命だったり, 楽しいこと・やりたいと思えること, などなど 自分の短い人生の時間を使いたい と言えるものがあるかどうかではないか?と考えている.

これは,「いかにその日を真剣に生きているか」とも言いかえることができると思う(※その日暮らしのことではない).

【2つ目】
それは大きな喪失感やトラウマにより、大小何かしら心に闇を抱えている からではないか?と考えている.

どうすれば満たされるのか?

考え方・完成・幸福感・バックグラウンドなどはもちろん人それぞれなので, 銀の弾丸と言えるような方法はないと思っているが, 解決するためのキーとなるものも「人」だと思う.

人と会って話す事で新しい視点, 新しい知識など 新しい風を自分に起こしてくれる 可能性が高い. 話すならなるべく多種多様の人と話すのが良い.

また, 別の手段として 誰かを幸せにする(少なくとも良い気分にする) のも良い方法かなと. お金も評価も他者が自分に与えてくれるものであるので, 他者に貢献することで自分に返ってくるものも多く, それで満たされるのでは?と予想している. 満たされること云々関係なしに, 誰かの人生を豊かにするのは物凄く価値的なので, 本当にオススメ.

依存は別に悪ではない

↑と自分は思っている. 依存による幸福もあるだろうし, 他人の幸せを否定するほど人間はできていない. 依存もうまく利用することもできるし, コントロールされた依存 なら良いと思う. 一度自分の依存を見直し, 自分の心が満たされているか, を考えてみてはどうだろうか?

ではでは(=゚ω゚)ノ

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